2022年度1次隊JICA海外協力隊派遣前訓練修了式

2022年度1次隊JICA海外協力隊80名の修了式を執り行いました。JICA二本松での訓練期間は、4月26日から6月9日までの45日間。派遣予定国数は14か国です。代表答辞を務めたのはラオスへ「環境教育」で派遣される予定の金子 ちひろ隊員で以下に全文の写しを掲載します。

2022年6月8日

隊員代表答辞(全文)

 智恵子が見たという安達太良山の「ほんとうの空」が涙雨に濡れる今日。二〇二二年度一次隊八〇名は、JICA青年海外協力隊二本松訓練所から巣立ちます。
本日は御来賓の皆様、JICA中村俊之理事、田中宏幸所長はじめ、訓練所職員の皆様、語学講師の皆様の御臨席を賜り、このような盛大な式を挙行していただき、心より御礼申し上げます。

リモート訓練生活を含めた今日までの五十九日間、私たちは沢山の美しさを目にしました。日本の経済を象徴する首都高、東京の街並み、皇居の新緑は手入れのゆき届いた美しさがありました。

私たちがここ二本松訓練所に到着した時に目にしたのは、まだ新芽もかたい山桜舞う中、あたたかく迎えてくださったにほんまつ地球市民の会の皆さんの笑顔でした。
泥臭く取り組み、冷静に判断すること、互いに理解し合い、最善の準備に努めることを誓ったあの日。雪化粧をまとっていた安達太良山は、いつの間にかきらめく鮮やかな若葉に覆われていました。四月末「帰国までは見納め」とみんなではしゃいだ突然の雪の日、五月は窓の外にウグイスの声と共にした発声練習、六月、ロープウェイから見た眺望、森林限界、そして噴火口。
何度も癒やされた岳温泉の白濁、情緒ある坂道の街並み。
今、一人一人の胸に、二本松市の美しい風景が思い出されていることと思います。

 美しいものは、目に見えるそれだけではありませんでした。
 まだ顔と名前の一致しない、東京でのリモート訓練で、いち早く団結し、学び合う方法を提案するリーダーシップ、自主講座とは何かを教えてくれた「理学療法士による体調管理」、毎日の昼のお楽しみ「カムカムイングリッシュ」、そして夜には「マツケンサンバ・II」で楽しく汗を流しながら、互いを知っていきました。印象的だったのは同期だけではありません。リモート講座で熱く語る講師の先生方に心奪われ、先生の「語学はスポ根」や「よろしい?」がブームになったこともありました。訓練所への期待が高まったのも、あの頃でした。

二本松訓練所ではにほんまつ地球市民の会の皆様のあたたかい歓迎を受け、語学訓練が本格化しました。すると、影を落とす存在が現れました。———自分自身です。
同じ時間を過ごしているはずなのに、何故自分だけ分からないのだろう。昨日どころかついさっき覚えたはずの単語が出てこない。会話についていけない、笑うタイミングがずれる。焦りだけが増して改善策が見つからない。自分の小さなプライドが、質問する機会をのがしていく。

そんな暗闇の中で迎えた初めての週末。気晴らしに登った山道で見た、仲間の姿。彼は誰も見ていないその場所で、黙々とゴミを拾っていました。
 突然ですが、ここで一句。
「人見るもよし 人見ざるもよし 我は咲く也」
 これは私の出身地千葉県我孫子市でも執筆活動にはげんだという武者小路実篤の言葉です。
 「他人が私を見ていても、見ていなかったとしてもかまわない。私は私として咲くのだ」
黙々とゴミ拾いをする彼はまさに、山の中美しく咲いているように見えました。そしてそんな同期は彼だけではありませんでした。
週が明けた月曜の朝、五時に朝陽を浴びながら研修棟で自習に励む姿、夜、ぎりぎりまで消えない教室の灯り、最終語学試験、そして授業が終わった昨日の夜も、自習の灯は輝いていました。
技術と体力を維持するために日々続けていたトレーニング、ヨガ、キックボクシングに剣玉。
「若い頃に一度参加したのよ」と、再び協力隊に挑戦し、新しいことを心から楽しみ、いつもキラキラしていたその瞳。おおらかな人柄、ダメなものはダメだと正しく怒り、悩みながらも戦う強い信念。みんなの笑顔のために入念に重ねたコントの練習。
出身も年齢も違う色とりどりの輝き。美しい、ほんとうの協力隊の姿を、私は見つけました。
あまりにもまぶしくて、疎ましく思ったこともあります。まるで中学生かの様に誰の顔も見たくない、情けない、悔しい、逃げ出したい。
そうして冷えきった心をあたためてくれたのは、食堂の味噌汁でした。「ごはん、多め?少なめ?」の声も、やりとりも、あと二回となりました。食堂のみなさん、毎日のあたたかい食事とお心遣いをありがとうございました。担々麺のおいしさ、初めて口にした各国の料理、昼食後に語学の先生に味を伝えることは、一つの楽しみでもありました。本当にありがとうございました。そして、ごちそう様でした。週二回の出張販売では、私達の生活や行事に合わせて品揃えを変えてくださっていたマスター。お菓子だけでなく、マスターに会いに通っていた訓練生も沢山いました。市内の様子やおすすめスポットを教えて頂き、ありがとうございました。

そしてこの訓練の第一の目的である語学訓練では、言語だけでなく、食文化や伝統、芸術、考え方など多くのことを学びました。少人数教室でのレッスンに、何と贅沢な環境か、と思いながらも、すぐに集中力が切れたり、挫けそうになる私達に先生方はいつも笑顔で、冗談を交えながら、根気強く御指導いただきました。
先生の「ボーペンニャン(大丈夫)」に、最初の頃は「何が大丈夫なものか、こんなにできていないのに」といじけていた私も、今はビアラオ片手にラオ語でカメムシの味を語る日が待ち遠しくてしかたありません。
私たちがこうして朝から晩まで励むことができたのも、毎日の生活の全てを支えてくださったスタッフの皆さんのおかげです。
お風呂やトイレは本当に毎日清潔で、日々日本のトイレの美しさをかみしめていたのは、私だけではないはずです。強い強い風の日は、枝葉を片付け、雨の日は除湿と見えない所でも沢山支えて頂きました。
 いつどこでお会いしても笑顔で話しかけてくださった田中所長をはじめ、ここには多くの先輩隊員が常に寄り添っていてくださいました。
特に班担当スタッフの皆様。相談に乗り、応援し、時には板ばさみになり、理不尽な状況になっても、このコロナ禍で最大限の活動ができるよう各所に働きかけて頂きました。様々な考え方の集まる私達をまとめる姿に、任国での自分達を重ねていきました。
厳しさと優しさをありがとうございました。
 診療室とよろず相談室の扉は、いつも開かれており、どんな自分も肯定され、あたたかく受け容れて頂くことで、心も体も健康に過ごすことができました。
憩いだった岳温泉、あこがれだった安達太良山にくろがね小屋。水を大切にし、動植物とともに生き、守り続けている福島県二本松市の皆さんの御尽力に感動し、環境教育隊員として、世界に、そして職場のある川崎市の子ども達に伝えたい日本の美しさを改めて知ることができました。

 感染症の影響により、訓練期間は短くなり、全員でキャンプをする事も輪になって歌うことも、正規の人数でスポーツをすることさえ叶いませんでしたが、そのお陰で出会えた仲間との絆は、玉羊羹のゴムの様に、しっかりと結ばれています。

数々の経験を重ね、全課程を修了し、はれて隊員となった私達。まだまだ課題まみれの私達ですが、そんな自分の弱さも抱きしめながら、泥臭く、冷静に、手を変え品を変えながら。

秋篠宮皇嗣同妃両殿下との御接見で感じた 圧倒的な公人意識、国を背負うと言うことの責任を忘れず、日の丸を背負い、誇りを胸に、世界に貢献して参ります。
 
田中二本松訓練所所長様、訓練所職員の皆様、バークレーハウスの皆様、建物管理から受付、図書管理に至るまで全てのMOKの皆様、福島県の皆様、にほんまつ地球市民の会の皆様、本当にありがとうございました。

最後に。
なぞなぞ とかけて  
JICA海外協力隊 と解く。
その心は。

「どちらも世界(正解)が待っているでしょう。」

ありがとうございました。

令和四年六月八日
二〇二二年度一次隊 
二本松訓練所 隊員代表 
金子ちひろ

※ご本人の執筆した答辞原文を尊重し漢字/平仮名/漢数字等の表記は原文のままとしています。

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