地球は限界を超えた? JICA最高サステナビリティ責任者に聞く、今こそ必要な「サステナビリティ」とは

2024.06.03

「サステナビリティ」という言葉から何を連想しますか。環境を守り、社会を持続させること、そんな漠たるイメージが浮かぶかもしれません。世界中で危機的な異変が起きている今、サステナビリティとは何を意味するのか。6月5日の「世界環境デー」を機に、JICA上級審議役で最高サステナビリティ責任者(CSO)の武藤めぐみさんに聞きました。

左半分は緑豊かな景色、右半分は干ばつと立ち枯れた木

超えてはいけない「地球の限界」に足を踏み入れた人類

「人類が直面している『気候変動』『生物多様性の喪失』『汚染』という3つの危機は、今や地球の限界を超えている。Limits to Growth(成長の限界)ではなく、Growth of Limits(限界の成長)だ」

今年3月、ケニアの首都ナイロビで開催された国連環境総会の場で、UNEP(国連環境計画)の専門家がこぶしを握り締め、熱く訴えるのを真横で聞いていた武藤さんは、あらためて自分たちが置かれている恐ろしい状況に、はっとさせられたと述べます。

JICA最高サステナビリティ責任者武藤めぐみさん

JICAでサステナビリティ推進の旗振り役を務める上級審議役で最高サステナビリティ責任者(CSO)の武藤めぐみさん

UNEPは人類が地球上で生存していくために超えてはいけない「プラネタリー・バウンダリー(地球環境上の限界)」を科学的に分析し、気候変動、生物多様性の喪失、汚染の3つの危機がすでに限界を超えていること、そしてその根本的な原因が、地球の限界を考えない大量生産・大量消費にあると指摘しました。

地球の資源利用に関するUNEPの報告書「グローバル・リソース・アウトルック2024」によれば、気候変動をもたらす温室効果ガス排出の原因の55%以上が化石燃料や鉱物資源、非金属鉱物、バイオマスといった資源の採掘と加工に、また生物多様性の喪失や水ストレスの90%以上は農業や森林の在り方や使い方といった土地利用に起因しています。

プラネタリー・バウンダリーの図

プラネタリー・バウンダリーは人間活動による地球システムへのさまざまな影響を客観的に評価する方法の一つ。地球の変化に関する各項目について、人間が安全に活動できる範囲内であれば、人間社会は発展し繁栄できるが、境界を越えれば、回復不可能な変化が引き起こされる。特に気候変動、生物多様性、窒素・リン、新規化学物質の項目が高リスクの領域にある。(図はStockholm Resilience Centre [2023]の資料をもとに作成)

「つまり私たち人類は、地球という有限な個体上で生きていながら、成長至上主義のもと、さまざまなものや自然を使い過ぎてしまっています。この先、生き延びていくためには、あらためて現状を直視し、社会経済のルールを変えていかなくてはいけない。そういう時を迎えているのです」と語る武藤さん。

しかし同時に「これは単純な問題ではない」と指摘します。社会や企業の意思決定から個人の消費行動、ライフスタイルや生き方など、あらゆることに「地球の限界」という制約条件を織り込み、社会や人々の意識と行動を変えていくことが、自身が考える「サステナビリティ」であり、そのメッセージを広く伝えていく必要があると国連環境総会の場で再認識した、と言います。

スピーチする武藤さん

2024年3月に開かれた国連環境総会のサイドイベントでスピーチする武藤さん

同じようで違う「持続可能性」と「サステナビリティ」

JICAはこれまで途上国の持続可能な成長のために長年取り組んできました。この「持続可能性」と「サステナビリティ」は、同義語のように扱われがちですが、双方の意味合いについて、武藤さんは次のように説明します。

「今までは、経済成長の過程で温室効果ガスの排出や生態系へのダメージなど負の影響があっても、最小限に抑えれば『持続可能』だと表現してきました。しかし、負の総和が地球の限界を超えてきたとなると、成長の中身そのものを変えていく必要があります。全体として負の影響を回避し、さらには資源の循環や自然の再生、そして地域社会との共生まで持っていく。そうした成長のあり方をあらためて提示しなければなりません。以前とは次元が異なる視点や判断基準の『サステナビリティ』が今、重要なのです」

武藤さんがJICAのフィリピン担当課長だった2010年代初め、ボホール島に隣接する小島での空港整備に関わった際には、観光客の増加による経済成長や現地での雇用創出に貢献する一方、水や自然など環境に対してできる限りネガティブな影響を与えないよう、沖縄の空港の経験に学びながら、住民との協議や環境アセスメントも支援しました。空港設備には屋根一面に太陽光パネルを設置するなど、再エネ・省エネ対策に注力し、観光客数を制限する「環境容量」の技術協力も行うなど、地域の持続可能な発展を促したと言います。

フィリピン新ボホール空港に設置された屋根一面の太陽光パネル

武藤さんが携わったフィリピンの新ボホール空港(2018年完成、円借款)。屋根一面の太陽光パネルや高効率空調システムの設置など、フィリピン初の“エコ・エアポート”として注目された

しかし、あらためて振り返ると「サステナビリティ」の観点が足りなかったと自らをいさめる武藤さん。「飛行機の便数が増えれば、それだけ温室効果ガスも多く排出されます。今であれば、航空燃料SAF(Sustainable Aviation Fuel)まで考慮すべきでしょう。海藻やサンゴ礁などの周辺海域の生態系で温室効果ガスを吸収するブルーカーボンも対策の一つになったでしょう。また、資材のグリーン調達やリサイクルについても検討する必要がありました。広域防災拠点としての期待も高まります」。もちろん、時代と共にさまざまな技術革新が進んだこともありますが、「当時は手を尽くしたつもりでも、もっとできることがあったと思います」。

地球の限界を知った今、JICAが取り組むすべての開発事業において、サステナビリティの観点から以前とは異なる視点や評価が不可欠になっています。「これまでの延長線上では立ち行かなくなっています。従来の知見に甘んじることなく、将来世代の目線に合わせた指標を自ら生み出していくことが必要です」。

若い世代に期待するサステナビリティを構想する力

JICAはサステナビリティを組織全体で推進するため、2023年4月にサステナビリティ推進室を設置しました。10月には武藤さんが最高サステナビリティ責任者に就任し、経済・社会・環境の3つの側面が調和した将来の世代に負担を残さない社会に向け、JICAが取るべき行動を示した「サステナビリティ方針」を策定しました。この方針では、2030年までに組織のカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)達成や、JICAにおけるすべての新規事業についてパリ協定*に整合する形での実施を目指すことなどが盛り込まれました。

*パリ協定とは、2020年以降の温室効果ガス排出削減などのための国際的な枠組み。詳しくはこちら (環境省資料)

JICAサステナビリティ方針(重点項目)

  • 気候変動対策として、全新規事業をパリ協定に整合する形で実施することを目指します*1。気候変動を軽減する緩和策とともに、気候変動にも強靭な社会の実現に向けた適応策を実施し、開発途上国の社会全体のトランジションを支援します。
  • 地球環境の保全は未来に対する責任であり、海洋環境・森林・水資源の保護等の自然環境保全の取り組みを強化し、生物多様性の主流化を推進していきます。
  • 基本的人権を尊重するとともに、ジェンダー平等を含むダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンを推進し、多様な人材が活き活きと活躍し、成長できる機会と環境を創ります。
  • 国際開示基準を踏まえた正確かつ透明性のある情報開示を行います。
  • 日本政府による「2050年カーボンニュートラル宣言」を踏まえ、2030年までに組織のカーボンニュートラル達成*2を目指します。
  • サステナビリティ委員会およびサステナビリティ推進室を軸に、サステナビリティ推進に向けたガバナンスと組織全体による取り組みを一層強化します。

  • * 1 パリ協定は2015年の国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択、2016 年に発効した気候変動問題に関する国際的枠組み。JICA として、全新規事業を同協定に整合させることを目指し、2023年から整合プロセスの準備を開始し、迅速かつ段階的に取り組み中。
  • * 2 温室効果ガス排出量算定・報告の国際基準であるGHGプロトコルのScope 1及び2 を対象(本部・国内拠点のみ、在外拠点は段階的に検討)とします。

しかし、取り組みは端緒についたばかりです。「現状を見据え、サステナビリティの観点から俯瞰した立場で横断的に開発事業に取り組める人材が必要です」。加えて、地球の限界を大前提に革新とスケールアップを進めていくためには、民間企業や研究機関、資金動員の面では民間金融機関との連携も欠かせません。「地球の限界を目の前にして、個人の専門性を超えて、さまざまな人々と国や地域のサステナビリティを構想する力が今後さらに求められます」。特にこれからの時代を担う若い世代に期待を寄せていると武藤さんは言います。

インタビュー中の武藤さん

「若い世代ほど、次の世紀をどうしていくべきかという感覚が鋭いと感じています」と期待を寄せる

武藤さんには国連環境総会で途上国のNGOや少数民族の代表者らが開催するセミナーに参加した際、心に残った言葉があります。それは「対立している場合ではない。対話をしよう」。そして、力強く次のように述べます。

「サステナビリティというのは、何か解決方法があってそれをやればいいという問題ではありません。重要なのは、どの世代、どの国にいる人も、自分たちの生活だけでなく、生産や消費のあり方、人類のあり方を見つめ直そうと互いに問いかけ、共同行動が広がっていくことだと思います」

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