【ODA70年・1】どう変わる? 日本のODAとJICAの役割:国際政治学者・中西寛氏に聞く

2024.02.27

日本が途上国に向けてODA(政府開発援助)を開始してから2024年で70年を迎えます。
日本自身の経験や知見を踏まえ、途上国の発展の土台づくりを後押しし、平和で安定した国際社会の構築を進めてきました。時代の流れに伴い、日本のODAの指針となる「開発協力大綱」*1が昨年、改定されました。開発協力の意義やJICAの役割はどのように変わっていくのでしょうか。開発協力大綱の改定に関する有識者懇談会で座長を務めた国際政治学者の中西寛氏(京都大学大学院法学研究科教授)に、JICA企画部総合企画課の眞田明子課長が聞きました。

国際政治学者の中西寛氏とJICA企画部総合企画課の眞田明子課長

国際政治学者の中西寛氏(左)とJICA企画部総合企画課の眞田明子課長(右)

混沌とした国際情勢の中で、共に地球規模課題の解決を目指す。新たに問われる開発協力の意義

眞田 気候変動など地球規模課題に加え、世界の分断リスクなど、現在、国際社会が歴史的な転換点にあり、複合的な危機に直面していると言われています。今の国際社会を取り巻く状況について、どのようにみられているのか、まずは教えて下さい。

中西 ウクライナ戦争、そしてパレスチナでイスラエルとハマスが戦闘状態に入るなど、一言で言うと、国際情勢は混沌としてきている状況です。それも大きな一つの対立軸が、世界を支配しているというよりもいろいろな分断線、対立軸が生じ、しかもその対立が激しさを増しているのが一つの特徴です。

もう少し長期的な視点でみると、2010年前後から国際政治の基本的な在り様が変化し始めました。21世紀の課題として、一つは地球規模の温暖化や生物多様性の問題が、政治的にも無視できなくなってきたことがあります。もう一つは、情報の大衆化です。インターネット空間でやりとりされる情報の比重が急速に拡大し、政治を含めた社会プロセス、社会のコミュニケーションの在り方が大きく変わりました。

地球規模課題という共通の課題があることを多くの人が認めているものの、政治の単位は分散化し、小さくなり、それが大きな混乱状態の文脈を作っています。しかも、中国やロシアが台頭し、強権的な体質を強め、西側では政治的な亀裂が深刻化しています。現在の混沌とした状態に対する対応策をリードするような存在がなくなりつつあるという図式だと考えています。

現在の国際社会の状況は第二次世界大戦前に近いと言う中西氏

現在の国際社会の状況は、小規模な地域紛争が各地で起こっていた1930年代、第二次世界大戦前に近いと言う中西氏。このような混沌とした時代は、長い歴史でみると、おおよそ100年に一度の周期で起きていると指摘する


眞田 分散化し混沌とした状態ではあるものの、今、人類は皆、共通した地球規模課題に直面しています。価値観や利益の相違を乗り越え、世界が協力し、協調していくことが求められる中、開発協力はどういう役割を果たせるのでしょうか。

中西 開発協力は、1950年代に始まった時と今日ではかなり文脈は変わっています。当時は、先進国がさまざまな資本や技術などを支援し、途上国の開発経済の発展を後押しするという枠組みで考え出されたものでした。その後、1980年代からグローバリゼーションが進み、途上国でも経済、技術水準が発展し、国境を越えた民間の経済活動や技術移転も盛んになっています。

そのような変化から、今日の開発協力とは、世界的な公共性の高い地球規模課題を共有して協力することが中核になります。政府などの公的部門だけでは対応できない課題が増える中、ODAは、国際的な協調の方向性を先導するという役割を担います。コミュニケーションの面でも、偽情報やAIの暴走などを防ぐような規範を伴ったデジタル化を進めることも、開発協力の大きいテーマだと言えます。

その一方、グローバリゼーションの中で貧困や社会的に不利な立場に置かれる人は現に存在しますが、これは必ずしてもかつての途上国や最貧国に限られなくなっています。日本を始めとする先進国も抱える社会課題です。それを世界の共通課題として認知し、協力していくことも今日の開発協力にも含まれます。伝統的な経済力、経済規模という点では、世界はおおむね水平化し、先進国が全て提供する側で途上国が全て受け取る側ということはなくなってきているのです。

眞田課長は世界的に公共性のあるテーマを先導していく必要があると述べる

眞田課長は、開発の世界におけるODAの規模が相対的に小さくなる中、さまざまなパートナーと連携し、世界的に公共性のあるテーマを先導していく必要があると述べる

世界の問題が深刻化すれば日本も影響を受ける。「相互扶助でより良い社会をつくる」―日本の開発協力の哲学を再認識

眞田 今回の開発協力大綱の改定のプロセスでは、世界が水平化してきている中、南北での援助から、世界が横につながり、共通課題の解決に向けて取り組みをリードしていく役割を果たすべきとの議論がありました。今回の改定の主なポイントについて教えて下さい。

中西 日本の開発援助や支援を巡って、重要な日本の外交手段という考え方と、日本がかつてのような豊かで余裕のある経済大国ではなくなり、国内の災害や貧困が無視できない中で、海外に援助するよりも国内の支援を優先するべき、という論争があります。ただ環境問題にせよ、貧困などSDGs課題にせよ、世界の問題が深刻化すれば、日本も影響を受け、より厳しい状況になるのです。二者択一の問題ではないことをまずは国民の皆さんにも認識をしてもらいたいです。

今回、日本が20世紀の末から21世紀にかけて国際的に主張してきた「人間の安全保障」*2という考え方が、開発協力大綱の中で「我が国のあらゆる開発協力に通底する基本理念」として改めて位置付けられました。今、世界が混沌とし、政治体制の違いや経済的立場の違いから分断や対立があるものの、個々の人間というミクロなレベルでいうと、テクノロジーの進化もあり、共通の課題や認識を持つ契機がむしろ増えているのです。人間らしいつながりが基盤になり、お互いに助け合う相互扶助、そこからより良い社会をつくり出す、という広い意味での人間の安全保障の考え方こそ、日本の開発協力の基本哲学であり、改めて今日的な意義があると思います。

貴重な国民の税金を使う以上、日本の開発協力が日本の国に資するものである、という視点は外せません。私はできるだけ長期的かつ互恵的な観点で、地球的公益を実現することが日本の国益にもつながると考えます。

眞田 人間の安全保障という概念自体、開発協力の現場で働いている私たちも、分野によっては捉え方に迷う部分もありました。ただ、私たち日本人もコロナ禍や気候変動、災害、デジタル技術の光と影、少子高齢化などの新しい問題に直面している今だからこそ、人間の安全保障を自分事として理解し、そこに意義を見出すことができます。

JICAは、途上国の国づくりや人づくりをさまざまな分野で支援しています。その取り組みは地道で長い時間がかかるものですが、日本らしいとも思っています。特に最近は、より良い社会の発展につながる支援を途上国の人々と一緒に行うことで、民主的な社会の発展が自分たちの生活や環境の改善につながると社会全体で認識してもらうことが重要と感じます。それによって、国際的な協調においても、途上国が大国の論理やさまざまな利害に押し流されることを少しでもせき止める役割があるのでは、という気概を持って仕事をしています。

世界遺産の街ルアンパバンの持続可能な管理に取り組むプロジェクトの関係者

2019年~2021年のラオス赴任の際、世界遺産の街・ルアンパバンの持続可能な管理に取り組むプロジェクトの関係者と(左から3番目が眞田課長)。コロナ禍で観光客が激減し、苦しい時期だったが、将来にわたり街をどのように守り、発展させていくか、共に考え、取り組んだ

中西 この15年から20年ぐらいは世界的に民主化が退潮傾向にあるというのが、政治学者の基本的な認識です。いろいろな理由がありますが、今の政治の枠組みが大きくなりすぎて、一般人からすると政治が遠くなり、それが政治的分断を生む、という傾向につながるのです。

結局、政治にとって重要なのは、ローカルな人々の生活の場がいかに安定して満たされているかということです。ローカルなレベルで下支えがあってはじめて、民主主義が活力をもつことにつながります。そこに経済発展や新しいイノベーションを組み合わせていくことで民主主義を強めることにもなります。

もちろん、それはものすごく迂遠なアプローチです。日本だけの力で、世界を変えることはできません。ただ、足元の社会を見直すことなしにグローバルな政治は安定しないし、新しい秩序もみえてこないのです。その点において、JICAがやっていることは、とても価値があります。ローカルな単位で信頼関係を作って、それが積み重なり、大きな政治を安定させるのが本来のデモクラシーの在り方です。この営みを、文化的背景を超えて世界に共有させていくことが重要です。これも開発協力の重要な役割の一つと言えます。

世界の共創と連帯に向けて。問われるJICAの役割と日本の社会への貢献

眞田 改定された開発協力大綱では、共創と連帯の重要性が強調されています。その中で、JICAはこれからさらにどのような役割を果たしていくべきと考えていますか。

中西 JICAはその前身も含め発足から約50年、開発協力の専門の組織であり、培ってきた人材や経験は日本の財産です。そして今、それを現在の新しい文脈の中でどう生かすか、積み重ねてきたノウハウや人脈をいかに再投資するかという観点が重要です。

JICAという名前は知っているけれど、一体何をしているのか、説明できる一般国民は極めて少ないのではないでしょうか。JICAについて関心を持ってもらい、もっと知りたいと言ってもらえる組織になる必要があります。海外の人がJICAとのつながりをきっかけに、日本の社会に積極性に関わってくれるという事例や仕組みをもっとアピールできるといいと思います。

眞田 大綱の中でも述べられているように、途上国との対話と協働を通じた共創によって生み出された解決策や社会的価値を日本との間で環流させ、日本の社会問題の解決や経済成長につなげるために、JICAの知見や人材を役立てていければと考えています。

海外協力隊に参加した人材は、自分が海外では完全に弱い立場で異文化の中で試行錯誤をした経験を持っています。そんな若者が帰国後、国内の地域のいろいろな課題に対して、今までのやり方を超えた新しい解決策を見つけていくような取り組みも始めました。

また、途上国から毎年8000人を超える研修員が日本に来ます。その方々と地方の中小企業をつなぎ、途上国の問題に対する解決策を話し合ったり、逆に日本の地方の課題に、途上国の方が今までと違う視点で一緒に取り組んだり、双方の視点が広がるような場作りにも挑戦していきます。

住民の栄養管理に取り組む海外協力隊員

マダガスカルで、地元の食材を生かした栄養改善メニューを作成し、住民の栄養管理に取り組む海外協力隊員(右端)。今後、帰国した隊員たちの日本国内での活躍も期待される

中西 日本の社会のイノベーションや課題解決に、若者だけでなくいろんな立場の人が関わることが、日本自身にとって大きな課題です。そのきっかけ剤として、海外との交流は大きな刺激になります。JICAのいろんなノウハウや人脈を日本の課題解決にどうつなげていくかという視点は、大変重要で、ぜひ進めてほしいです。JICAがやってきたことは、人間同士の信頼を築くことにつながります。それは、日本社会にとって貴重で、国際政治や開発協力の究極の場面で効いてくることも多くあるでしょう。

眞田 JICAのビジョンは「信頼で世界をつなぐ」です。私はコロナ禍にラオスに赴任していたのですが、厳しい状況をどう乗り越えるか、JICAと一緒に考えたいという声をラオス政府の関係者からもらいました。これまでJICAが積み重ねてきた信頼があってこそだと思います。私たちもその信頼やつながりの価値の部分をもう一度再認識しながら、開発協力の仕事をこれからも進めていきます。

中西氏は眞田課長にエールを送る

JICAがやってきたこと、やろうとしていることは、人間同士の信頼を築くことにつながる、と中西氏は眞田課長にエールを送る

中西寛(なかにし・ひろし)
国際政治学者、京都大学大学院法学研究科教授
2015年の開発協力大綱の策定時に有識者懇談会のメンバーとして関わり、今次の開発協力大綱の改定に関する有識者懇談会で座長を務めた。専門は安全保障論、日本外交論、国際秩序論など。

眞田明子(さなだ・あきこ)
JICA企画部総合企画課 課長
2002年旧国際協力事業団(JICA)入団。主に、都市開発や都市環境関連の開発協力の実務に従事し、バングラデシュ、ラオス事務所勤務などを経て現職。

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