【国際女性デー】途上国の未来を共に創る、都市のマスタープランづくりに挑む女性たち
2024.03.08
3月8日は国連が定めた「国際女性デー」です。女性の社会参加や地位向上を呼びかける日として、1975年に初めて祝われてから約50年。その間、働く女性を取り巻く環境は少しずつ改善しており、それは女性たちが自らの努力で新たな活躍の場を広げてきた証とも言えます。「都市開発」の分野でも、途上国の将来像を描くマスタープランづくりに挑む女性たちがいます。都市開発の最前線でJICA職員やコンサルタントとして活躍する彼女たちに、マスタープランづくりという仕事の内容や、感じるやりがいについて語ってもらいました。
左から、中臺銀河さん(JICA社会基盤部・調査役)、久保彩子さん(JICA社会基盤部・主任調査役)、細野美晴さん(株式会社オリエンタルコンサルタンツグローバル 都市地域開発部・課長)
今、途上国ではかつてないスピードで都市化が進んでいます。途上国の都市の人口は 1970 年の 6.8 億人(都市人口比率 25%)から、 2018 年には約5倍の 32.3 億人(同 51%)に増え、2050 年には55.6 億人(同 66%)に達するとの予測もあります。
都市や大都市圏は国の経済成長をけん引する推進力であり、国連によると世界のGDPの約6割を担う一方、環境面では炭素排出量の約7割、資源使用の約6割が都市に起因しています。SDGs(持続可能な開発目標)の一つとして「住み続けられるまちづくり」が掲げられている通り、地球のサステナブルな未来のためには、都市を誰にとっても住みやすく、安全、強じんで、持続可能なものにする取り組みが欠かせないのです。
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まず「都市計画」というのは、どんな仕事なのでしょうか。
細野 都市やまちは、人々が集まり家を建てたり、産業が集積してビルや工場を建てたりすることで、自然発生的に広がりながら発展します。規模が小さいうちはそれでも機能しますが、大きくなると、やはり道路や公共交通、上水道、電力、廃棄物、公共施設といったインフラを計画的に整備していかないと、交通渋滞や大気汚染、災害時に被害が拡大するリスク、土地所有が曖昧なインフォーマル居住地などが発生して、都市全体が無秩序な形になってしまいます。そこに規制や開発促進という変化をもたらし、将来の都市のビジョンを描くツールが「都市計画」なのかなと思っています。
久保 総合的な都市計画がなければ、土地を効果的に活用することができず、関係者のネットワークも生まれません。まずは各都市に必要な中長期のビジョン、つまりマスタープランを策定して、それに沿った規制や誘導もしながら、イメージしたまちを構築していくのが都市づくりです。同時に、地域の人たちに自分たちのまちをどんなふうにしていきたいかを考えてもらうことも重要です。それだけに関係者の数も多くなり、行政から政治家、経済人、NGOなどあらゆる方面から幅広く意見を聞き、まとめていく仕事でもあります。
久保 彩子(くぼ・あやこ)
JICAタイ事務所に駐在中、鉄道建設に伴い新設された駅周辺の開発調査に携わった経験から都市計画への興味を持ったという久保さん。都市国家であるシンガポールの大学院で、公共政策の修士号を取得。2021年に希望していた社会基盤部へ異動し、都市マスタープラン、公共交通指向型開発(TOD)、地域活性化事業などに取り組んでいる。
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一言で「都市計画」といっても、国や地域によって社会課題や発展度合いも異なると思います。皆さんが担当している都市や地域はどのような課題があるのでしょうか。
久保 私が今担当しているのは、イラク北部のクルド人自治区にある「エルビル」という市の都市計画です。エルビルは、まちの中心部に位置する城塞を軸に同心円状に拡大している都市で、産油国ながら低炭素の環境負荷の低いまちづくりを目指しています。市内とその周辺2,800平方キロメートルに約180万の人々が暮らしていて、それが2050年には300万人に増えるという予測のもと、人と環境に優しいインフラと都市づくりを目指しています。また、エルビルには都市計画に関する法律がなく、規制も十分でないため、計画実施に向けては法体制の整備も必要としています。
クルド人自治区の政府側とエルビル都市マスタープランに関する協議に臨む久保さん(中央)
多くの人で賑わう、エルビル市中心部の城塞(世界遺産)前の広場
中臺 私はフィリピン・メトロダバオ圏のマスタープラン策定事業の立ち上げに関わっています。ミンダナオ島の中心地であるメトロダバオ圏では、JICAはダバオ市を中心にインフラ開発マスタープランの策定や、下水道整備、治水対策のマスタープラン策定を進めています。しかし、急速な人口・土地需要の増加や、人口集中が続けば都市問題が悪化してしまいます。そこで計画範囲を都市圏全体に広げ、周辺地域を含めて全体がバランスよく、持続可能なまちづくりを進めようとしています。
細野 私はコンサルタントとして、現在インドネシアやウガンダで、3つの都市づくりに携わっていますが、長期的な将来像を描くのがとりわけ難しいと感じるのが、ウガンダのカンパラ首都圏都市開発プロジェクトです。ヴィクトリア湖の北岸にあるカンパラ首都圏は、豊かな自然が残る都市圏ですが、現在約500万人の人口が20年~30年後には1,000万人に急増すると予測されています。将来的には東アフリカにおける海外企業の拠点となるような都市を目指しているのですが、今でさえ足りないインフラをどう拡充し、自然環境とも調和した都市圏をどう実現するかが、大きな課題となっています。
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近年、都市計画の分野で働く女性が増えているそうですが、どんな背景があるのでしょうか。
細野 当然のことですが、都市は男性だけでできているものではありません。ですから計画を策定する際は、女性をはじめ、さまざまな人の視点が不可欠です。それに、私の担当している国では省庁や自治体はトップが女性という場合が多いんです。アフリカ諸国は、ジェンダー指数が低いように見られていますが、実は政府職員においては、日本以上に女性が現場で活躍しているのではないかと感じます。その意味では、日本側も女性がバランスよくいたほうが、コミュニケーションをとりやすい側面もあるかもしれません。
細野 美晴(ほその・みはる)
学生の頃から人が住む空間に興味を持っていたという細野さん。大学で建築を、大学院では都市・地域計画を学び、2011年オリエンタルコンサルタンツGC事業本部(現オリエンタルコンサルタンツグローバル)に入社。JICAや現地政府の都市・地域のマスタープラン策定プロジェクトに従事し、副総括として現場チームをまとめる。1年の約半分はアジア・アフリカ地域の現場を飛び回る日々。
中臺 国にもよると思いますが、フィリピンではプロジェクトメンバーにも女性は少なくありません。JICAでは「ジェンダー主流化」といって、あらゆる施策においてジェンダーに配慮したプロジェクトづくりを目指していて、それを相手国の関係者とも共有しながら進めるのですが、先方にとってはむしろ当たり前のこととして運用されています。仕事を進めるパートナーとして非常に心強く感じます。
久保 どういうまちにしていきたいかを考える中で、相手政府は比較的大きなインフラ整備に重点を置きがちなのですが、JICAとしては地域共生や社会配慮の中で、住民との対話を重視していて、女性の参画も促すようにしています。例えば、エルビル市の大きな課題の一つは水資源の確保ですが、女性を含む地域住民にヒアリングすると、教育や福祉などの公共施設の不足が一番に挙がりました。そうした声を取りこぼさないようにしながら、女性はもちろん社会的弱者の視点も大事にしていきたいですね。
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まちや人の暮らしをつくるという仕事において、皆さんが最も大切にされていることは何ですか。
中臺 久保さんも触れていた通り、都市開発は関わるステークホルダーの数が本当に多くなります。そうした中で、相手国の住民や関係者に「実現したい」と思ってもらえるプランを、どう一緒に作っていくかが大事だと思っています。そのためにはいろんな人たちの意見を聞いて共に考え、長期視点での実現性や優先度も考慮しながら、全体最適解を見つけていくこと。それが私たちの役割であり、JICAに対する信頼にもつながると考えています。
細野 そうですね。都市計画というのは、将来の市民生活にとても大きな影響を与える、責任ある仕事です。ですから、まずは現地の方に使ってもらえる計画を策定することが大前提だと思っています。以前担当したガーナ・クマシ都市圏のマスタープラン策定では、住民協議の参加者が200名を超え、話し合いは18回にものぼりました。意見の集約は本当に大変でしたが、住民代表が訴える主張を受け止めながら、あきらめずに対話を重ねることが大切だと思っています。
カンパラ首都圏の都市計画についてステークホルダーと協議する細野さん
急速に人口が増加しているガーナ第2のクマシ都市圏
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都市計画という仕事の醍醐味はどんなところにあると感じますか。 今後の目標も教えてください。
中臺 バングラデシュ事務所に駐在していた頃、JICAの協力で策定された首都ダッカの都市交通マスタープランが、現地の方々の暮らしの変化につながっていく様子を目の当たりにしたのは、とても貴重な経験でした。JICAの仕事は一言で「国づくり」と表現されることがありますが、都市計画はまさに都市の未来の姿を描いていく仕事だと思います。その都市計画づくりに携われるのはとてもやりがいがありますし、今後は計画策定の構想段階から挑戦したいと思っています。
中臺 銀河(なかだい・ぎんが)
途上国の都市計画に携わっていた親戚の存在が、この仕事に関心を持つきっかけだったという中臺さん。大学で土木工学を学び、JICA入構後は防災や都市交通の分野に従事。現在はフィリピン・メトロダバオ圏ほか、パプアニューギニアで火山災害により遷都した地域のマスタープランづくりなどを担当している。
バングラデシュ初の都市高速鉄道「ダッカメトロ(MRT)6号線」の建設現場を視察する中臺さん(先頭左)
ミンダナオの平和定着に向け、バンサモロ暫定自治政府と復興事業について協議
細野 一番やりがいを感じるのは、現地でマスタープランや計画が正式承認されたときです。港や空港のような完成したインフラが存在する、きらびやかな成果品はありませんが、計画の中身を打ち出したときに、現地の担当者に「この計画は絶対に実施させるんだ」とオーナーシップをもって言ってもらえたりすると「これだから都市計画はやめられないな」と思いますね(笑)。これからは判断力や方針を打ち出す力、チームを引っ張る力、また関係者を後押しする力などさまざまな能力をつけて、チームリーダーとして計画を取りまとめられるよう努力していきたいです。
久保 大きな地図描きはもちろんですが、人々の暮らしをよくするために対話や共創をどう生み出していくか、という部分も都市開発の醍醐味だと思っています。エルビルでは日本側と相手国の関係機関による会議の場を通して、相手国の所管省庁の間に交流が生まれ、連携の輪が広がっていきました。そういう姿を見るのは本当に嬉しいですし、私たちが間に入ってよかったと感じます。今後は、こうした「関係者をつなぐ力」を発展させて、日本と途上国の地方都市が、行政と市民の連携で地域を活性化していく方法について学び合うような活動もやってみたいですね。
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