皆が幸せになる障害者の就労を目指して スリランカで見せる着実な成果

#10 人や国の不平等をなくそう
SDGs

2023.12.01

障害者への偏見・差別が根強くあったスリランカで、障害者の就労に対する意識が少しずつ変わり始めています。JICAが2021年に開始した「スリランカにおける障害者の就労支援促進プロジェクト」が、そのきっかけになっています。12月3日は国連が定める「国際障害者デー」。これを機に、JICAが同国で進めるプロジェクトの意義と、障害者の就労における社会的課題について考えます。

JICAのプロジェクトを通じてパン工場に就職した障害当事者と関係者

JICAのプロジェクトを通じてパン工場に就職した障害当事者と、会社オーナー、行政官ら。後ろ中央はJICA専門家の清水貴さん

障害は個人ではなく社会の側にある

近年、「障害」は障害者個人ではなく社会にあり、その障害を解消するのは社会の責務であるという「障害の社会モデル」の考え方が一般的になってきています。しかし、いまだに社会参加の機会を制限されている障害者は多く、障害者の人権を守る重要性や障害者の社会参加の必要性について、社会全体の理解が必要とされています。

国際社会で、人々の多様性を認め、その個性と能力に応じた活躍の場を提供する「ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包括・包摂)」の考えが広まり、障害者雇用の取り組みも進んできていますが、まだその土台が整っていない国が多いのも現実。スリランカもそのひとつです。

障害者の就労に関する意識を変える

スリランカでは障害者への偏見と差別が根強くあり、「障害者は家で守られるべき存在」とされていました。十分な社会福祉制度が整っておらず、基本的に就労することは考えられていなかったため包括的な就労支援体制も未整備です。民間企業においても障害者雇用の取り組みはほとんど進んでいませんでした。

そんな中、障害者の社会参加促進の必要性を感じていたスリランカ政府から要請を受ける形で、JICAは2021年11月に障害者の就労支援制度を構築するための技術協力プロジェクトをスタートさせました。

JICA専門家としてプロジェクトに携わる清水貴さんは、プロジェクト開始時をこう振り返ります。

「当時はスリランカの行政官を含めたプロジェクト関係者の多くが障害者に対する偏見を持っており、『障害者は一般就労に興味がなく、手工芸品などを作るセルフビジネスを望んでいる』『特別な職業訓練を受けなければ障害者は仕事ができない』という意見が多く聞かれました。就労意欲がある障害者の方たちが声を上げられる制度もなく、双方のコミュニケーションが取れていない状況でした」

JICA専門家の清水貴さん

JICA専門家の清水貴(しみず・たかし)さん

プロジェクトで構築した制度が活用されるためにも、まず関係者をはじめとして社会全体に「適切なサポートがあれば多くの障害者が働けるんだ」という実感を持ってもらう必要があると考えた清水さん。そこで、まずは現地の障害のある求職者や、行政官、企業、関連団体などの状況をできるだけ正確に把握するための調査を実施しました。その結果をもとに、労働・福祉行政の連携体制を構築するプログラムを立案。首都圏で事業を試行して全国展開の計画を精緻化し、連携プログラムを全国へと順次広げていきました。

着実に成果を出し始めたプロジェクト

連携プログラムは、労働行政と福祉行政を十分に連携させ、働く意欲のある障害者と雇用意欲のある企業を着実に繋いでいくことを目指しています。その中で、障害当事者や企業に対して的確な助言を行うための、行政官らを対象にしたワークショップも実施しました。

「ワークショップでは、障害の有無に関わらず、求職者の強みと会社が求めるものが合致するマッチングが大事と伝えています。また、障害があってできないことがある場合は、その人に無理を強いて乗り越えてもらうのではなく、職場環境や業務内容などを調整することでポテンシャルを十分に発揮できる場を作るということにも重きを置いています」(清水さん)

今年6月には日本にスリランカの行政官らプロジェクト関係者を招いた本邦研修も実施。製造業や農業、サービス業など、さまざまな業種における障害者の就労現場を見学し、障害当事者団体との交流も実現しました。

今年6月、株式会社日本理化学工業を見学するスリランカからの視察団

「『働くことは、社会に参加して自分らしく生活すること』『ただ仕事があればいいということではない』という就労する障害当事者らの話に、参加した行政官たちが触発されたようです。帰国後に所轄を越えた定期的なミーティングで意見交換をしたり、障害者とコミュニケーションを取りながらサービス改善に当たったりという意識が醸成されつつあるのが心強いです」と清水さん。

そのような行政官らの意識の変化もあり、スリランカでの就労実績は着実に増えていきました。プロジェクト開始から2年、2025年11月のプロジェクト終了までの中間点である現在(10月31日時点)、全25県中18県で105企業124名の就職が実現しています。

労働・福祉行政の連携プログラムを通じた障害者の就労実績を示すグラフ

「耳が聞こえないことで社会から取り残されているように感じていたけれど、今では自分も大切な存在で、社会に貢献できていると思えます」
(配送センター・John Keells Logisticsに2022年12月から勤務するラクシャニさん)

「足に障害がありますが、仕事が認められたことで仲間も増えました。ここでの仕事がとても楽しいので、ずっと働いていきたいです」
(パン工場・Bees Bakeryに2023年2月から勤務するアジャンタさん)

就労した障害当事者からも、社会参加を実現したことに対する喜びの声が聞かれています。

パン工場で働く障害当事者

パン工場で働くアジャンタさん(右)。その働きぶりが認められたことで会社が福祉行政官に他の求職者の紹介を依頼し、今では計3名の障害者がプロジェクトを通じて同工場で働いている

受け入れ体制を変え、定着率の向上も目指す

「プロジェクト開始1年目には、2019年のテロ事件やその後の新型コロナウイルスの感染拡大、政情不安などによる経済危機があり、はたしてプロジェクトが継続できるのかと心配になったこともありました。そんな中でも現地の関係者の尽力のおかげで継続した就労実績を出すことができています。1件、1件の事例の積み重ねが大切だと感じています」

ただ現在、障害者の6か月定着率は6割弱にとどまります。「家族の理解が得られない、通勤手段が確保できないなど難しいケースはたくさんありますが、これから就職する人たちが職場に定着するために、行政機関が家族や企業などと一緒に、何ができるか考えていく必要があります」と清水さんは話します。

プロジェクトではこれまで、労働・福祉の連携体制を作り、障害のある求職者を企業と繋げる最初のステップを築いてきました。残り2年のプロジェクト後半は、民間の人事担当者に向け、障害者がスムーズに職場で働くためにサポートするジョブコーチ(職場適用援助者)研修の実施を進めます。企業の人事担当者に障害者雇用について知見を持ってもらうことで受け入れ体制を変え、ひいては定着率の向上も目指します。

第1回ジョブコーチ研修の様子

今年9月、民間企業の人事マネージャーを対象とした第1回ジョブコーチ研修をコロンボで実施した

また、就労している障害者の声を行政サービスに反映する仕組みがなかった現状をふまえ、各地で障害当事者との会合が始まっており、将来的には行政機関や企業とともにサービス改善に取り組む当事者グループを育成したいと清水さんは話します。「スリランカの人たちに『自分たちの力で社会をより良い方向に変えていける』と自信を持ってもらえることが、私にとっても喜びです」。

障害当事者との会合の様子

障害当事者との会合の様子。右端は清水さん

障害者の働く権利を守り、より良い社会づくりへ

国連の障害者権利条約には、障害者の働く権利が明記されています。障害者が適切な支援を受けながら貴重な労働力として労働市場に参加することは、障害当事者のみならず、家族、同僚、企業、地域社会の意識を変え、様々な好影響をもたらします。

障害の有無に関わらず自身の力を発揮して社会に貢献することができるよう、JICAは今後もスリランカの障害当事者や行政官らと協力しながら、障害当事者をはじめとする関係者間のつながりを生み出し、障害者就労の促進に向けて取り組みを続けていきます。

このプロジェクトをはじめ、JICAはさまざまな途上国ですべての障害者の人権の尊重、および社会参加と平等などを目指して協力を進めています。現在アジアや中南米でプロジェクトが盛んですが、将来的にはアフリカなどのその他の地域にも取り組みを広げたり、インフラ建設などの他の分野の協力にも障害主流化の視点を取り入れることで、途上国において障害者の権利を守りながら、障害者も包摂された社会づくりにつながるように協力を進めていきます。

多数のプロジェクト関係者が映るグループフォト

今年11月19日、就労成功好事例を表彰するイベントがコロンボで開催された。第2回となる同イベントは現地メディアでも報じられるなど、障害者雇用に対する社会の意識改善にも役立っている。写真はイベントに出席した、行政官、プロジェクトを通じて就労した障害者と企業担当者、ジョブコーチ研修修了者、障害当事者会合関係者、プロジェクト関係者のグループフォト

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