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【COP特集・1】電気も産業も。島を元気にする「久米島モデル」の可能性

#7 エネルギーをみんなに。
そしてクリーンに
SDGs
#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs
#13 気候変動に具体的な対策を
SDGs

2023.11.17

地球規模で異常気象が深刻化する中、喫緊の課題である気候変動への対策などを議論するCOP28(国連気候変動枠組条約第28回締約国会議)が、11月30日から12月12日までアラブ首長国連邦で開催されます。これを機に、JICAが協力する気候変動対策に関する取り組みを2回にわたって取り上げます。1回目の今回は、沖縄県・久米島で実証事業が行われている「海洋温度差発電」、そして海洋深層水の複合利用による産業振興を含めた「久米島モデル」です。このモデルを島嶼国に導入できないか、JICAは検討を進めています。持続可能なクリーンエネルギーと産業の創出を同時に実現するこの久米島モデルの可能性とは。

沖縄県・久米島の海洋温度差発電実証施設

沖縄県・久米島の海洋温度差発電実証施設(100キロワット)

脱炭素に向け必要なエネルギー転換

地球温暖化などにより異常気象が発生していると言われています。世界の主要なエネルギー源は石油・石炭・天然ガスなどの化石燃料ですが、その燃焼により地球温暖化の原因となる二酸化炭素を排出することから、脱炭素を実現するためのエネルギー転換が必要とされています。特に島嶼国においては、多くが輸入の化石燃料(ディーゼル)にエネルギー源を頼っています。元々輸送費が高い上に、新型コロナウイルス感染症拡大やロシアによるウクライナ侵略により燃料価格が更に高騰し、エネルギー料金増加などの影響を受けています。そのため、経済的な事情からもエネルギー源の転換が迫られていました。島嶼国では再生可能エネルギー(再エネ)100%を目指し、太陽光や風力などの導入が進んでいますが、天候や季節の変化により発電量が大きく変動する変動性再エネは、供給が安定しないと蓄電池やバックアップ電源などが必要となり、その割合が高くなると、かえって発電コストが高くなるという課題があります。

注目を集めている「海洋温度差発電」

そして今、海洋温度差発電(OTEC : Ocean Thermal Energy Conversion)が、クリーンで安定供給可能な再生可能エネルギーとして注目を集めています。

海洋温度差発電とは、温かい表層水と冷たい深層水の温度差を利用し、沸点の低いアンモニアなどを媒介することで蒸気を発生させ、タービンを回し発電する技術です。太陽光や風力などの変動性再エネと比較して気象条件の影響を受けにくく、24時間安定して電力供給を行うことができます。表層水と深層水(深さ600~1,000メートル)の温度差が20℃程度ある地域が発電の適地となるため、赤道付近に適地が多く、特に島嶼国のエネルギー源として注目されているものです。

海洋温度差発電の原理図

出所:沖縄県海洋温度差発電実証設備

10年で大きな成果を出した「久米島モデル」

沖縄県は2013年から、本島から西に約100キロの離島・久米島町で、海洋温度差発電の実証事業を行っています。当時の沖縄県のエネルギー自給率は0.5%程度と低く(全国平均は4.8%)、エネルギー源を化石燃料に依存していました。エネルギー源の多様化と自給率向上を図っていた中、久米島には深層水を取水する設備があったこと、また久米島周辺の表層海水と深層海水の温度差が海洋温度差発電に適した20℃程度だったことから、久米島で海洋温度差発電を進めることになったのです。

実証事業は、今年で11年目。50年以上にわたって海洋温度差発電の研究を続けてきた佐賀大学と、久米島町、海洋深層水利用ビジネスを目指す民間企業による産官学協力のもと行われています。本件が実際の海水を使って発電を成功させた世界初のケースだったといい、発電に加え、取水した海洋深層水を活用した産業が成功している点から「久米島モデル」として注目を集めるようになりました。これまで世界69か国から久米島町に視察が訪れるほどです。

佐賀大学海洋エネルギー研究所の伊万里サテライト

佐賀大学海洋エネルギー研究所の伊万里サテライト

海洋温度差発電は、発電に利用した後の海洋深層水を複合事業に利用できることに大きな特長があります。海洋深層水は、年間を通じて温度が低く一定で、雑菌が少なくミネラル成分などの栄養分が豊富。発電利用後でも水質が変わらないため、車エビ、海ぶどう、牡蠣といった海産物の養殖に利用でき、飲料水、化粧品にも活用できます。

「現在、久米島町の海洋深層水を使用した事業は全体で約25億円にのぼり、うち、2022年度は化粧品事業の売り上げが約10億円を占めています。また久米島町の人口は約7,000人ですが、海洋深層水事業で約140人の雇用を創出しており、高い経済効果と雇用効果を示せています」と、久米島町プロジェクト推進課主査の江洲誠一郎さんは話します。

久米島町プロジェクト推進課課長の大田直樹さんと、主査の江洲誠一郎さん

久米島町プロジェクト推進課課長の大田直樹さん(右)と、主査の江洲誠一郎さん

サンゴ種苗を海域に設置する様子

町内の研究所では、海洋深層水を活用したサンゴの種苗生産技術の開発も行なっている。写真はサンゴ種苗を海域に設置する様子

「久米島モデル」で島嶼国の課題解決へ

この電気も産業も生み出す「久米島モデル」が、途上国の島嶼地域におけるクリーンなエネルギーや水の確保、産業振興などの課題解決に貢献し得るとJICAも注目。島嶼国への導入を目指した調査が始まりました。まずは太平洋諸島のパラオ共和国などへの導入可能性検討に向けた第1回現地調査を2023年5月にパラオで実施し、1年半にわたる情報収集・確認調査を進めています。

パラオも他の島嶼国と同様、エネルギーをディーゼル発電に依存しています。クリーンで安価なエネルギーへの転換が模索されていたことに加え、観光以外で主要な産業がほとんどなく、水を雨水に頼っている地域も多いため台風や天災時には渇水や水不足が発生するという課題がありました。

海洋温度差発電を導入できれば、ベースロード電源(昼夜を問わず安定的に発電できる電源)の一角を担えるだけではなく、海洋深層水を利用した産業の創出に寄与できる可能性があります。新鮮な海産物や葉物野菜がホテルやレストランに供給できれば、観光地としての付加価値が上がり、パラオを訪れる観光客が増えることも期待できます。加えて、効率的に脱塩処理して給水ができるようになれば、渇水時にも飲料水を安価に大量供給でき、国家の安全保障に貢献することが可能です。

また、島嶼国では、海外留学などによって島外で高等教育を受けた若者が島に帰ってこないということが共通の課題として存在していますが、海洋深層水の複合利用のためには、海外市場を見据えたビジネスの経営ノウハウを有する専門職や、深層水を利用する水産、農業、生命科学などの分野の研究・技術職が現場で必要とされます。若者に活躍の場を与え、島の経済および社会を活性化するという点においても、海洋深層水の複合利用は大きな可能性を秘めていると言えます。

多くの大洋州(オセアニア)島嶼国はカーボンニュートラルや自然保護に真摯に取り組もうとしています。また、太平洋戦争では戦地になりましたが、日本人に信頼を寄せる人々が多くいます。今の日本にとっても、重要な海上交通路(シーレーン)に位置しています。このような島嶼国への久米島モデルの普及を目指し、まずはパラオを対象として調査を進めています。

ただし、島嶼国に久米島モデルの導入を進めるためには、産官学の協働体制の構築と、実際の事業者の参入が不可欠です。そこで5月の現地調査では、現地の省庁や公共事業者に向けた「久米島モデル」の説明会を実施して、現地関係者の理解を深めました。

パラオで現地の省庁や公共事業者に向けて実施した説明会

パラオで現地の省庁や公共事業者に向けて実施した説明会

第1回調査に民間代表として参加された株式会社ジーオー・ファームは、久米島で海洋深層水を活用した牡蠣の完全陸上養殖を実現し、「あたらない牡蠣」を開発。この陸上養殖システムの海外展開を考えており、島嶼国にも可能性があると言います。同社取締役COOの鷲足恭子さんは「気温上昇で海の環境が一変する中、海洋深層水の活用で陸上養殖を可能にする久米島モデルは、今後世界的にも重要になると感じています。民間企業ならではのスピーディーさで、パラオへも知見を共有したい」と話します。

ジーオー・ファーム取締役COOの鷲足恭子さん

ジーオー・ファーム取締役COOの鷲足恭子さん

パラオで魚の養殖施設を見学する鷲足さんら調査団

パラオで魚の養殖施設を見学する鷲足さんら調査団

日本がリードする再エネ技術で世界に貢献

現在調査では、発電プラント候補地の選定と、海洋深層水を活用したビジネスモデルの提案と経済分析を進めています。妥当性が確認されればその後、他国の援助機関や国際機関などと連携しつつ、実際に「久米島モデル」の導入に向けた取り組みを進める予定です。

そして、JICAはこの久米島モデルを他の島嶼国へ展開することも視野に入れ、ソロモンをはじめとする数か国では既存データによる適地検討も予定しています。現在も国連代表部や他の島嶼国から久米島への視察の問い合わせが入っており、実際に「うちの国で実施したい」という声も聞かれるなど、高い期待とニーズが感じられます。

「海洋温度差発電は日本が世界をリードする数少ない再生可能エネルギー技術のひとつ。『久米島モデル』が日本モデルとして、島嶼地域に貢献できるモデルになると期待していますし、また、そうする必要があると思っています」。同発電の研究を牽引する佐賀大学海洋エネルギー研究所教授の池上康之さんは、そう話します。

佐賀大学海洋エネルギー研究所教授の池上康之さん

佐賀大学海洋エネルギー研究所教授の池上康之さん。効率的な海洋温度差発電システム「ウエハラサイクル」を発明した同大の故・上原春男教授の後を引き継ぎ、世界の研究を牽引する

久米島では、2040年までに島内で消費するエネルギーを再生可能エネルギーで自給する「エネルギービジョン」を打ち出し、主力を太陽光、ベースロード電源を24時間発電可能な海洋温度差発電として想定しています。現在の実証事業では、発電した電気は実証施設を動かすことに使用されていますが、これまでの成果を受け、いよいよ発電の商業化へと歩を進めようとしています。2022年に株式会社商船三井が実証設備の運営パートナーに加わり、2026年をめどに、現在の100キロワットの発電設備から拡大した出力1メガワット規模の発電所の稼働を計画しています。

「海洋深層水という地域資源を活用して、電気・水・食料を生み出す持続可能な島づくりモデル『久米島モデル』。まずここ久米島で商業段階としても成功させたいですし、海外への広がりも期待しています」(久米島町プロジェクト推進課課長、大田直樹さん)

気候変動などの環境変化に脆弱であるという困難を抱える島嶼国に対して、日本は2015年、日本の知見・技術を活用した再生可能エネルギー推進の支援を発表しています。これを受け、JICAも現在島嶼国が使用するディーゼルなどの電源に加え、再エネの最適な導入を図る「ハイブリッド・アイランド・プログラム」を進めています。「久米島モデル」の導入をはじめ、JICAはこれからも島嶼国の課題、そして地球の課題解決へ向け、協力を進めていきます。

久米島の実証施設の前で記念写真を撮るフィジー共和国の技術者たち

今年6月、フィジー共和国の技術者が久米島の実証施設を視察

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