jica 独立行政法人 国際協力機構 jica 独立行政法人 国際協力機構

リーガルプロジェクト専門家に聞く~第6回美弥子所長が聞く

2024.08.29

登壇者:
 矢尾板 隼 
 (法の支配発展促進プロジェクトフェーズ2 専門家)
 阿讃坊 明孝
 (法の支配発展促進プロジェクトフェーズ2 専門家)
 澤井 裕
 (法の支配発展促進プロジェクトフェーズ2 専門家)
 川村 仁
 (法の支配発展促進プロジェクトフェーズ2 専門家)

ファシリテーター:
 小林 美弥子
 (JICAラオス事務所 所長)

小林美弥子所長(以下、美弥子所長):今回の対談会は、ラオスの憲法記念日が8月15日ということで、法律分野の専門家の皆様に来ていただきました。今日はお越しいただき、ありがとうございます。まずは日本での仕事を含め、自己紹介をいただけますでしょうか。

矢尾板隼専門家(以下、矢尾板専門家):日本では検察官として約7年間、検察庁で勤めた後、法務省の法整備支援を担当する部署に勤務しました。検察官は法整備支援の専門家として、ラオスやカンボジアやベトナムに派遣されており、私も海外赴任の希望を出したところ、ラオスへの赴任となりました。ラオスと言われた際には、「どんな国だろう」という不安がありましたが、今は「当たりを引いた」と思っています。

阿讃坊明孝専門家(以下、阿讃坊専門家):日本では、13年ほど弁護士として活動してきました。その中で、個別紛争の解決だけではなく、国の法制度作りに関与することで、将来、市民が助かる可能性を広げるような仕事をしたいと考え、日本弁護士会連合会の専門家募集の公募に応募し、現在に至ります。ラオスの公募が出た際には、国のことを知らず、応募に少し迷いがありましたが、過去に派遣されていた方から話を聞き、「良い国」と聞いたので、赴任を決断しました。

澤井裕専門家(以下、澤井専門家):私も日本では弁護士として勤務後、元々興味のあった法整備支援分野での仕事に携わりたいと思いJICA本部での勤務を経てラオスに赴任しました。弁護士ではありますが、これまでは企業関連の仕事が多く、JBIC等で勤務したこともありました。ラオスへの赴任の際、妻に「ラオスはアジアだよね?」と言われたことを覚えていますが、日本でラオスの情報を得る機会が少ないため、実際に来てみないとラオスの良さを感じるのは難しい部分もあるかもしれません。実際は、日本と同じくらい治安も良く、ラオス人の気質が日本人に近いですし、プロジェクトもカウンターパートとの関係が良いため、多くのストレスを感じることなく、仕事をできていると感じています。

川村仁専門家(以下、川村専門家):JICAの法整備支援プロジェクトには2010年から14年 ほど業務調整専門家として関わっています。法整備支援プロジェクトに関わる前は、日本のNGOで11年勤務しておりました。ラオス滞在は25年目です。

●ラオスにおける法整備支援プロジェクトについて

美弥子所長:ラオスでの法整備支援は、25年以上と長く続けています。案件の概要やこれまでの成果を教えていただけますでしょうか。

矢尾板専門家:JICAのラオスに対する法整備支援は、1998年に始まり、25年以上続いています。最初は、国別研修が実施され、その後2003年に技術協力プロジェクトが開始されました。一度プロジェクトとしての協力は終了しましたが、その後は、2010年から新しい技術協力プロジェクトが開始され、現在まで切れ目なく、14年続いています。プロジェクトでは人材育成を大切にしてきており、ラオスの法整備支援に関わっている方々の能力を向上させるということを主眼においています。これまで、法律の教科書、裁判官や検察官用のマニュアルやQ&A集を作成してきました。また、2012年からは、法律そのものである民法典の支援を開始し、2018年に成立、2020年に施行させることができました。

矢尾板隼専門家

美弥子所長:民法典等の日本語訳も作成していますよね。

矢尾板専門家:参考訳としてですが、日本語訳を作成しています。日本側の関係者や 裁判官が、共通の土台で議論をすることができるようになりました。また、民法典以外のいくつかの法令も日本語訳を作成しており、ラオスに進出している日系企業にも活用していただいています。


●ラオスの法整備支援の特徴について

美弥子所長:今日、対談会参加者から事前に質問を聞いています。まずは、1番目の質問です。他の国への法整備支援とラオスへ の法整備支援の違いはどのような点にあるのでしょうか。JICAは、インドネシア、カンボジア、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、ネパール、バングラデシュなどででも法律分野の協力を実施しています。それらの国とラオスへの法整備支援の違いはどのような点になるのでしょうか。

阿讃坊専門家:例えばインドネシアは経済的に発展し、日系企業も多く進出していることから、ビジネスに関連した知的財産法などの支援が行われています。また、ベトナムでは、長きにわたる協力の結果として先に進んでいることから、様々な支援を行っています。他方で、ラオスでは、民法や刑法における法理論という国家の根幹となる法律を継続的に支援しています。このような国の在り方自体にJICAが関われることは凄いことだと思います。

阿讃坊明孝専門家

矢尾板専門家:ラオスでの協力は、正直、他国と比べ、地味なプロジェクトです。他国の支援では、具体的な法律にかかる支援をしています。それに対し、ラオスでは、「法律を適用する」とはどういうことなのか、「法律を解釈する」とはどういうことなのかを一緒に考える活動をしています。ラオスでは先端的な課題ではなく、根っこの部分を支援していますが、この支援を長年かけて行うことで、最終的には法理論を身に付けることができ自分たちで先端的な問題も解決できるようになるのではないかと考えています。

川村専門家:このプロジェクトのユニークなところは、カウンターパートが4機関あることです。2010年にプロジェクトを開始した際、 司法省、最高裁判所、最高検察庁、そしてラオス国立大学法政治学部がカウンターパートとなりました。4つのカウンターパートから同じ人数がワーキンググループに参加したことで、これまで相互の考え方が埋まらなかった部分が埋まるようになり、4つのカウンターパートがそれぞれ自分のプロジェクトと認識し、プロジェクトに関わってくれています。

澤井裕専門家

澤井専門家:ラオスの一番の特徴は、カウンターパートから信頼されていると感じる事です。ハイレベル等からの後押しを感じることも頻繁にあり、SNS等のチャットで直接プロジェクトに司法省の局長等から連絡が入ることもよくあります。

美弥子所長:ありがとうございます。民法や刑法など、 国の土台のところに入ることができているのは、カウンターパートと信頼関係があるからこそだと思います。

●ラオスの訴訟の特徴等について

美弥子所長:次の質問です。ラオスの訴訟の内容、特徴等、この25年の変化について教えていただけますか。

川村専門家:私がラオスに来た20年以上前は土地の値段もそれほど高くありませんでした。しかし、ある時期から土地の値段が上がるようになり、土地絡みの訴訟、例えば相続に絡む訴訟が増えています。この20年でラオスの社会も、大きく変わったと感じています。

川村仁専門家

澤井専門家:家庭内での紛争事件が多いように感じます。また、民事事件の場合、弁護士が依頼人の意見を法律のロジックに落とし込みし、裁判で争うものですが、依頼人本人が裁判に出頭しているケースが大多数です。その結果、裁判官がそれぞれの不満を聞き、それを法的に構成したうえで判決を出さなければならず、裁判官にとって負担の大きい形になっています。

美弥子所長: 弁護士が代理人となる訴訟が少ないというのは、弁護士の数が少ないのか、こういう事案は弁護士に相談するという意識が少ないのかどちらなのでしょうか。

阿讃坊専門家: 両方の側面があります。弁護士は、ここ数年で200人台から400人台後半まで増えてきていますが、ほとんどの弁護士は首都ビエンチャンにおり、地方にはほとんどいません。また、弁護士になったとしても、弁護士事務所での仕事が未だ多くないという現状があり、十分な活動ができている弁護士は多くないように思います。更に、市民は、弁護士に相談するという経験が少なく、弁護士の業務への信頼や認知度も低い状況があります。

矢尾板専門家:民事事件より刑事事件の方が圧倒的に多いのは、ラオスの特徴だと思います。これは、民事事件が裁判所まで来ないことが1つの理由のように思います。調停、つまり、「話し合いで解決しましょう」という文化が根付いており、住んでいる村の村長が間に入り、解決するという形が多いです。ただし、この場合、公平に判決できていないこともあるのではないかと思います。

美弥子所長:ありがとうございます。ちなみに、村の住民に、「こういうケースは調停ではなく、裁判所にいきましょう」というようないわゆる啓発教育のような取り組みは、ラオスで実施されているのでしょうか。

矢尾板専門家:私の知る限り、いわゆる啓発教育はなかなか広がっていないと考えています。法律扶助のサービスを提供する行政機関はあり、法律情報を提供や相談を実施することはできますが、数は少なく普及が足りていません。

阿讃坊専門家:司法省や地方の司法局が 村を訪問し、様々な宣伝活動、普及活動を行っていますが、予算の限界があり、対象となる方も村長などに限定されています。

●法の支配について

美弥子所長: 最後の質問になります。刑法や民法は、自分と遠い世界って思われている方も多いと思いますが、法律を支援することによって、ラオスや日本、より広く世界における意義とは何なのでしょうか。昨今、ウクライナはじめ世界情勢が不安定な中、「法の支配」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、皆さんが考える「法の支配」とは何でしょうか。

阿讃坊専門家:法律が、最終的なセーフティネットにならないといけないと考えています。弱者保護や人権向上をいかに声高に推し進めても、裁判所が機能しなければ誰も救済することができません。我々は、刑法、民法の下、人権が侵害された際には、裁判が機能することで人々が最終的に等しく守られる社会を作る必要があると考えています。

澤井専門家:予測できない社会体制では、皆が二の足を踏んでしまいます。法律を通じて、何かあった際の予測可能性を示していく事が大切だと思います。海外等から投資をより呼び込むためにも、「法の支配」をより強化することが重要です。

川村専門家:ルールや規則が明らかになることで、予測できることが増えます。ラオス政府も「法による統治国家建設」を掲げており、一緒に進めていきたいと思います。

矢尾板専門家:我々のプロジェクトでは、法の支配を目指しています。私の理解では、「皆が同じルールの下で生きましょう」という意味だと思っています。ルールを守らなければペナルティがあるなど、皆が同じルールの下で生きていれば、安心して生活ができます。但し、注意する必要がある点は、ルールそれ自体を誰かの言いなりで決めてしまうことです。これは法の支配ではなく、人の支配になります。先進国も途上国に対して、「これがグローバルスタンダードだから」と押し付けてしまうのは、本当の意味では、法の支配とは言えないのではないかと思います。

美弥子所長:この点、すごく大事な点だと思います。過去のプロジェクトも含め、司法省などカウンターパートから共通に評価されているのは、 日本の法整備支援は、日本の法律、制度を押し付けるのではなく、その国の歴史や文化を理解したうえで、ラオスを尊重し、寄り添う形で支援をしてくれたという点です。皆さんのような専門家の方に支援いただいて、法律プロジェクトが長らくここまで続いていることがよく分かりました。本日は、ありがとうございました。

※プロジェクトのFacebookのページ

\SNSでシェア!/

  • X (Twitter)
  • linkedIn
一覧ページへ