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インクルーシブ社会の実現に向けて~第12回美弥子所長が聞く~

2025.02.27

左から、松野さん、高橋さん、美弥子所長、中村さん、柴田所員(JICA)、新井さん

 ラオスでは、無償資金協力でチャオ・アヌボン・スタジアムの改修計画を進めており、2025年3月末に起工式を行う予定です。本案件は、障害者が共にスポーツを楽しめるインクルーシブスタジアムの実現を目指しています。2025年2月3日から7日にかけて、子どもたちがインクルーシブダンスを学ぶ機会を提供しました。インクルーシブダンスとは、障害の有無関係なく、みんながダンスを楽しむ「パラダンス」です。参加した子どもたちは起工式でインクルーシブダンスを披露します。
 このワークショップの開催のきっかけは、JICAの新規事業提案「ジャイカサンドボックス」への応募でした。結果的にサンドボックス事業としては採択されなかったものの、様々な関係者との共創、意見交換、ネットワークづくりを通して、今回実現したものです。今回は特定非営利活動法人NPO アジアの障害者活動を支援する会(ADDP、Asian Development with the Disabled Persons)と一般社団法人日本アダプテッドブレイキン協会(JABA、Japan Adapted Breakin Association)に協力をいただきました。今回の「美弥子所長が聞く」では、インクルーシブ社会の実現に向け、この分野で活躍されているADDPとJABAに話を聞きました。

特定非営利活動法人NPO アジアの障害者活動を支援する会(ADDP、Asian Development with the Disabled Persons):​ 
中村 由希氏(事務局責任者)
新井 貴久氏(職員)
​一般社団法人 日本アダプテッドブレイキン協会(JABA、Japan Adapted Breakin Association):​ 
高橋 俊二希氏(代表)
松野 稜氏(ディレクター)
ファシリテーター:
小林 美弥子(JICAラオス事務所所長)

●インクルーシブ社会実現に向けて

小林美弥子所長(以下、美弥子所長):ADDPは、JICA草の根技術協力事業を受託され、「知的・発達障害を持つ子供の社会自立を目指したインクルーシブ教育・就労支援の実践」プロジェクトを実施中です。ラオスにおけるインクルーシブ教育・就労支援の現状や課題について教えてください。

※案件概要表:

中村由希氏(以下、中村さん): ADDPは本プロジェクトを通じて、障害のある子どもたちが学校に通うことができるようにしたいと考えております。首都ビエンチャンのドンカムサン教員養成校とサワンナケート教員養成校において、インクルーシブ教育に関するカリキュラムを全学生が受講できるよう推進しています。また、この活動対象は地域の学校の先生にも広げ、より多くの先生がインクルーシブ教育を実践できるよう支援しています。ラオスでは、障害のある子どもが学校に通いたくても、入学を拒否されるケースが少なくありません。本プロジェクトを通じて、より多くの学校が障害のある子どもを受け入れられるよう働きかけています。

インクルーシブ教育の様子

美弥子所長:今回はADDPからの紹介によって、一般社団法人 日本アダプテッドブレイキン協会(JABA)の皆さんともご一緒することができました。JABAは、障害のある方へのダンスの指導や、障害のある方も参加できるダンスの大会を主催されています。高橋さんは、どのようなきっかけで障害のある方にダンスを教えるようになったのでしょうか?

高橋俊二氏(以下、高橋さん):私は2018年にプロダンサーを引退し、それまでダンスを広げられなかった層にもダンスを届けたいと考えました。高齢者、保育園児、障害者など、ダンスが身近ではないと感じられる場所でダンスを指導する中、障害のある子どもたちに教えた際に、社交辞令ではなく心から「また来てください」と言ってもらえたのが、継続的に障害のある子どもを指導するきっかけとなりました。最近では少しずつ増えていますが、7年前は日本の多くのダンス教室で障害のある方の受入が難しい現状を知り、様々な場所で障害のある子どもたちに指導する活動が口コミで広がり、現在に至ります。

美弥子所長:口コミで活動が広がっていくとは素晴らしいですね。特に、ダンスが障害のある方に受け入れられた理由は何だと思われますか。

高橋さん:ブレイキンというダンスは個人技であり、他の多くのダンスと違って周囲と同じ動きをする必要がなく、一人ひとりが自分のダンスを踊ることができます。また、ダンスコンテストでは、踊りの中で最もカッコいい人が優勝します。四肢に障害がある場合、健常者にはできない動きができるため、結果的に障害のあるダンサーの方がよりカッコいいダンスを披露し、優勝することもあります。障害のある方も健常者も同じルールで競いあえるのも魅力の一つだと思います。

美弥子所長:ブレイキンは、もともとインクルーシブな要素を持っているということですね。

高橋さん:実は、当初はインクルーシブであることに気づいておらず、やっていくうちに周囲から指摘されて初めて意識しました。ブレイキンの大会では、年齢、性別、障害の有無に関わらず、全員が同じルールで競い合いますが、当初はそれを特別なこととは考えていませんでした。

中村さん:高橋さんの素晴らしい点は、まさにそこにあると思います。長年障害のある方に関わる仕事をしていると、「この子どもはこれが苦手だろう」などと、どこかで可能性に蓋をしてしまうことがあります。そのようなバイアスは作ってはいけないと理解していても、無意識に作ってしまうことがあります。その点、高橋さんは、切り口が障害者支援から入っていないため、インクルーシブ社会の実現に向けて大きな役割を果たされていると考えます。

●「みんなの〇〇」

美弥子所長:ADDPのカフェは「みんなのカフェ」、JABAのダンス教室は「みんなのダンス」という名称の偶然の一致に驚きました。ここに大切な意味があるようにも感じられます。

中村さん:ラオスでカフェを開く際、「みんなのカフェ」という名前にしました。「みんな」は日本語であり、ラオス語ではないため、当初はこの名前で良いのか悩みました。しかし、ラオスの人々が「みんな」という響きが良いと言ってくださり、最終的に「みんなのカフェ」という名前に決定しました。

高橋さん:私はダンスが上手になりたい人には上達する方法を教えますが、根本的にはダンスの技術向上よりも、「みんな」でダンスを楽しむ空間を提供したいと考えています。そのため「みんなのダンス」という名前にしました。障害のある子どもたちも楽しんでいますが、私自身も一緒にダンスをすることを楽しんでいます。以前、全く参加していないように見えた子どもがいましたが、後日、お母様から「ダンスの日だけ癇癪起こさないんです」と伺いました。ダンスの技術的な面での成長がみられなくても、「みんな」でダンスをすることを通して、人間的な成長を日々感じています。

中村さん:「みんなのカフェ」のクッキーの作り方を教えてくれたパティシエの岡本剣志さんは、障害者支援とは無縁の方でした。彼は、パリで修行していた際に、フランス人が週末などにプロボノ(職業上の知識・技能を使って社会貢献をする)活動をしているのをみて、パティシエとして社会貢献をしたいと考えていたそうです。ラオスに岡本さんが初めて指導に来た12、3年前は、「障害のある方がつくったものは、ラオスでは絶対に売れない」と言われることもありましたが、岡本さんは「美味しければ、誰が作ったかは関係ない」と言ってクッキー作りを指導してくれました。

みんなのカフェのクッキー

高橋さん:私たちは、活動の中で、パントマイムや和太鼓などの指導をプロの方にお願いすることがあります。障害のある方の指導に長けている方の共通点は、単純に「好き」という気持ちを持っていることです。「自分は和太鼓が好きだから、この子にも太鼓を好きになってほしい」という気持ちで指導をしてくれます。「上手くなってほしい」という気持ちではなく、「好きになってほしい」という気持ちで接することで、自然と適切な指導方法が見えてきます。目の前の子どもにダンスや太鼓を好きになってもらうにはどうすれば良いかを考えた結果、その子どもに寄り添った指導につながるのです。

ダンスを指導する高橋さん

中村さん:岡本さんも、障害の有無にかかわらず、パティシエという仕事の魅力を伝え、「みんなで頑張ろう」という気持ちでクッキー作りを教えてくれました。

美弥子所長:教える側が、目の前の子どもが障害者であるかどうかを意識するのではなく、一人ひとりに真摯に向かい合うことが大切なのですね。もう一つ、ADDPとJABAがすばらしいと感じる点は、障害の種類を区別せずに受け入れているところです。日本では、知的障害、肢体不自由、視覚、聴覚障害などといった障害の種別を区別せずに 受け入れているところは少ないのではないでしょうか。

新井貴久氏:「みんなのカフェ」では、どのような障害を持っているかという点で制限を設けていません。最初は、肢体不自由の方や聴覚障害のある方が多かったのですが、ダウン症の方が働きたいと応募してきて、ダウン症や知的障害者も受け入れを始めました。どのようにすれば皆で一緒に働けるか話し合った結果、それぞれの個性や得意なことを生かし、苦手なことを互いにカバーしあいながら協力して働くという形に落ち着きました。

高橋さん:私たちは「どんな障害のある人もダンスは受け入れてくれる」「ダンスは誰もを幸せにできる」と宣言していることもあり、様々な障害のある方を受け入れています。しかし、この点について難しく考えたことはありません。ダンスがメインであるため、ダンスを通じてインクルーシブな環境が実現すれば目標達成となります。福祉として障害者支援をしている場合、インクルーシブ社会の実現が目的となりますが、私たちは結果的にインクルーシブな環境となっているため、ハードルが高いと感じたことはありませんでした。

美弥子所長:岡本さんも高橋さんも、お菓子を作りやダンスの楽しさを追及した結果、インクルーシブな環境が自然と生まれていたのですね。このように「楽しい」という気持ちから入ると、活動が持続可能になるのですね。

みんなのカフェの店内の様子

松野さんがフィンガーダンスを教えてくれました

●今回のインクルーシブダンスプロジェクトの様子

美弥子所長:ダンスでは「独創性」や「人と違うこと」が強みになり、コンテストで優勝につながるというお話がありました。ダンスが障害のある子どもに与える影響について教えてください。

松野稜氏:子どもたちは、障害をマイナスに捉えていたのが、プラスに捉えられるようになっていると感じます。また、保護者の方が「障害があるから無理だ」と決めつけ、子どもがやりたいことをあきらめてしまうケースも少なくありません。それでも、保護者を説得してダンスを始める決断をした子どもたちは精神的にも強くなります。さらに、障害のある子どもたちが、障害のない子どもたちとの交流を通して、身体を動かす楽しさを知ることができます。生まれつき片脚がない子どもは、その分身体が軽いため逆立ちが得意だったりするなど、自分の障害をプラスに捉えることができるようになります。ダウン症の方は感情表現が豊かなことが多いので、ダンスは才能を発揮できる舞台となります。一歩踏み出す勇気があれば、ダンスを通して障害のある子どもも輝くことができるのです。

美弥子所長:今回のワークショップでも、そのような様子が見られましたか。

中村さん:ダウン症の子どもも集中して踊っており、言葉では表現できないほどの喜びを表していました。また、発達障害の1年生の子どもも、普段の授業では10分程度で教室を出てしまうことがあるのですが、今回のダンスワークショップでは、他のクラスメートと楽しそうに踊っていました。

美弥子所長:今回のワークショップでは、ラオスのダンサーにも協力していただきました。ラオスのダンサーは、障害のある子どもに初めて指導しましたが、どのような様子でしたか。

中村さん:ラオスのダンサーもダンスが好きという気持ちから、障害のある方に「ダンスを好きになってもらいたい」という気持ちで接してくれていました。教える側も楽しそうに指導していたのが印象的でした。

今回のプロジェクトに協力してくれたダンサーの皆さん

高橋さん:双方にとって非常に良い衝撃になったと思います。教える側は、障害のある方が踊れるということを実感し、障害のある方は、自分が踊れるということを知ることができました。例えば、視覚障者のある子どもはダンスという言葉を知っていても、実際にどのようなものか想像することは難しいと思います。そこで、ラオスのダンサーが「こうやって動かすんだよ」と、腕を触って動かしたり、実際に自分が動いて身体に触れさせながら動きをイメージさせたりしていました。その結果、視覚障害のある子どもも踊ることができるようになりました。双方にとって、非常に喜ばしい経験だったと思います。

視覚障害の子どもも一緒にダンスをしました

美弥子所長:皆さんのおかげで、ラオスではインクルーシブダンスが広まっていく可能性を感じます。

高橋さん:そうですね。多くの国では、先ずダンスシーンが確立され、その中で障害者理解のあるダンサーが障害のある方にダンス教えるという流れが一般的です。日本も同様です。ラオスでは、ダンスシーン自体がまだ発展途上ですが、今回のワークショップには、ラオスのダンスシーンの中心となるダンサーが参加してくれたことで、今後、ダンスシーンが確立する頃には、すでにインクルーシブな状態が実現しているという、「世界初」の国になるのではと期待しています。

中村さん:私は障害者、健常者っていう区別が好きではないので、インクルーシブな環境になり、「みんな」でともに活動できることを願っています。

美弥子所長:「みんなのダンス」と「みんなのカフェ」。この「みんなの」という考え方は素晴らしいと思います。JICAもインクルーシブ社会の実現を大目標に掲げ、目標ありきで活動を考えがちですが、今回のお話を拝見し、「みんな」が好きなことを追求できる環境を作っていった結果、振り返れば、インクルーシブ社会が実現できているというのが理想的であり持続的であるという点を学びました。「みんなの」という考え方を大切にしたいと改めて思いました。

小学校でのダンス指導の様子

ろう学校でもダンスを指導しました

※今回のプロジェクトの様子をまとめた動画(ADDP作成)

※特定非営利活動法人NPO アジアの障害者活動を支援する会(ADDP)ホームページ

※一般社団法人 日本アダプテッドブレイキン協会ホームページ

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