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キルギスの一村一品運動はなぜ成功したのか? ゼロからの取り組みが国家プロジェクトに進化した理由

2023.01.24

1980年ごろ大分県で始まり日本全国に広がった、特産品をつくって地域振興を図る「一村一品運動」。JICAは、この取り組みをさまざまな途上国で応用する支援を行っていますが、中でも中央アジアのキルギスの事業が、大きく育っています。昨年12月には、国家プロジェクトとして採択されるまでに成長しました。なぜキルギスで成功したのか、今後はどんな展開が期待されるのかを、プロジェクトの関係者の言葉からひもときます。

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「一村一品」をビジネスとして運営できる仕組みをつくる

ポリフェノールたっぷりの100%ざくろジュース、新鮮な馬肉を風味豊かにスモークした腸詰、スーパーフード「シーバクソン」の果実を搾った美容オイル——。品質へのこだわりや洗練されたパッケージで購入欲をくすぐる特産品が、中央アジアの小国・キルギスで次々と生み出されています。

1991年のソ連崩壊に伴い独立したキルギスは、相次ぐ政変などで経済が停滞し、多くの人が国外へ出稼ぎに行ったことで地域コミュニティも衰退し、貧困化が進んでいました。そこで、山岳国ならではの地域素材を使った特産品をつくり、地域活性化とコミュニティの再構築を図ろうと、2007年に一村一品(OVOP:One Village One Product)プロジェクトが始められ、商品開発が進められたのです。

モデル地域として最初に選ばれたのは、キルギス北東部のイシククリ州。羊毛や野生の果実など、商品化できそうな素材が豊富な地です。ただ一筋縄ではいかなかったと、長年プロジェクトのチーフアドバイザーを務めるJICA専門家の原口明久さんは振り返ります。「僕が赴任してきた2009年当時は、お世辞にもうまくいっているとは言えない状況でした」。原口さんは、新商品の開発と並行して、ビジネスとして、サステナブルな運営ができる仕組みづくりが必要だと考え、ゼロベースで取り組み始めます。OVOPに携わる生産者の組合、生産者と消費者をつなぐ組織、そして商品をブランドとして認定するための委員会をつくり、キルギスの人々の経済的自立を促すサイクルの構築を目指しました。

中でも大きな役割を担うことになったのが、キルギスで生産者と消費者をつなぐ役目を負う、現地の公益法人「OVOP+1」。目の肥えた消費者でも欲しいと思える高品質のものをつくるために、ニーズ調査に基づく商品開発から生産技術開発、商品を販売するショップの運営、流通網の確保までを担います。こうして生産とマネジメントの役割を分担し、さらにブランド委員会で品質や衛生基準の審査に通ったものだけを販売できるようにしたことで、クオリティの高い商品を継続的に市場に送り込める環境が生まれました。

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(上)多くの買い物客で賑わう首都ビシュケクのOVOPセンター。一村一品で作られたキルギス全土の商品を販売している
(下左)ざくろ100%や、シーバクソン果汁にハチミツ入りなど、素材を生かしたジュースは人気商品のひとつ(下右)2022年の全国ブランド委員会でキルギス伝統商品賞を受賞した馬肉の腸詰

また原口さんは、イシシクリならではのクオリティの高い商品を生み出そうと、自ら羊毛づくりや草木染めを学びつつ、現地の海外協力隊員たちとも知恵を出し合いました。その中から生まれたのが、羊毛フェルトの動物です。2010年、無印良品が途上国のものづくりを支援する商品開発を検討していることを知り、プレゼンしたフェルト製品が採用されることになりました。無印良品の厳しい商品基準をクリアし、愛らしいロバや羊などの動物や小物入れなどが人気を博します。生産者たちの技術や品質管理能力も大きく向上し、最初の大きな成功例となりました。

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愛らしいフェルトの動物たち。ロバや羊のほか、白くま、ユキヒョウ、ヤクなどが縫い目のない一体成形の高いクオリティで手づくりされている。

OVOPブランドを全国に広げ、プロジェクトをさらに活性化

商品生産を担う住民たちの力を引き出し、その力を発揮する場を形成したフェーズ1。そこでつくり上げた仕組みや組織をより強固なものにするため、2012年、プロジェクトはフェーズ2に入ります。ハチミツやドライフルーツなど、商品を多様化して消費者の選択肢を増やすことで、売り上げも増えていきました。また、クライアントからの要望を生産者に的確に伝えて商品に反映したり、納期管理を徹底したりと、OVOP+1の機能も強化。

「さらに他の州からの要望もあり、2017年からイシククリ州での取り組みをキルギス全土へ広げるフェーズ3を開始しました。現在、キルギス7州のうち6州で展開しており、各州にブランド委員会を設けています」と語る原口さん。活性化を促すために、その全国版の「全国ブランド委員会」も毎年開催。各州のよりすぐり品を集め、カテゴリーごとに優秀な商品を表彰しています。

「はじめは消費者の要望に応える商品づくりや品質管理の大切さを理解してもらえなかった生産者の皆さんとも、衝突を重ねながらも信頼関係を構築し、少しずつ高品質なものづくりができるようになりました」。そう語るのは、2009年にOVOP+1のメンバーとなり、現在はCEOを務めるナルギザ・エルキンバエバさんです。

現在、全国のOVOPショップで扱う商品数は2000を超えます。首都ビシュケクの富裕層のみならず、海外の消費者にもヒットする商品が生まれています。そして、15年にわたる取り組みで地域活性化などを果たした成果が評価され、2022年12月には国家プロジェクトに採択されました。キルギス政府の支援を得たことで、さらなる積極的な展開が期待されます。

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2022年12月に開催された全国ブランド委員会にて。コロナ禍の影響で3年ぶりの開催だった。キルギス経済省副大臣(左から3人目)とともに写真に納まる原口さんと「OVOP+1」CEOのナルギザさん(左から4、5人目)

女性をエンパワメントし、地域に目を見張る変化が生まれた

このプロジェクトは、コミュニティレベルでも大きな変化を生み出しています。品質の高いものをつくれば、つくったぶんだけOVOP+1が商品を買い取ってくれるため、生産者のモチベーションは上がります。生産者の多くは女性ですが、お金を稼ぐことで女性のエンパワメントも進み、共同作業によりコミュニティも育まれていきました。

「これまで村の女性は、家族の世話をするのが仕事で勝手に村を出ることは許されませんでしたが、いまでは会議があるからと、堂々と外出できます」(タスマ村・マイラムクルさん)

「厳しい仕事をやり遂げると責任感や達成感を感じられますし、名もない自分の村でつくったものが、世界で販売されていることに喜びを感じます」(アクブルン村・エラリエバ・グルザットさん)

生産者の声からも、地域に目を見張る変化をもたらしていることが伝わってきます。ナルギザさんは、「若者が他国に出稼ぎに行かなくても、皆が幸せに暮らせるようにしたい」と、さらなる事業の発展を目指しています。

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(上)笑みがこぼれる商品生産の現場。生産者からは、「生産活動そのものが体や精神面を健全にしてくれる」という声も上がっている(下)2022年10月、事業拡大の一環としてイシククリ州の州都カラコルに工場をオープン。生産品の最終検査場と生産者のトレーニングセンターの機能を備え、OVOP+1のオフィスもここに移転した

国や企業を動かし、地域活性化や女性のエンパワメントなど、多くの実りを生み出している本プロジェクト。2023年4月に始まるフェーズ4で、さらなる展望が見えているようです。
「キルギスのノウハウを周辺国にも展開していきます。すでにカザフスタンでは、ポテンシャルの高い商品を選出するなど、具体的に動き出しており、ウズベキスタンやタジキスタンなどからもアプローチがあります。大きく成長したキルギスのOVOPを、いずれJICAの手を離れてもサステナブルに運営できるようにしたいですね」という原口さんの言葉に、力強くうなずくナルギザさん。途上国の新たなあり方を広げるキルギスのOVOPモデルが、世界各地で大きく実を結ぶ未来も、そう遠くないかもしれません。


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