海洋の国ソロモンの「負の遺産」に向き合う
2026.10.14
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- JICAソロモン支所長 河崎充良
ソロモン諸島(以下「ソロモン」)は、どのような成り立ちを経てきたのでしょうか。ソロモンは、大洋州地域にあって海洋の民として命を繋いできました。約九百の島々からなる地理上の隔絶性もあり、島ごとに言語や慣習などの文化が育まれてきました。海洋という大自然が、生きる糧ともなる一方、サイクロンといった脅威も人々にもたらしてきました。コミュニティは、氏族ごとに結束力を高め、海洋資源を管理したり、助け合って災害復旧に当たったりするなど、独自の生活空間を築き上げてきたのです。
ただ、それらの体制は、19世紀以降、英国等の列強の進出により一変します。宣教師によるキリスト教の布教、豪州の砂糖プランテーションでの強制労働、そして1893年には英国の統治下へ置かれました。それまでの島民の価値観は、外からもち込まれた宗教や教育などにより多大な影響を受け変質し、人々の生活を潤すことにつながった一方で、経済的格差を生み、人々の結束力にも影響を及ぼすことになったのです。そして、近代では、第二次世界大戦の影響を色濃く受け、歴史的経緯から、ソロモンの人々は連合軍側に協力することとなり、戦闘や空爆等で一般住民も含めて被害に遭います。
ソロモン諸島の島々 有望な観光資源足りうる
ホニアラ市内からツラギを臨む
1942年8月7日、ソロモンでは、首都ホニアラがあるガダルカナル島と、その対岸に位置するフロリダ諸島のツラギにおいて、日本軍と連合軍(主に米国軍)との戦闘が始まり、ホニアラの飛行場の確保をめぐる熾烈な戦いが約半年間続きました。この戦いで、日本側は約二万人、米国は数千名の兵士等軍関係者が命を落としましたが、ソロモンの人々の死傷者数はわかっていません。
日米双方は、御霊を弔うべくホニアラ市内の高台にそれぞれの祈念塔を建立。ソロモンを訪ねる日本人にとって、不戦の誓いとともに亡くなった方々への哀悼の誠を捧げる大切な場となっています。
終戦の日、ソロモン平和慰霊公苑での慰霊式
ガダルカナル島をはじめソロモンの島々には、今なお眠る多くの御遺骨があり、「全国ソロモン会」や「JYMA日本青年遺骨収集団」などの団体による遺骨収集が断続的に行われています。他方で、「負の遺産」である大量の UXOs (戦争残存爆発物:百万発以上が残るとされる)が、ホニアラ市及び周辺、さらには地方の島々にも埋まっており、市民生活や街づくりに深刻な影響を及ぼしています。
終戦の日、ソロモン平和慰霊公苑での慰霊式
ソロモンは、戦後、イギリスの統治下に置かれた後、1978年に独立を果たしました。日本は、独立以来、ソロモンの持続可能な発展に向けてさまざまな協力を行ってきました。1972年の日本の水産企業とソロモン政府との合弁缶詰工場の創業以来、ソロモンのカツオ・マグロ加工業者が、自国の水産を牽引してきたことに代表されるように、漁業分野での民間ベースの協力が広がりました。80年代から90年代前半にかけては、ODAによる漁業関連施設の整備を通じた官民連携の姿がありました。また、日本はホニアラ国際空港、ホニアラ港や幹線道路などの基幹インフラ整備も支援してきました。ソロモンには豊かな森林資源や漁業資源のほかに、規模は限られてはいますが、金やニッケル等の鉱物資源にも恵まれています。また美しい海洋環境や豊かな自然環境を活かしたダイビングやバードウォッチングを対象とする観光分野にも大いなる可能性があり、日本からの新たな投資に期待が寄せられています。
ソロモンでの勤務を通じて、同国政府関係者からJICA海外協力隊の活躍について話を伺う機会が多く、人材の面での貢献の大きさを実感しています。現在派遣中の隊員は20名強に及びますが、産業振興、教育、保健医療や環境・防災など幅広い分野でのさらなる貢献が期待されます。また、ソロモンの独立直後に始まった研修員受入事業を通じて、これまでに約1500名のソロモンの行政官・技術者が日本で学んでいます。2016年以降は長期研修員制度により日本の大学で修士号や博士号を取得した人材が30名以上にのぼり、こうした人材は、帰国後に政府機関や各分野の第一線で活躍するとともに、日・ソ間の架け橋的存在となっています。
ソロモンが抱える開発課題は、自然災害対応(防災)、地域振興、教育機会の確保、若者の雇用創出、保健医療の充実、さらにはUXOs対策や廃棄物処理等多岐にわたります。私はその中でも、先の世界大戦の傷跡として現在も人々の暮らしや安全に影響を及ぼし、脆弱性の一因となっているUXOsの問題に向き合う必要性を感じています。
UXOs対策に力を入れることは、人々の暮らしと安全を守るだけでなく、道路や住宅、公共施設等の整備を進める上でも重要な前提条件となります。私は、こうした取組がソロモンの発展基盤を支え、日本とソロモンの歴史的なつながりを踏まえた協力としても大きな意義を有すると考えます。
ヴィル村戦争博物館の砲弾等の展示品