同期2人で駆け抜けた2年間(井上日南子・平石守 職種:コミュニティ開発)
2026.07.22
帰国直前のJICA海外協力隊隊員へ、後輩隊員がボツワナでの日々についてインタビューを行う本シリーズ。今回は初の試みとして、同期隊員2人の同時インタビューをお届けします。
お話を伺ったのは、コミュニティ開発隊員としてトノタ県庁に派遣された井上 日南子さんと、レタケン県庁で活動した平石 守さん。同じ国・同じ職種・同じ2年間を過ごした2人だからこそ生まれる掛け合いから、協力隊のリアルな姿が見えてきました。
まずは、お2人の主な活動内容を教えてください
井上: 私はトノタの県庁に配属されて、「現地住民の収入向上と生活改善」を目標に活動していました。柱は、政府の貧困削減プログラム(仕事のない人に開業資金を助成し、自分で事業を始めてもらう制度)の受益者へのモニタリング調査です。2年間で134件中107件のヒアリングを行ったのですが、約4割の方が事業を停止している状態だったんです。その結果を分析レポートにまとめて配属先に提出したり、帳簿づけや貯金を学ぶワークショップを開いたりしていました。毎月「Sethunya Newsletter」というニュースレターも発行していて、最終的に17号まで続きました。
平石: 「Sethunya(セトゥーニャ)」は井上さんの現地名だよね。ボツワナでは外国人である隊員にも現地語で名前をつけてくれるのが定番なんですよね。
井上: そう、ツワナ語で「花」という意味(笑)。あとは、現地の事業者さんたちと一緒に観光客向けのローカル商品の開発と販路拡大にも取り組んでいて、ボツワナ各地の観光地にあるお土産屋さんやカフェ、観光施設などに商品を置いてもらえるようになりました。
平石: 僕はレタケン村で、住民の収入向上、村の知名度向上、VDC(自治会)活動のサポート、日本文化紹介を柱に活動しました。村には彫刻が得意で、それを商売にしている人などいろんな才能を持った人がいて、まずはその人たちと仲良くなるところからスタートしました。既存商品の改善や新商品づくり、広告やビジネスカードの制作を一緒にやって、観光地のお土産屋さんに商品を置いてもらったり、ボツワナ最大の見本市「コンシューマーフェア」で販売したりしました。あとは「世界の笑顔のために」プロジェクトを通して日本から寄付された道具を使って、村の小学校でスポーツや情操教育の活動も行いました。ただ物を渡すだけじゃなくて、寄付の背景や物を大切にする気持ちを伝えることを意識していましたね。
井上: コミュニティ開発って、活動の枠が決まっていない「なんでもできる」職種なんですよね。だから私たちも、ビジネス支援から文化紹介まで、いろんな活動を同時並行で進めていました。
平石: そうそう。レタケン村の伝統祭である「レタケン・カルチャーデー」では、お箸を使った豆移動ゲームをしたり、抹茶の試飲をしてもらったり。井上さんは日本から持ってきた着物を着て住民に披露してくれましたし、もう1人のレタケン村の先輩隊員を含めた3人でソーラン節の披露もしました。
井上さんが始めた「夢プロジェクト」について教えてください
井上: 活動を続けるなかで、「商品を作るだけでは足りない」とずっと感じていたんです。せっかく商品ができても納期が守られなかったり、収入と支出を把握しないまま借金をしてしまったり。そんななかで、今年の1月にモニタリングをしている時にふと思いついたのが『夢プロジェクト』でした。目標がないから、どこを目指しているのか分からなくなってしまうと気づきました。フォローアップをする時も、本人に夢があった方が、私たちと事業者さんが同じ方向を向きやすいんですよね。具体的には、少人数グループでSWOTや4Pを使ったビジネス分析と目標設定のワークをして、目標に向けたアクションを自分の手で書き出してもらいました。例えば「ミシンが欲しい」という人が、そもそもミシンの値段を知らなかったりする。「1年でいくら貯金できたら買えるのか」を一緒に可視化していくんです。
平石: その話を聞いて、「これだ」と思いました。僕も最初に住民アンケートをした時、「部屋を大きくしたい」とか夢は語ってくれるのに、そのために何をするかまでは考えられていないのが気になっていたんです。だから井上さんの取り組みを参考にして、レタケン村でも大きな夢を数段階に分けて見える化することを取り入れました。同じ問題意識を持つ同期が近くにいたからこそできたことです。
井上: 「これ作れるよ、どう?」というプロダクトアウト発想の人が多いんです(笑)。だから「お客さんのニーズから考えよう、自分の強み・弱みを客観的に見よう」と伝え続けました。ボツワナのミーティングは偉い人がひたすら話す受け身の場になりがちなので、ワークショップではクイズやグループワークを取り入れて、主体的に参加してもらう形にこだわりました。最終的に帳簿をつける参加者が4割から7割に増えたのはうれしかったですね。
そもそも、協力隊に参加したきっかけは?
井上: 原点は小学6年生の時に、タイの山岳少数民族の村にあるNGOの施設を見に行ったことです。タイの国籍を持たない人たちの暮らしを見て、「学校に行けること、病院に行けること、パスポートを持って海外に行けること、家族と一緒に住めることが全て当たり前じゃないんだ」と衝撃を受けました。大学時代にバックパッカーとしてアフリカを回った時には、ビジネスで現地を変えている中国の人たちの姿を見て、「援助よりビジネスの方が人の役に立っているんじゃないか」と感じたのも大きくて。社会人で求人広告の営業を経験した後、「ビジネスの視点を持った上で国際協力に関わりたい」と思って応募しました。
平石: 僕は研究者を目指して理系に進学し、実験をする日々を過ごしていたため、国際協力とは全くかけ離れた生活を送っていました。。転機は、在学中に親しくなった途上国出身の留学生との出会いでした。彼はとても努力家で尊敬していましたが、母国での学生時代はどんなに頑張っても学校では正当に評価されなかったという経験を教えてくれました。そういった彼の人生を聞き、自分が今まで恵まれていたことに気づいたのと同時に、国際協力に興味を持ちました。その第一歩として、現地の人と一番近い距離で関われる協力隊を選びました。
ボツワナで大変だったこと、日本との違いは?
平石: 来る前に「こういう活動をしたい」と意欲を持っていた分、ボツワナのゆっくりとしたペースとのギャップに対して、自分自身を合わせていくことに初期の頃は悩んでいました。9時開始のミーティングに10時に人が集まる、なんてことも普通で(笑)。でも2年間で気づいたのは、ボツワナの人は「加点方式」で人を見てくれるということです。日本はどちらかというと失敗に厳しくて、「やって当たり前」で減点していく文化ですよね。ボツワナの人は、こちらがやったことをずっと覚えていてくれて、失敗しても「大丈夫」と言ってくれる。最後のお別れの時、近所の人が「Kagiso(僕の現地名カヒソ。ツワナ語で"平和")は、困った時に呼んだらすぐ駆けつけてくれたね」と言ってくれて。僕は何も出来なかったなと申し訳なく感じていたのに、ちゃんと覚えていてくれたんだ、心に残っていたんだと、うれしくなりました。人のいいところを見る姿勢は、ボツワナで自分自身が学ばせてもらった部分です。
井上: 私が一番印象に残っているのは、村でマーケットデーを企画した時のことです。村外れのガーデンなら、机もあって条件は完璧。そう思ってその場所での開催を提案したら、住民の反応がすごく悪くて、「コシ(村長)がいいと言うならいいよ」と言うんです。それでコシに相談に行ったら、「住民は、よく分からない外の人の土地ではなく、みんながよく知っている人の土地でやりたいんだ。昔ながらの信頼関係が大事なんだよ」と教えてくれました。条件の良し悪しじゃなくて、信頼なんですよね。日本の田舎にも通じる話だなと納得しましたし、外国人の私にそれを率直に伝えてくれたコシの存在はありがたいと思いました。それともう一つ感じたのは、ボツワナの人は「今」を本気で生きているということ。日本では計画を立てて、先のことばかり考えがちですよね。でもボツワナの人は、結果よりもその瞬間を心から楽しんでいる。最初は戸惑いましたが、それは弱みではなくて、私が学ぶべき強みだったと思います。
同じ職種の同期が同じ国にいる。心強かったですか?
平石: 本当に大きかったです。実は最初の頃、活動が思うように進まなくて焦っていたんですが、井上さんに相談すると「トノタでもあるある!」と返ってきて(笑)。同じ職種・同じ国だから、悩みの解像度が一緒なんですよ。配属先の県庁の仕組みも同じだから、組織のイメージをつかむのも早かった。
井上: 帳簿ワークショップのやり方を参考にし合ったり、事例を共有してそれぞれの活動に活かしたり。カルチャーデーやよさこいでは実際にコラボもしたしね。コミュニティ開発の分科会では、他の国の隊員と事例を紹介し合う機会もあって、「みんな同じことで悩んでるんだ」と知れたのも支えでした。
平石: あと、2人の性格が真逆だったのも良かったと思っています。僕は「その人がどう変わったか、どんな影響を及ぼせたか」という定性的なところを見るタイプ。
井上: 私は配った紙の枚数まで数えるくらい、定量的に見るタイプ(笑)。だから数字に結果が現れなくて悩んでいた時に、平石くんが「結果が数値に出ていなくても、その人にとっては支えになっていたと思うよ。どっちも大切」と言ってくれたんです。お互いに補い合えた2年間でした。
ボツワナでの2年間を一言で表すと?
平石: 「山あり谷あり笑顔あり」です。最初は特に活動がうまくいかなくて谷ばかりでしたが、多くの人に支えられて、たくさんの出会いがあって、最後は任地を離れるのが寂しいと思えるまでになりました。
井上: 私は「感情が財産になった2年間」。振り返ると思い出は美化されがちですが、うまくいかなくて悔しかった気持ちも、何に違和感を覚えたのかも、その時々で記録してきました。その感情の記録こそが、ボツワナを理解する手がかりであり、自分の財産になったと思っています。
最後に、これから協力隊を目指す方へメッセージをお願いします!
平石: 「落ちたらどうしよう」と考えずに、まず行動してほしいです。挑戦しようと考えている時点で、すでに一歩踏み出せています。僕自身、現地の人と2年間を共に生きるなかで、初期の頃はオフィスにも来ず、会うことすら難しかったカウンターパート(同僚)と、最後の別れの際にはお互いに自然と涙が出るような関係になれました。そんな未来は、赴任した頃には想像もしていませんでした。そういった人との出会いは今後の人生においてもかけがえのないものになると思います。
井上: 協力隊は誰かのためになるものであり、自分の成長になるものでもあると思います。異文化に触れることは、自分自身を知ることだと思っています。海外に行って、自分が何を感じるのか、何に違和感を覚えるのか。それを通して「自文化の中の自分」がくっきり浮かび上がっていくと思います。
平石さん、井上さん、ありがとうございました!2年間お疲れさまでした。お2人のこれからの活躍を、ボツワナから応援しています。
インタビュー・文:金子(ボツワナ派遣、マーケティング隊員)