【ODA70年・2】ODA×ビジネスで社会課題を解決する!「民間版の世界銀行」を目指す五常・アンド・カンパニーの挑戦

#1 貧困をなくそう
SDGs
#9 産業と技術革新の基盤を作ろう
SDGs
#17 パートナーシップで目標を達成しよう
SDGs

2024.03.01

開発途上国のさまざまな社会課題の解決には、民間の資金や技術、アイデアが必要です。そのため、これからのODA(政府開発援助)にとって民間企業との連携はますます重要になっています。ODAの実施機関であるJICAは、民間企業が自らの技術やノウハウを活用して途上国の社会的課題の解決や経済発展に貢献しながら、同時にビジネスを拡大させていく取り組みをサポートしています。

その代表例の一つが、現在、アジア5カ国でマイクロファイナンス(貧困層や低所得者層に向けた小口融資)事業を展開する五常・アンド・カンパニーへの協力です。同社は2014年創業のスタートアップで、誰もが金融サービスにアクセスできる世界の実現に向けて順調に事業成長を続け、開発インパクトを生み出し、広く注目を集めています。Forbes JAPAN「日本の起業家ランキング2024」で第1位に選ばれた同社代表執行役・創業者の慎泰俊氏とJICA民間連携事業部部長の小豆澤英豪氏が、途上国の社会課題の解決に向けたビジネスの可能性、今後のODAの在り方について語ります。

五常・アンド・カンパニー代表執行役・創業者の慎泰俊氏とJICA民間連携事業部部長の小豆澤英豪氏

五常・アンド・カンパニー代表執行役・創業者の慎泰俊氏(左)とJICA民間連携事業部部長の小豆澤英豪氏(右)。この対談は五常・アンド・カンパニー(東京)で行われた

価値観を共有するパートナー同士、立場を超えてより良い世界の実現を目指す

小豆澤 JICAは2019年に五常・アンド・カンパニー(以下「五常」)との間で約10億円の出資契約を締結しました。五常とJICAは目指すものが共通しています。五常は、「誰もが自分の未来を決めることができる世界」をビジョンとして掲げていますが、実はJICAも「人々が明るい未来を信じ多様な可能性を追求できる、自由で平和かつ豊かな世界を希求する」ことをビジョンとしています。JICAはこれまでも貧困削減や金融包摂の分野への協力を実施していますが、JICA自身は現地に金融機関を持たないため、一人ひとりに直接、金融サービスを提供することができません。JICAにできない部分を五常と協力することで取り組むことができるのです。

 現在、カンボジア、スリランカ、ミャンマー、インド、タジキスタンでマイクロファイナンス事業を展開しています。JICAがこれまで途上国で積み重ねてきた実績や知名度、そして途上国の人々から得ている信頼は非常に大きいと感じます。途上国で事業を進めるにあたり、特に金融という規制産業では、JICAから資金を調達しているという事実は追い風になり、助けになりました。また、五常が事業を展開する各国にはJICAの事務所があり、現地のさまざまな情報にアクセスでき、意見の交換ができることも大きな利点です。

五常の現地グループ会社であるSejaya社からのマイクロファイナンスを利用し、ミシンを購入して衣料品の製造・販売を始めた女性

五常の現地グループ会社であるSejaya社からのマイクロファイナンスを利用し、ミシンを購入して衣料品の製造・販売を始めた女性(右)。その後、事業を拡大し、従業員を雇用するまでに成長させた(スリランカ)。世界では10億人をこえる人々が金融サービスにアクセスできていないとされる

小豆澤 五常の事業展開のスピードがとても速いことが印象的です。しっかりと事業を成長させながらも、顧客に寄り添う姿勢は私たちが出資した当初から変わっておらず、顧客や投資家の信頼獲得につながっていると感じます。五常は事業成長を通じて途上国にいる多くの人々に金融包摂を届けてきました。

 グループ会社全体の顧客数は現在200万人に達しました。私たちが事業を展開するうえで大事にしているのは、「顧客はどのような人々で、どのような金融サービスを求めてるのか」を深く知ることです。例えばJICAと協力して行ったカンボジアでのフィナンシャル・ダイアリー調査もその一つです。低所得者層の家庭を対象に家計簿をつけてもらい、家計の収支状況を詳細に把握し、マイクロファイナンス事業のインパクトを測定しています。

現場から顧客のニーズを丁寧に拾い、提供するサービスにつなげる。そのサイクルが成長の鍵

小豆澤 フィナンシャル・ダイアリー調査を通じて家計簿をつけることはその家庭の金融リテラシーの向上というさらなるインパクトも生みだしています。2023年度の五常のインパクトレポートでも紹介されているこの調査を通じて、顧客にどのようなニーズがあって、どんなサービスを提供すれば金融包摂が実現されるのかを細かく把握し、それをもとにさらに良いサービスの提供を短いサイクルで繰り返すことで、五常が事業を成長させてきていることがわかります。

その一方で、インパクトレポートには、マイクロファイナンスを活用することで、低所得者層の所得が向上しないこともある、という事実も記載されていました。金融包摂に向けた取り組みが一筋縄ではいかない現実を突きつけています。

「ODAが途上国の役に立っていないのでは」と指摘されることもあると述べる小豆澤部長

「ODAが途上国の役に立っていないのでは」と指摘されることもあると述べる小豆澤部長。開発課題は簡単に解決できない、効果が出るまで時間がかかるという現実があるからこそ、民間企業を含むさまざまなパートナーと一緒に立ち向かっていきたいと言う

 マイクロクレジットについて、顧客が事業投資以外の用途に使用する場合、あまりインパクトを生み出していないという事実は、実はこれまで事業者側からはあまり公表されてきませんでした。だからこそ、このレポートは、実情を示しているという点で海外のマイクロファイナンス投資ファンドからも高く評価されています。不都合な真実に目を背けることなく向き合い、それでも自分たちの理想を信じることが大切だと考えています。

創業のきっかけは、「民間型の世界銀行をつくりたい」という強い思いだ

創業のきっかけは、「民間型の世界銀行をつくりたい」という強い思いだ。自分たちで現地にグループ会社を保有し、直接、現地の人々に金融サービスを届ける。現在、グループ全体の社員数は約9,400名に上る

小豆澤 難しい課題や困難がある中でも歩みを止めない―その思いは一緒です。その克服には、やはり現場のニーズを丁寧に拾い上げることが不可欠です。

 私自身、ビジネスを展開する先では、現地の潜在的な顧客となる家庭に泊めてもらい、生活を共にするようにしています。1日の所得やその中で食費が占める割合、日々の暮らしでお金をどのように節約しているかなどを実際に目で見て、その土地のお金の感覚をつかみます。そうすることで、貸付するお金がどのような価値をもたらすかがリアルにわかり、必要な金融サービスの提供につながるのです。「低価格で良質な金融サービスを 50ヵ国 1 億人に提供する」ことが私たちの目標です。

ビジネスを展開する際、潜在的な顧客となる家庭で過ごし、「その土地のお金の感覚をつかみます」と言う慎氏

ビジネスを展開する際、潜在的な顧客となる家庭で過ごし、「その土地のお金の感覚をつかみます」と言う慎氏(左から2番目、2021年タジキスタンで)

小豆澤 リアルな声が一番パワフルです。現場だからこそわかる課題を相手国政府や開発機関にフィードバックし、その国の政策につなげていくように働きかけることはJICAの役割の一つです。五常はこれからもアフリカを含めた世界中で事業を拡大していくかと思いますが、このようなディスカッションをこれからも続けていきたいです。

「教育」「職業訓練」——途上国ビジネスの機会と可能性、ODAが果たす役割

 私たちの顧客の96%が女性なのですが、マイクロファイナンスを活用して稼いだお金の使い道を聞くと、1位が食費、2位が子どもの学費です。つまり、子どもの教育にお金を使う意欲が高いことがわかります。途上国での公教育の質に課題がある場合もあり、弊社として取り組むかはさておき、教育分野に大きな事業機会があると考えています。デジタル化など技術革新も進むなか、今ある教育の形も変わっていくことは必至です。

また、気候変動の影響によって、農業を続けることが難しくなるなど職業を変えなくてならない人も出てくることが予想されるので、それに応じた職業訓練の需要が高まるとみています。

小豆澤 途上国ビジネスのチャンスはますます広がっています。特に東南アジアでは経済成長が続くなか、世界の途上国に対する見方がビジネス視点に変わってきていることを感じています。スタートアップを含む企業の皆さんによる途上国ビジネスへの挑戦を、JICAとしては現地情報の提供や、一企業では背負いきれないコストやリスクを低減するようなサポートができればと思います。JICAのワンプッシュでビジネス展開が可能になるならばどんどん取り組みたいと考えています。

 途上国でビジネスを展開していると、「JICAが株主でよかった」と実感します。特に国際情勢が不安定な昨今、これまでの日本の外交や開発協力が途上国で受け入れられ、良好な関係を築いてきたからこそ、私たちがスムーズに事業を進めることができるのです。ODA70年の成果は大きく、長く培ってきた信頼はそう簡単には崩れないことを肌で感じます。

小豆澤 JICAだけでなく、一緒に事業に関わった組織・民間企業、JICA海外協力隊など、ODAに携わってきたすべての人々が築き上げてきた信頼です。これからの日本のODAを飛躍させるには、日本はもちろんそれ以外の民間企業も含むさまざまなパートナーの知見をさらに結集して解決策を提示していくことが必要だと考えています。より良い世界の実現に向けて、今後も一緒に進んでいければと思います。

五常はインドで新たに金融包摂に特化したベンチャーキャピタルを立ち上げたという。リスクを伴うこのような事業にも公的資金の支援があれば、さらなる金融アクセスの向上が図れるのではと語る

五常はインドで新たに金融包摂に特化したベンチャーキャピタルを立ち上げたという。リスクを伴うこのような事業にも公的資金の支援があれば、さらなる金融アクセスの向上が図れるのではと語る


慎泰俊(シン・テジュン)
五常・アンド・カンパニー株式会社 創業者・代表執行役
モルガン・スタンレー・キャピタル、ユニゾン・キャピタルで8年間にわたり、プライベート・エクイティ投資実務に携わりながら、2007年にNPO法人Living in Peaceを設立(2017年に理事長退任)し、日本初のマイクロファイナンス投資ファンドを企画した。2014年に五常・アンド・カンパニーを共同創業。グループ経営、資金調達、投資など全般に従事。世界経済フォーラムのYoung Global Leader 2018にも選出されている。

小豆澤英豪(あずきざわ・えいごう)
JICA民間連携事業部長
1992年、海外経済協力基金(旧OECF)入社。JICA東南アジア・大洋州部審議役、フィリピン事務所長を経て現職。

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