市民参加による細やかな途上国支援、そして国内の課題解決へ

#10 人や国の不平等をなくそう
SDGs
#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2023.08.08

2022年12月に創設20周年を迎えたJICAの「草の根技術協力事業」。日本のNGOや民間団体、地方公共団体、大学などが企画した途上国への協力活動をJICAが業務委託し、共同で実施する事業です。これまでに世界77か国で、531団体が参加し1368件のプロジェクトを実施。近年では途上国での活動の知見を、日本国内の課題解決に生かす団体も増えてきています。

お面をつけた子どもたち

JICAの草の根技術協力事業を通してNPO法人アクションが行っているフィリピンの子どもたちの自己認識力などを高める研修プログラムの一コマ

市民社会の知見・経験を国際協力へ

草の根技術協力事業の開始は2002年。1995年の阪神・淡路大地震の際に、復旧・復興で多くのボランティアやNPO法人が活躍したことをきっかけに、市民社会の活動が注目され、2000年前後に日本全国で多数のNPO、NGOが誕生しました。JICAも市民の知見・経験を生かした国際協力を進めていくために、草の根技術協力事業を開始したのです。

「途上国の地域住民・コミュニティレベルのニーズに、NGOや地方公共団体などの力を借りながらきめ細やかに応じられることがこの事業の大きな意義」とJICA国内事業部市民参加推進課の日浅美和課長は言います。

「通常の資金協力や技術協力が相手国政府の課題認識に基づく要請を起点として実施される事業であるのに対し、草の根技術協力事業は、途上国の現場や特定の技術に関する優れた知見を有するNGOや自治体などの団体の提案を起点とする事業です。このため、草の根技術協力事業は、案件形成の過程で、相手国政府の課題認識から取りこぼされがちなコミュニティレベルのニーズや特定の技術に関するニーズをきめ細やかにカバーしやすいという強みがあります。また、提案した団体が自ら実施を担うことで、その知見が十分に生かされることも強みです」(日浅課長)

取材に応えるJICA国内事業部市民参加推進課の日浅美和課長

JICA国内事業部市民参加推進課の日浅美和課長(所属は取材当時)

途上国での活動で得た知見を国内還元

実施団体にとっては、JICAとの共同事業で実施国での信頼強化につながったり、JICAによる事業費などのサポートが、活動の発展や組織強化につながるきっかけになったりしています。また、草の根技術協力事業を通じて得た国際協力の経験・知見を国内の課題解決に生かそうとする例も増えています。

「例えば、ベトナムでは岡山県津山市の『こけないからだ体操』を通じた介護予防事業が行われています。急速な高齢化が進むベトナムにおいて、ベトナムに合った形にアレンジした「介護予防のための体操」を推進するリーダーを育成しています。同時にベトナム側からは、自宅から通うデイケアセンター設置に向けてのアドバイスを求められています。ベトナムでのデイケアセンター設置に向けて、日本の介護分野での研修・勤務を経験してもらうことができれば、人材不足に苦しむ日本の介護現場にとっても貴重な機会となりえます」と日浅課長。

「また、福井県若狭町の西野工務店は、高齢化と人口減少のため伝統的な木造建築の技術が失われていくことに危機感を覚え、ラオスの若者に技術を継承してもらうべく技術協力をしています。同時に若狭町でラオスの若者を受け入れ、空き家改修などの研修を実施。さらに空き家を活用した地域活性化のための事業を展開しています」

草の根技術協力事業の実施を通じて団体自身が成長を遂げている例も多くあり、ここでひとつの好事例を紹介します。

並んで座って体操するベトナムの女性たち

草の根技術協力事業の成果報告会でベトナム版「こけないからだ体操」を披露する、ハノイ・ロンビエン区ボデ地区の体操リーダーたち

フィリピン政府に認定された研修が全国展開へ

NPO法人アクション代表の横田宗さんは、高校3年生(当時17歳)だった1994年、フィリピンのピナツボ火山噴火のニュースに強い衝撃を受けました。単身フィリピンに渡り、ボランティアとして被災した孤児院の修復作業にあたり、18歳でアクションを設立。以後はフィリピンを中心にケニア、ルワンダなどでも戦災孤児を支援する活動を続けてきました。

フィリピンでは貧富の差が激しく、貧困状態の多くの子どもたちが暴力・犯罪・人身売買・虐待などに巻き込まれ、児童養護施設に保護されています。しかし、施設での更生や社会復帰のプログラムが十分ではなく、貧困から抜け出せない現状がありました。

そこで横田さんは日本国内の美容師と協力し、フィリピン国内で美容師を育成する「ハサミのチカラ」プロジェクトを開始。さらにスパで働けるセラピストの育成など、数々のプロジェクトを展開してきました。

日本のプロの美容師に技術を教わるフィリピンの若者

「ハサミのチカラ」で日本のプロの美容師の指導を受けるフィリピンの子どもたち

そして2012年、2016年、2021年の3度に渡り草の根技術協力事業として採択され、それぞれ約3年間、フィリピン国内の児童福祉施設で働く職員への「ハウスペアレント(施設職員)研修」を実施しました。

当時、フィリピンの孤児院など児童福祉施設で働く職員には資格制度がなく、適切な研修や規程も用意されていませんでした。しかし、それでは子どもたちへの適切なケアはできないと考えた横田さんは、同事業下でフィリピンの社会福祉開発省と協業し、研修教材や規程を作成。2012年はフィリピン中部のルソン地域、2016年にはマニラ首都圏で、子どもの権利や関連法律などに関する知識、子どものケア・育児方法等の日々の業務に役立つ技術を学ぶハウスペアレント研修を開始し、それらの活動がフィリピン政府に評価されたことで、ついには国の研修制度として規定されるに至りました。
2021年から、フィリピン全土で同研修が実施されています。

グループワークをするフィリピンの施設職員の女性たち

絵が描かれた画用紙を前にプレゼンするフィリピンの施設職員の女性

NPO法人アクションが実施するハウスペアレント研修。施設の子どもたちを取り巻くさまざまな環境などをグループワークで図示・発表し、明確にする

草の根技術協力事業で信頼を獲得

「草の根技術協力事業の制度は知っていましたが、フィリピン国政府や省庁、自治体と協力し、国を動かすようなインパクトのある事業を行うときに応募しようと思っていました。児童養護施設で暮らす子どもたちの環境を改善するには、フィリピン全土で施設の職員への研修が必要だと考え、今がその時だと応募しました。実際にJICAとの共同事業という点がフィリピン政府からの信頼獲得に大いに役立ちました」と横田さん。

現在アクションの現地法人は、フィリピン政府の少年司法福祉法審議会の委員になっており、これは草の根技術協力事業の成果を評価されての推薦だったと言います。

「政府の役職に就いたことで、フィリピン国内における団体の信頼度も上がっています。草の根技術協力事業を通して、多くの現地機関とのつながりができ、ネットワークも広がりました」(横田さん)

そしてNPO法人アクションは、フィリピンでの活動の知見を生かし、日本国内の事業にも注力しています。フィリピン向けの研修教材を日本語訳し、日本の児童養護施設に提供。日本の子どもたちの学習支援も実施し、ボランティアの受け入れやフェアトレード商品の販売で日本国内での国際協力への理解促進も図っています。

「以前、フィリピンで先住民族の支援活動をしていたとき、部族の長老に、『君は自分の国のためには何をしている? 自分の国を良くできない人間に、他国を良くすることはできないのでは』と言われました。その言葉で日本のためにも活動しようという率直な思いが芽生えたんです。帰国の合間の児童養護施設での家庭教師から始まって、今ではフィリピンでの活動経験を生かしながら事業を拡大することができています」(横田さん)

オンライン取材に応じるNPO法人アクションの横田さん

NPO法人アクション代表の横田宗(よこた・はじめ)さん。フィリピンからオンライン取材に応じてくれた

国際協力が身近になる社会に

これまではアジア圏内で多くの案件が実施されてきた草の根技術協力事業ですが、今後はアフリカなど脆弱性の高い国でも事業が増えることが期待されています。

また、日本国内で人口減の進む中、さまざまな分野で働く外国にルーツを持つ人々が急増する中で、日本国内に目を向けた外国人材受入に関する案件も増えています。途上国の課題解決に取り組む団体が、その国出身の人材を地域に受け入れるようなスキームは、日本の地域経済の活性化にもつながっています。

6月に改訂された新しい開発協力大綱(日本が開発途上国に対して行う開発支援の理念や重点政策、実施のあり方について定めたもの)でも、共創を実現するために「市民社会などとの連帯の強化」が打ち出され、国際協力分野での市民社会との連携強化や参加促進がさらに望まれています。必要なのは「より多くの人に国際協力をもっと身近に感じてもらうこと」だと日浅課長は言います。

「まずは、世界にはさまざまな課題があるということを知ってもらえたら。草の根技術協力事業を実施した団体は531団体に上り、様々な団体が国際協力の現場で活躍してきました。地域の身近なNGOや自治体が行う報告会などを通じて、国際協力に少しでも関心を持っていただけるとうれしいです」(日浅課長)

「国際協力を自分ごとにするのは当事者じゃないと難しい部分もあります。知っている国や場所、人を増やして、災害などがあったときに風景や顔が浮かぶと、心配な気持ちが生じますよね。まずは住んでいる地域などで外国の人と交流したり接点を持ってもらうことで、国際協力に関心を持つ人が増えるのではと思っています」(横田さん)

NPO法人アクションが草の根技術協力事業で実施したフォーラムに参加した関係者たちの集合写真

NPO法人アクションが草の根技術協力事業で実施した研修教材に関するフォーラム。フィリピンの省庁や自治体、現地NGOなどが参加

JICAは、今後も草の根技術協力事業を進めていく中でさらに市民社会との連携を強め、途上国への協力はもちろん日本国内への還元も視野に入れた、国際協力への参加促進・裾野拡大を目指していきます。

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