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教えるつもりが教えられていた ― キルギスの大学での授業から

2025年9月19日
新井 理弘  東京都出身 2023年度2次隊 コンピュータ技術

教えるつもりが教えられていた ― キルギスの大学での授業から

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 58歳で大学の教壇に立つことになるとは、自分でも思ってもいませんでした。しかもその舞台は、日本から遠く離れた中央アジアのキルギス共和国。これまで会社員として過ごしてきた私にとって、それは全くの新しい世界でした。

 こんにちは、海外協力隊員としてキルギスの首都ビシュケクの大学でITを教えている新井です。私は日本のIT企業で約30年間、システム開発や運用に携わってきました。主に大規模システムの基本設計やプロジェクト管理を担当し、長く開発現場を支えてきました。仕事にはやりがいを感じていましたが、50歳を過ぎた頃「次に自分は何をしたいのか」と考えるようになりました。若い頃から国際協力に関心があったこともあり、思い切って応募したのが海外協力隊でした。当時56歳、特別に「なにかに挑戦しよう!」と強い意気込みがあったわけではなく、純粋に何か新しいことをやってみたいという思いが動機でした。

 派遣先はキルギス国立工科大学のコンピュータソフトウェア学科。ソフトウェア技術に関する授業を担当しています。しかし、活動が始まってみると、すぐに壁にぶつかりました。私は技術者として長年の経験はあるものの、教壇に立ったことはありません。授業の進め方が分からず、試行錯誤の連続でした。さらに、わかっていたことではありますが、自分の技術が今では古いものであることを改めて痛感しました。COBOL言語(コンピュータ言語のひとつ)やウォーターフォールモデル(システム開発手法のひとつ)など、かつての基幹システムでは主流でしたが、今の学生がこれから学ぶべきものではありません。授業で話していても手応えがなく、「本当に自分に教えられることはあるのか」と悩みました。

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授業の様子

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授業の様子

 加えて、言語の壁も大きな課題でした。キルギスの大学ではロシア語が主に使われています。派遣前に勉強したものの、実際に現地で耳にする専門用語や学生同士の会話はスピードも速く、ほとんど理解できません。今でも思うように話せるわけではありませんが、身振り手振りや限られた単語、そして学生たちの助けを借りながら授業を進めています。完璧に話せなくても、こちらが真剣に取り組む姿勢は伝わるようで、学生との関係が少しずつ築かれていきました。

 このように当初は不安ばかりでしたが、立ち止まってはいられません。私は発想を切り替え、「学生と一緒に新しい技術を学び直す」ことにしました。モバイルアプリ開発で使われるSwiftなど、最新のコンピュータ言語に挑戦し、基礎から勉強をやり直しました。授業準備のために自分でもコードを書き、エラー解析し、学生に説明する前に何度もやり直しました。学生から質問されても答えられず、その場で一緒に調べることもありました。完璧ではありませんが、同じ目線で学ぶことが、かえって距離を縮めてくれたと感じています。

 一方、日本での開発現場の経験は私にしか伝えられない強みでした。たとえば、大人数で開発を進めるときに欠かせないチームワークの重要性やシステム障害発生時のエピソードなど、実際の現場で培った知見を伝えると、学生たちは真剣に耳を傾けてくれます。これらは教科書やインターネットにはない「生の声」であり、働くことのリアルなイメージを描くきっかけになったのではないでしょうか。

 授業のスタイルも工夫しました。一方的に講義するのではなく、多くの課題を出し、学生自身に考えさせるようにしました。解き方は一つではありません。自分なりの方法を考え、試し、失敗して、そこから学んでいく。その積み重ねが、彼らにとって最も力になると信じています。こうした取り組みを始めると、学生たちの表情や姿勢に変化が見えてきました。黙って話を聞くだけだった授業が、活発に質問や意見が飛び交う場へと変わっていったのです。

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学生たちと

 振り返れば、私自身が一番学んでいたのかもしれません。最新の技術を学び直すだけでなく、ロシア語に悪戦苦闘しながらも工夫を重ね、「まだまだ成長できる」という確信を得ました。そして、学生と一緒に悩み、試行錯誤する過程は、自分にとってもかけがえのない経験になっていきました。
 海外協力隊という仕組みは、あくまでも一つの舞台に過ぎません。新しいことへの挑戦の形は、人それぞれだと思います。大切なのは「自分にはもう遅い」と思い込まず一歩踏み出してみることです。私にとって、キルギスでの活動は、今後の人生の新しい扉を開くきっかけになりました。50歳を過ぎても、できることはまだたくさんあります。挑戦を始めるのに遅すぎることはない、それが私の実感です。

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キルギスで登ったウチーテリ峰(4,530m)

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隊員仲間と走ったシルクロードマラソン(42.195km)!