日本社会の多様化から考える、これからの教育に必要なこと

#4 質の高い教育をみんなに
SDGs

2023.09.22

近年、日本社会のグローバル化は、教育現場にも大きな変化をもたらしています。2022年6月には在留外国人数が過去最多の296万人に達するなど、日本で暮らす外国人は増加の一途をたどっており、外国につながりのある子どもの数も年々増えているのです。

日本と海外の接点がより身近になる中、JICAでは「開発教育/国際理解教育」(注1) の支援に力を入れています。取り組みの一つが、教職員向けの海外研修です。その参加者で、現在外国につながりのある児童・生徒の支援を行っている牧ちさと先生と、多様な価値観を認め合う新たな学校づくりを推進している住田昌治先生のお話から、海外研修の意義、そしてこれからの教育について考えます。

(注1)身近なことから海外のことまで現状と課題を知り、解決策を考え、自ら行動する主体性を育む教育のこと。

教師海外研修に参加した日本人教師と現地の生徒たち

JICAが全国の学校教員や管理職、教育委員会を対象に実施する「教師海外研修」。2023年度はコロナ禍を経て3年ぶりに本格再開した

自分の目で見て感じることの大切さを実感

JICAが実施する「教師海外研修」は、教職員自身が実際に開発途上国の現場を訪れることで、そこでの暮らしや文化、日本とのつながりに対する理解を深め、教育実践に役立ててもらうというもの。これまでに全国から延べ3,300人以上が参加、訪れた国は約30カ国に上ります。

2014年、タンザニアへの研修に参加した牧ちさと先生もその一人。在籍していた神奈川県内の特別支援学校でふと目にした募集案内が、かつての夢を思い出させてくれたと言います。「高校の頃、紛争下のシエラレオネで子どもたちを支える仕事をしていた日本人女性と出会ったことがきっかけで、いつか海外と接点のある仕事をしてみたいと思っていたんです」。また当時の担当クラスの中に、憧れのスポーツ選手の存在を通して外国に興味を持っている生徒が多かったことから、子どもたちの好奇心を伸ばすきっかけになれば、と参加を決めました。

神奈川県内の特別支援学校で教員を務める牧先生

神奈川県内の特別支援学校で教員を務める牧先生

10日間ほどのタンザニア滞在では、学校や病院、給水施設などJICA海外協力隊が活動する現場を視察、また途上国の生活事情を肌で感じるため、町や市場の見学や一般家庭でのホームステイも体験しました。国際協力の重要性を実感する一方で、自分がいかに固定観念に捉われていたかを考える機会にもなったと話す牧先生。

「アフリカ=貧困というイメージばかりが先立っていましたが、街を行きかう多くの車、携帯電話を持つ人々、市場に並ぶ色とりどりの野菜や果物を目の当たりにして、きちんと自分の目で見て感じることの大切さを再認識した」と言います。

多くの日本車が行き交う通りの傍らを、水の入ったバケツを頭に乗せた女性が歩いている

牧先生が現地で撮影したスナップ写真。多くの日本車が行き交う通りの傍らを、水の入ったバケツを頭に乗せた女性が歩いている光景に、タンザニアのリアルを感じたという

「食事を共にしたあなたは私の家族」

さらに、牧先生が良い意味でショックを受けたのが、タンザニアの人々の「心の豊かさ」でした。挨拶を交わせば「あなたの服、とても似合っていて素敵ね」とそれ以上の言葉を返してくれる。「一緒にご飯を食べた君は家族だよ」と言って、温かく受け入れてくれたホストファミリーや、伝統的な布カンガを自分用に仕立ててもらい、おしゃれに着こなしている人々。「挨拶さえも面倒になったり、孤食や大量生産の服を身につけることが当たり前になりつつある日本人とは、あまりに対照的でした」(牧先生)。

東アフリカの伝統的な布「カンガ」の仕立屋さん

東アフリカの伝統的な布「カンガ」の仕立屋さん

自身が体感した等身大のタンザニアを特別支援学校の生徒たちにも伝えたい――そう考えた牧先生は、帰国後の授業実践で、タンザニア産の食材の試食や、水汲みの重さ体験、現地のポップアート「ティンガティンガ」にヒントを得た描画のクラスなど、遠い国で暮らす人々に生徒たちが思いを馳せる機会を積極的に作りました。

すると、最初はタンザニアという国さえ知らなかった子どもたちが、「こんなところは僕たちと違う」「でも同じところもあるんだね」と驚いたり、共感したりしながら、「もっと知りたい」と前のめりになっていったと言います。中でも嬉しかったのが、ある生徒が言った「毎日一緒に給食を食べている僕たちも家族だね」という言葉。「卒業した今でも生徒たちがその言葉を覚えていると知ったときは、胸が熱くなりましたね」。

現地の人に髪を編んでもらう牧先生

現地の人に髪を編んでもらう牧先生。髪を編むことで涼しくなり、洗髪の習慣があまりないタンザニア人にとって合理的なのだと実感

個の経験を皆で共有し、地域社会に還元

その後、アフリカでの学びをさらに深めようと、JICA海外協力隊に現職教員として参加した牧先生。2年間にわたるケニア赴任を終えて帰国し、復職後しばらく経った2019年、神奈川県内で外国につながりを持つ障害児や生徒の数が増えていることを知ります。「海外研修や協力隊での経験を単なる人生経験として終わらせるのではなく、少しでも地域に還元できたら」と、仲間とともに支援のあり方を考える会を立ち上げました。

神奈川県内在勤の教職員や元JICA海外協力隊のメンバーなど、約20名が参加する「外国につながりのある児童・生徒への支援を考える会」では、月に一度の会議を通して、県内の学校に通う子どもたちや保護者がどんな壁にぶつかり、どんな支援を必要としているか、各メンバーが事例を持ち寄り、議論しています。

「例えば、外国につながりのある子どもだけが誤って祝日に登校してきてしまった。一見ありがちな話ですが、こうした事案も個の経験にとどめず共有することで、徐々に防ぐことができます。制度を一気に変えることは難しくても、一つひとつ積み重ねていくことはできるはず」(牧先生)

支援を考える会の月例会議の様子

支援を考える会の月例会議の様子。これまでに取り上げてきたケースをまとめた「事例集」を作成しながら、子どもや保護者に対する通訳・翻訳支援など、行政との連携も模索中(写真提供=牧先生)

各家庭によって異なる文化背景や習慣に、学校や教員が先回りして気づき、尊重し、支援する。その気づきのハードルは、自らが外の世界へ出て、視野を広げられたことで確実に低くなったと振り返る牧先生。海外で自分がマイノリティになる実体験を持てたことも、現在の支援活動や、生徒一人ひとりへの向き合い方に大きく役立っていると言います。「教師海外研修には、その後の教師生活を豊かにしてくれる貴重な体験が詰まっていました」。

先生たちを外の世界に送りだしてほしい

牧先生のように、教職員が校外の研修や活動に積極的に参加するには、周囲の理解も必要です。そうした観点からJICAでは学校管理職や教育委員会の指導主事を対象とした海外研修(教育行政コース)も実施しています。

2022年末に教育行政コースに参加した湘南学園(神奈川県藤沢市)学園長の住田昌治先生は、「管理職の方々には、ぜひ積極的に現場の先生たちを外の世界に送りだしてほしい」と訴えます。そこには、異なる価値観との出合いこそが、いまの日本の教育現場に必要な多様性受け入れの素地になるとの思いがあるからです。

インタビューに応える住田昌治先生

「教職員を管理せず、任せる」をモットーに、元気な学校づくりの推進で注目されている住田先生。今夏公開されたドキュメンタリー映画『夢見る校長先生 子どもファーストな公立学校の作り方』では「校長室をなくした校長」として登場

多様な文化、価値観の中で生きていくこれからの子どもたちに、学校の先生たちが狭い視野の中で教えていたら、いずれ大きなギャップを生むだろうと危惧する住田先生。

「今や日本にいても、世界とつながらずに生きていくことは考えられません。日々の業務だけで手一杯の学校もあるかもしれませんが、教師が外向きになることは、長期的には子どもたちの学びに必要不可欠なこと。ぜひそういう見方でこの研修をとらえてほしい。もちろん参加した先生たちには “変容”を見せてほしいですし、その変容が周囲に伝わっていくことで学校全体が活性化してくれると期待しています」

海外研修は教職員が自らをバージョンアップさせるチャンスだとも言います。「私が研修で訪れたエジプトの学校では、驚いたことに掃除や学級会など日本式の教育が取り入れられていました。日本の伝統や教育だって捨てたもんじゃないんですよ。そこはぜひ先生方に自信を持ってほしい。ただ、海外で異なる価値観に触れることによって、日本のやり方がすべてではないと気づくはず。ですから、世界に視野を広げ、良いところは積極的に取り入れる姿勢が大切です。私自身も帰国後に実践していることが数多くあります」。

校長室に設置されたハンモックで、先生同士がリラックスしながら意見交換する様子

海外の多くの学校には職員が談話できるスぺースがあることに気づき、帰国後に校長室にハンモックを設置。先生同士がリラックスした雰囲気の中で意見を言い合える環境を作った(写真提供:住田先生)

円形のホワイドボードを囲んで議論する先生たち

住田先生が考え出した円形のホワイトボード「円たくん」。上下がないため、フラットな立場で議論がしやすくなるという(写真提供:住田先生)

さらに教師海外研修で得られる横のつながりも大きい、と話す住田先生。教育人として共通の目的を持ち、新しい世界を共に体験することで、互いの悩みを共有したり、励まし合える「仲間」に出会えると言います。

「学校の中という狭い社会を離れて、フラットに語り合えると、自然に先生たちが生き生きしてくるんです。こうした経験をきっかけに、保護者や地域の方々ともつながりを作り、皆で子どもの成長を共に支えるような、開かれた学校をつくっていきたい。その最初の一歩として、多くの先生に海外研修に参加してほしいですね」

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