【パキスタン洪水から1年】協力関係が生んだ迅速な支援と、未来を見据えた洪水リスク削減への動き

#11 住み続けられるまちづくりを
SDGs
#5 ジェンダー平等を実現しよう
SDGs

2023.08.18

見渡す限り茶色の水に覆われた大地、崩れた家屋を前に途方に暮れる人々——。昨年6月から8月にかけて、パキスタンで断続的に降り続いたモンスーンによる豪雨が大洪水をもたらし、3,300万人もの人々が被災しました。特に社会的に弱い立場にある人たちはより厳しい状況に置かれ、JICAがこれまで協力を続けてきた女性家内労働者(*1)たちも、家を失うなどの大きな被害を受けました。そのような脆弱な立場にある人々に対し、JICAは築き上げてきた協力関係によって洪水直後から迅速な支援を実施。洪水から1年を経た現在は、次の災害を防ぎ、パキスタンの経済発展を下支えするため、以前から進めていた洪水リスク軽減への取り組みを加速させています。

洪水でパキスタン国土が水に覆われた様子

*1…家庭内で物の生産やサービス提供を行い収入を得ている人。パキスタンでは、女性は宗教的・文化的慣習から外で働く機会が少なく、家内労働に従事する割合が高くなっている。家内労働者は労働基準法の対象とならず、搾取や劣悪な作業環境といった困難な問題に直面することが多い。

特に被害が大きかったシンド州

パキスタン国家防災管理庁によると、今回の洪水の被災者は国の人口の約15%に及ぶ約3,300万人、全壊もしくは一部倒壊した家屋は約230万戸に上ります。特に甚大な被害に見舞われたのがパキスタン南東部に位置するシンド州の農村部です。同州では普段雨が降らない場所でも集中豪雨が起こり、なかでも8月は例年の約8倍の雨が降ったことが報告されています。

崩れた家を前に座り込む女性

崩れた家を前に座り込む女性(シンド州サッカル)

これまでの協力を通じ、現地NGOとの連携で迅速に支援

このシンド州で、JICAは2017年から、女性家内労働者に対して生計向上に必要な知識と技術の習得を支援するプロジェクトを行っており、この女性たちも大きな被害を受けました。2022年8月、パキスタン政府は洪水を受けて非常事態宣言を発出しましたが、それに先んじて、プロジェクトで連携する現地NGOからプロジェクトスタッフらに、活動地域の同州サッカル周辺の降水量が尋常ではないとの連絡が入りました。女性たちからも「家が流されてしまった。助けてほしい」との声が聞こえる中、有志で資金を出し合って急遽、食糧と生活必需品の配布を開始しました。

現地NGOスタッフのハジャニ・マヘルさんらも、プロジェクトスタッフとともに緊急支援に携わりました。「被災直後から支援活動を始めましたが、大雨で帰路が閉ざされたり、洪水で道路が陥没して落下しかけたりと、困難もありました。私自身の家も被災したため、家族からは、『自分の家が壊れているのに人を助けている場合じゃない』と言われたのですが、より悲惨な状況に直面している被災者を目の前にして立ち止まることはできませんでした」(ハジャニ・マヘルさん)

政府の支援が届くまで時間がかかる中、これらの支援は、まさに被災者の命綱となりました。天候が回復し、水が引き始めると、今度は蚊が大量発生し、マラリアやデング熱などの感染症が蔓延。そのため、今度はプロジェクト活動の一環として蚊帳を配布するなど、現地の状況に合わせた物資を届け続けました。

被災者に緊急支援物資を配布する現地NGOスタッフと、緊急支援物資を受け取った女性たち

(左)洪水発生直後、被災した家内労働の女性たちに緊急支援物資を配布する現地NGOスタッフのハジャニ・マヘルさん(右)食糧などを詰めた緊急支援物資を受け取った女性たち

デジタル研修の成果を、洪水時のSOS発信で発揮

これらの現地のニーズに即した迅速な支援は、長年の協力で培ってきた現地NGOやプロジェクト対象者の女性たちとの信頼関係が生んだものでした。

コロナ禍以降、プロジェクトでは女性たちが生産した手工芸品の販売ルートを拡大するため、SNSなどを活用して製品を販売することができるようにデジタルマーケティングを学ぶ研修を実施していましたが、このデジタル研修と日ごろから重ねていたコミュニケーションが、被災時のSOS発信に大きく役立ちました。研修のおかげで女性たちはスマホでメッセージのやり取りができるようになっており、洪水発生後すぐに現地のリアルな被害状況の動画や写真をプロジェクトスタッフに送ってきたのです。

スマホを手に操作を学ぶ女性たち

デジタルマーケティングを学ぶためスマホ操作を習得する女性たち(洪水前に実施された研修の様子)

「当時は洪水の被害について、なかなか情報が入手できなかったので、彼女たちの発信のおかげで現地の状況を把握でき、迅速な支援につなげることができました」と、プロジェクトを総括するJICA専門家の萬宮千代さん(かいはつマネジメント・コンサルティング)は話します。

被災した村の状況を連絡してくれたひとりが、イルシャード・シャーナワズさんです。デジタル研修に積極的に参加しスマホの操作を習得。村に配布された3台のスマホのうちの1台を所持していたことから、洪水時の連絡係として活躍しました。
「洪水でほとんどの家が倒壊し、道路も寸断されて食料もなくとても不安でしたが、すぐに支援でビニールシートが配布され、当面の雨風をしのぐことができました。毛布やサニタリーキットの配布もとても助かりました」(イルシャード・シャーナワズさん)

村の被災状況をスマホで知らせた女性

村の被災状況をスマホで知らせたイルシャード・シャーナワズさん

プロジェクトでは、昨年10月ごろからデジタル研修や識字教育を再開しました。女性たちもプロジェクトで習得した収入向上のスキルを生活再建に役立てるなど、前を向いて進んでいます。また、収入を確保するため、女性たちが生産した手工芸品を販売する大型の展示会も州都カラチで開催されました。約6年間にわたったプロジェクトの活動は今年12月に終了しますが、萬宮さんは「より多くの女性たちが同様のスキルを習得することができるよう、現地政府と協議しています」と、今後の体制づくりに奔走しています。

手工芸品の展示販売会の様子と、協力対象の女性たちが手工芸品を手掛ける様子

(左)2023年2月にシンド州の州都カラチで開催された手工芸品の展示販売会(右)協力対象の女性たちが手工芸品を手掛ける様子

洪水リスクを削減するという、根本的な課題解決に向けて

このプロジェクトのほかにも、JICAは、教育、保健、農業、インフラ整備など、パキスタン全土のさまざまな分野での復興支援を続けています。中でも教育分野では、洪水で被害を受けた小中学校の再建に着手しています。パキスタン全土では約2万7千の学校が被害を受けましたが、JICAがシンド州で建設を支援してきた学校施設は、2010年に発生した洪水による浸水被害を踏まえて床高の設定等を行っていたことで深刻な被害を回避することができたため、その減災への取組・成果がパキスタン政府に評価されました。その結果、2022年に発生した洪水により倒壊した他の学校の復旧や、災害に強い学校をつくるための知見の共有を要請されることになったのです。

JICAの支援で建設されたシンド州の女子中学校の教室

JICAの支援で建設されたシンド州の女子中学校。洪水による深刻な被害がなく避難所として活用された

また、JICAは、洪水リスクを削減するという根本的な課題解決のための事前防災投資の推進につながる協力に、今回の洪水前から着手しています。パキスタンは、国土の中央を全長約3,000キロのインダス川が流れ、その流域を中心に経済が発展してきました。これまでも度重なる洪水に見舞われてきた歴史があり、インダス川の治水能力の強化は、国の開発や発展を支えるための最重要課題のひとつです。

今回の洪水直後には、災害後のニーズ調査(Post-disaster Needs Assessment: PDNA)に参画し、これまでパキスタン政府に助言してきた「事前防災投資を通じた災害リスク削減の重要性」を改めて示すことで、必要な協力の方向性のとりまとめに貢献しました。その一例として、インダス川の堤防管理能力の強化に向けた新たな技術協力プロジェクトを開始。パキスタンで発生した近年の洪水の気候変動による影響の分析や、堤防の現状調査なども実施し、パキスタンの治水対策能力の底上げを図ります。

気候変動の影響や堤防の維持管理に関するセミナーで話し合う様子

2023年3月、日本の気候変動および治水分野の有識者も交え、パキスタン政府と気候変動の影響や堤防の維持管理に関するセミナーを実施

この技術協力は、JICAにとって初の「災害対応技術協力」として実施するものです。自然災害や感染症といった緊急事態の対応に向けて迅速に支援ができるよう、昨年導入された新しい取り組みです。通常、技術協力を開始するまでには事前調査などを含め、相手国政府の要請から一定の検討・準備期間を要しますが、この災害対応技術協力は過去のJICAとの協力関係などを活用することで開始まで期間を大幅に短縮。現場のニーズに即し、機動的な対応を進めていきます。

世界各地で異常気象による自然災害が多発する中、パキスタンでの今後の取り組みを通じ、将来起こりうる自然災害への備えや対策に向けた知見をさらに積み重ねていくことも期待されます。

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