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“できない”から始まった私の協力隊(奥平直熙 職種:体育)

2025.12.05

帰国直前のJICA海外協力隊隊員へ、後輩隊員からボツワナでの日々についてインタビューを実施する本シリーズ。今回は体育隊員としてセロウェ教育大学へ派遣された奥平直熙さんにお話を伺います。大学でどのような活動をされたのでしょうか。


奥平さんの活動内容や、取り組んだことを教えてください。

活動先は首都からバスで5時間ほどのセロウェという町にある、セロウェ教育大学です。主に体育科の授業改善や地域小学校とのティーチングプログラムなど、将来教員を目指す学生たちに体育を教える立場で授業を担当し、学生たちが主体的に学べる授業作りをサポートしてきました。

活動の軸は「体育教育の質向上」と「地域の子どもたちの居場所づくり」です。元々の要請は「大学のプールを活用した水泳教育」でしたが、プールの循環装置が故障しており、プールの修繕に大学の予算が下りなかったこともあり、残念ながら水泳授業の実践は叶いませんでした。ですが、体育科の授業改善に注力し、よりインタラクティブで実践的な授業にすることを目的に、テストや評価基準の見直しを教員とともに行いました。学生が主体的に考え、学び合う授業を目指して、陸上など実技の授業作りを中心に実施することができました。

また、ティーチングプログラムでは、地域の小学校と連携して、子どもたちに体育の機会を届ける活動を行いました。小学生が大学生と一緒になって体育の楽しさを経験できるとてもいい機会になりました。 ですが、途中から大学の体育科が廃止されることになり、私一人で活動を続けることになってしまいました。それでも、子どもたちが熱心に取り組んでくれていた姿がとても印象的でした。

これまでのキャリアと、協力隊に参加されたきっかけを教えてください。

大学時代に中東で難民支援の活動をしていました。そのプログラムは1.2ヶ月ほどの短い経験しかできなかったので、次は長期で国際協力に携わってみたいという思いがありました。 当初は大学卒業と同時に応募も考えていたのですが、コロナウイルスが蔓延していたため、日本で小学校の先生として実務経験を積んでから、教育分野で協力隊に挑戦することを選びました。


ボツワナで活動する上で大変だったことや、日本との違いはありますか?

大変だったのは、配属先の都合で活動が思うように行かなかったことです。水泳を一番の活動の軸に考えていた私は、プールを2年間使用することができなかったことにとても悩まされました。また、任期の後半に体育科が無くなってしまったのも厳しい現実でした。ですが、職場のスタッフはとても優しくサポートしてくれました。また、何か他に出来ることは無いかを考え、元々の活動予定にはなかった 、地域の子どもたちが自由に遊び、学び、交流できる「居場所づくり」の活動を始めました。

自宅の庭で一緒に遊んだり、ご飯を食べたり掃除を教えたり、異なった年齢同士で遊ぶなかで子どもたちの心の発達を促すことを意識していました。時にはけんかもありましたが、対話を通して「人と関わる力」「考える力」を育むことを大切にできたかなと思います。

ボツワナでの生活を一言で表すと?

正直、「苦しい」思いもありました。活動で思い悩むこともありましたが、それでも来て良かったと今は言えると思います。全部を肯定できるわけではないですが、それでもここに来たからこそ経験できたことばかりでした。教育とは何か、支援とは何かを改めて考えさせられた2年間でした。

これから協力隊に参加する隊員や応募を考える方へのメッセージ、アドバイスをお願いします!

もし、興味を持っているならぜひ挑戦してみてください。やらない後悔より、やった後悔の方がいいと思います。ここでの経験はきっとどんな形であれ、あなたのキャリアにつながります。自分のやりたいことを信じて、挑戦してみてください。


インタビュー・文:金子(ボツワナ派遣、マーケティング隊員)

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