「JICAには何ができますか?」―スマトラ島洪水災害の現場で考えたこと
2026.09.30
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- インドネシア事務所, 町田 宗一郎
「JICAには何ができますか?」
これは東日本大震災発生後、具体的な支援策を打ち出せずにいたJICA職員に対し、緒方貞子理事長が投げ掛けた言葉です。
2025年11月末、スマトラ島北部で大規模な洪水が発生したとの連絡が入りました。被害の全容が分からない中、私の頭に浮かんだのは、この言葉でした。
マラッカ海峡で発生したサイクロン・セニャールがスマトラ島北部に停滞し、わずか2日間で600mmを超える豪雨をもたらしました。アチェ州、北スマトラ州、西スマトラ州の3州が甚大な洪水被害に見舞われました。インドネシアは赤道付近に位置するため、一般的には台風やサイクロンが発生・発達しにくいとされています。そのため、今回の災害は現地でも異例の出来事でした。
被害状況の確認を進める中、JICAは緊急支援ニーズ調査の実施を決定しました。被害の大きかった3州のうち、北スマトラ州では既に在メダン総領事館が状況確認を進めていたため、JICAはアチェ州と西スマトラ州を対象に調査を行うことになりました。
私はJICA専門家や現地スタッフとともに、12月1日の午後、アチェ州へ向かいました。
アチェ州では州政府が災害対策本部を立ち上げており、その日の夜に開かれた緊急対策会議に参加する機会を得ました。
アチェ州政府による緊急対策会議(JICAが最前列に着席)
会議の席上、対策本部長から、2004年のインド洋津波後に実施されたJICAの復興支援への感謝とともに、今回の緊急支援ニーズ調査に対する歓迎の言葉をいただきました。また、各県の代表者に対してJICA調査団への協力指示も出され、その後の調査は非常に円滑に進みました。
さらに翌日には、外務大臣会見において、JICA専門家チームが被災地で支援ニーズを確認していることにも言及いただきました。被災地に派遣された調査団にとって大きな励みになったことを覚えています。
そして現地調査では、多くの住民から「またJICAが最初に駆けつけてくれた」という言葉をいただきました。2004年のインド洋津波から20年以上が経った今もなお、人々の記憶の中にJICAの存在が残っていたことに驚くとともに、長年積み重ねられてきた信頼関係の重みを実感しました。
約1週間にわたる調査で見えてきたのは、洪水だけでなく、山間部で発生した大規模な土砂崩れによる深刻な被害でした。
発災前(2025/11/4)
発災後(2025/11/29)
土砂が民家を丸ごと飲み込んでいる様子
被災地にて緊急支援ニーズ調査を行ったJICA専門家(左)と筆者(右)
河口付近の集落では、大量の土砂が流れ込み、住宅が丸ごと埋まってしまった場所もありました。道路の寸断により、外部からアクセスできない地域も少なくありませんでした。被災地を回りながら、私たちは「今、本当に必要な支援は何か」を考え続けていました。
調査結果は日本政府とインドネシア政府に報告されましたが、インドネシア政府は緊急復旧について「自国で対応可能」と判断し、海外からの支援要請は行いませんでした。しかし、支援要請がないことと、支援ニーズがないことは同じではありません。現場を見た私たちは、広範囲にわたる被災地で、道路や集落へのアクセスを早急に回復する必要があることを確認していました。
その時、再び緒方理事長の言葉が頭に浮かびました。
「JICAには何ができますか?」
正式な支援要請がなくても、私たちにはできることがあるのではないか。そう考える中で、私たちの思いに賛同してくれた日本企業が立ち上がりました。
有志による日本企業が、堆砂除去に必要な建設機械をスマトラ島へ輸送し、現地NGOと連携して復旧活動を実施しました。その結果、多くの村でアクセスの回復が進み、住民の生活再建を後押しすることができました。
振り返ると、今回の対応はJICAだけで成し遂げたものではありません。政府、民間企業、NGO、それぞれが立場を超えて「自分たちに何ができるか」を考え、行動した結果だったと思います。
現在も、JICAはインドネシア政府とともに、実施中の案件を通じたスマトラ島支援や新たな協力の可能性を検討しており、そのいくつかは少しずつ具体化され始めています。
東日本大震災発生後、緒方貞子元理事長は東松島市を視察し、JICAは同市のコミュニティー形成を支援しました。国内での支援活動はJICAにとって極めて珍しいケースでした。さらにJICAは東北センターを通じて途上国からの支援を調整し、その中には2004年のスマトラ沖地震で被災したインドネシア・アチェ州も含まれていました。これは、かつて日本が行ったアチェ州への復興支援への恩返しとして寄せられた申し出でした。アチェ州の支援を受け入れた東松山市とアチェ州の交流はその後も続き、現在まで良好な関係が築かれています。このようなつながりを見ると、緒方元理事長が大切にした「支え合いの輪」は、形を変えながら今も受け継がれているのだと感じます。
災害が起きてしまうことはとても悲しいことですが、その時に手を差し伸べてくれる国々がいるということは、国際協力に携わるJICAにとっても、かけがえのないことだと感じます。
その時々で置かれた状況が違っていても、私自身もこれから先、
「JICAには何ができますか?」
という問いを胸に、現場でできることを考え続けていきたいと思います。