2025年4月22日
原 さやか 三重県出身 2022年度4次隊 青少年活動
「長い旅」を終えて
こんにちは。キルギスでのJICA海外協力隊員としての任務を終え2月に帰国しました。無事母国に帰国し、元の“日常”に戻った安堵を感じる一方で、瞼を閉じると馬や牛に通せんぼされた帰り道や、村の人々の素朴であたたかな笑顔が思い浮かび、まだまだキルギスの村での生活の余韻を感じる日々を過ごしています。
振り返れば、この2年間は私にとって教育の本質を求めて実践と省察を繰り返す自己研鑽の「旅」でした。
異文化での葛藤──生徒の言葉が突き付けた現実
私は日本の中学校での18年に及ぶ教員生活の中で、生徒が良い成績を取るために、効率的に学力を上げることを最優先してきた時期がありました(当時の生徒たちには学びの喜びや、本当の成長の機会を奪ってしまっていたことを謝罪したいです)。
そんな日本での経験とそこで得た価値観しかない中で「何かを教えなければ」、「何かできるようにしてあげよう」とすることが、キルギスでも生徒たちの幸福を損なってしまっていたのでは?と気づいたのは、活動開始から1年以上も経った後のことでした。
授業風景
ある日、一人の生徒が私に言いました。
「さやかは僕たちが劣っていると思っているから、わざわざ日本から来ているんでしょ?」
その言葉を聞いて私は愕然としました。彼らにそう思わせる何かが私の言動の端々にあったのでしょう。生徒に対してだけではありません。先生方に対しても敬意のない態度をとっていたかと思います。
当時の私は、異文化の中で感じる自己喪失感や疎外感、求められていないのではという無力感、「何か残さねば」という焦燥感、価値観の違いや言葉の壁から生じる苛立ち、「ボランティアとしてどこまで踏み込めるのか」という葛藤… 自分で選んで来た場所なのに、いろんなことを言い訳に、現地の人々と関わることに消極的にもなっていました。生徒のため、先生方のためと言いつつ、私が考えていたのはいつも自分のことばかりだったのでは?と気づかされた出来事でした。
「原点回帰」──自己決定を促す支援と生徒の「やってみたい!」を形に
クリーン作戦を提案してくれた9年生
大事なことに気づかされた私はもう一度、原点に立ち返ることにしました。「今、この学校の、この生徒たちにとって本当に大切なことは何か?」 と改めて考えてみたところ、それを一番わかっているのは現地の先生だということにたどり着きました。一方的に私が提示した指導法を「正解」として押し付けるのではなく、先生方自身が必要性を感じ試行錯誤して授業を改善できるように、共に考え歩む姿勢を心掛けました。その一つとして、多くの言語活動、教材や指導案の選択肢を提案してみるというものがありました。
最初は何を提案しても「хорошо(何でもいいよ)」と同僚たちにただ受け流されていましたが、次第に実践してくれることが増え「研修で教えてもらったやり方を取り入れてみたい」、「さやかの提案を元に次の単元で使うスライドを作ってみた」と言ってくれるようになりました。教材のICT化が進んでいない中、決して裕福とは言えない同僚たちですが、私が提案した授業方法をやってみようと自費でプロジェクターを購入した先生方もいました。そんな先生方の努力の甲斐があり、授業中の生徒たちの学びに向かう姿勢が変わっていくのが見て取れました。生徒のためによりよい授業の実践を目指す中で、授業中の生徒たちの笑顔が増え、「もっとやってみたい!」という前向きな意欲を先生方が引き出せていると感じられた時は大変嬉しかったです。
そして、私自身の学びとして生徒の小さな「やってみたい!」の声を拾い、背中を押すことこそ、教師の大切な役割だと再認識できました。 環境問題をテーマにした単元で、普段あまり発言する機会がない生徒が「校内のゴミ拾いをしたい!」と提案し、実際に行動を起こしてくれました。教師にとっては何気ない一言、些細な「いいね!」の励ましでも、生徒にとっては自信と活力につながることもあります。勇気を出して提案したことが受け入れられ、それをみんなで実行できた後の彼の笑顔は輝いていました。小さな一歩を踏み出せたことで一回り成長したように見え、そんなポジティブな変容をみると、やはり教師という仕事は楽しい!と感じました。
「心の絆」──悲しみを乗り越えた温かな支え
派遣中に私の父が他界した時のことを思い出します。悲しみに暮れる私を抱きしめ、「私も悲しい」と涙を拭ってくれた生徒たち。葬儀を終え、村に戻った時、「待っていたよ」と温かく迎えてくれた先生方。言葉が少なくても、彼らの深い思いやりの気持ちが私の心に届きました。
また、生徒たちと「感謝」をテーマにメッセージボードを作った時のことです。「大切な人に、日々の感謝を伝えてね」と伝えると、生徒たちから家族など身近な人への感謝の言葉がどんどん溢れてきました。普段からそういう気持ちをもって生活しているのだろうなということがよくわかりました。
家族へのThank you message
キルギスでの学校生活は、感謝や思いやりをもって他者と向き合い、それを言葉や行動で表現することが、人間関係を深めるために大切な要素であることを改めて私に教えてくれました。
幸せを感じ取れる力
“Are you satisfied with what you have now?”(今あるものに満足していますか?)
ある時、生徒たちに聞いてみた言葉です。みなさんは、どう答えますか。正直、私は答えに詰まりました。しかし、キルギスで関わった生徒たちは即座に“YES!”と答えました。
家族と食卓を囲むこと、学べる場所があること、誰かの幸せを共に喜べること、好きなことがありそれができること。そんな日常の中にある幸せを、彼らはしっかりと感じ取っているようです。私は彼らから物質的な豊かさだけでは測れない、本当の「満たされた心」も教わりました。
終わりなき旅
教育とは何か?
それは「より良い人生を生きるために、自ら考え、選択し、行動できる力を育むこと」と私は考えます。しかし、「より良い人生」の定義は、国や文化、家庭、個人によって様々です。だからこそ、一人一人の生徒を大切にし「この子のためになることは何か?」を考え続ける必要があるのではないでしょうか。
そして、その取り組み方は“できない理由を挙げて未来への不安をあおる”のではなく、まずはありのままの姿を肯定的にとらえて、その子が“そこにいていいんだ、それでいいんだ”という安心感を育ていくことだと思います。
教育の本質を求めることは、私にとってはまるで終わりなき旅のようなものです。一度の旅で得た経験や自身の成長は、次の旅への道しるべとなるでしょう。
今回、私の「旅」を受け入れ、支えてくださったキルギスの方々に深く感謝いたします。そしてまたいつか出会った時には、一回りも二回りも成長した自分でありたいと思っています。
文化交流のイベントで
英語クラブの8年生
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