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ラオスの工学教育の未来について聞く~第15回美弥子所長が聞く~ 

2025.05.30

ラオスでは近代化に伴い、経済構造に占める鉱工業・建設業の割合が増加しています。周辺国の人件費高騰により、日系や外資系企業の進出や建設事業が増加し、それに伴い質の高い工学系人材の需要が高まっています。
しかし、ラオス人エンジニアの専門知識・技術が十分ではないため、エンジニアや中間マネジ メント層には外国人が多く雇用され、ラオス人エンジニアが現場経験を積む機会が少なく、地元企業の育成も進まないという悪循環に陥っています。
JICAでは技術協力プロジェクト「産業発展のための工学人材強化プロジェクト(以下、HUGETECH)」と無償資金協力「ラオス国立大学工学部施設及び実験機材整備計画」を通して、工学教育・研究環境の改善を図り、産業界のニーズに合った質の高い工学人材の育成に協力をしています。 今回の「美弥子所長が聞く」では、2025年5月5日に完工式を迎えた「ラオス国立大学工学部施設機材整備計画」、ラオス国立大学学長、及びHUGETECHで活躍されている専門家にお話しを伺います。

無償資金協力で建築した校舎

無償資金協力で整備した機材

第1部 無償「ラオス国立大学工学部施設機材整備計画」

参加者
- SENGDUANGDETH Dexanourath氏(ラオス国立大学 学長) 
- KHANNITHA Soulyphan氏(ラオス国立大学工学部 学部長) 
- TEHPVONGSA Khampaseuth (ラオス国立大学工学部 副学部長) 

ファシリテーター:
- 小林 美弥子  (JICAラオス事務所 所長) 

●ラオス国立大学のおけるJICAの協力

美弥子所長:JICAは、これまで20年以上に渡りラオス国立大学を中心に高等教育の協力を続けています。今回の無償資金協力は今後どのように教育の質向上に役立つとお考えですか。 

Dexanourath氏(デサノラット学長):ラオス国立大学工学部(以下、FEN)における研究や教育の質が上がると確信しています。ラオス国立大学では科学技術の向上を目標に研究・教育を実施してきましたが、これまでは実験機材が不足しており難しい一面がありました。今回、教員・学生の研究・実験に必要な機材が揃ったことで、これまでは座学中心だった教育から、実験をより重視した教育に転換できます。また、ここでの研究から新たな技術が生まれ、新しい分野を切り開くようなスタートアップ企業が誕生することを期待しています。 

右からSoulyphan工学部長、Dexanourath学長、Phout教育スポーツ大臣、美弥子所長、Khampaseuth副学部長、SoudalineJICAラオス事務所所員

Khampaseuth氏(カンパスート副学部長):FENでの研究・教育の質向上にむけて、日本の大学の研究室をモデルにてしています。私は九州大学で修士号と博士号を取得しました。研究室では教授だけでなく、准教授、講師、学生が一丸となって実験に取り組んでいました。研究室のメンバーが、教え合い、助け合い、協力し合い研究室全体でお互いに学ぶという文化は素晴らしいと考えており、FENにも取り入れたいです。 
 また、デサノラット学長がおっしゃったように、国が発展するためには産業の発展が大切だと考えており、FENからスタートアップ企業が誕生できるような環境作りを行いたいと考えています。そのために、いただいた実験機材はFENの学生だけでなく、理学部などの他学部や、他大学、民間企業の方にも使っていただき、FENと共同で実験をしたり、意見交換をすることでラオスの科学研究の中心となるようなコミュニティを作っていきます。ここからいろいろなアイデアが出てくれば、ラオスの発展に寄与するような企業が更に誕生するのではと考えています。 

美弥子所長:無償資金協力による機材が活用されて、学生の研究・実験が充実するだけでなく、スタートアップ企業が生まれることになれば素晴らしい成果になると思います。 

安藤忠雄事務所でインターンを体験したKhampaseuth氏

九州大学の卒業式に参加するKhampaseuth氏

第2部 技プロ「産業発展のための工学人材強化プロジェクト(HUGETECH)」

参加者
阿部 直也氏(東京科学大学 教授)
八木 透(東京科学大学 教授)
千々和 伸浩氏(東京科学大学 教授)
鷲山 夏沖氏(東京科学大学 技術専門員)
盛田 詩子(コーエイリサーチ&コンサルティング 副業務主任)
米田 勇太(コーエイリサーチ&コンサルティング 研修計画担当)

●ラオス国立大学工学部内の教育について

美弥子所長: 本日はHUGETECHを通してラオス国立大学工学部(以下、FEN)の研究力・授業力向上に関わっていただいている東京科学大学(旧東京工業大学)の先生方にお越しいただきありがとうございます。先ずはこれまでのHUGETECHの成果と展望について教えてください。

阿部直也教授(以下、阿部先生):HUGETECHは現フェーズが2025年11月に案件終了予定ですが、私を含め、本日参加させていただいている先生方の多くがJICA「科学技術イノベーション人材育成」プログラムを通して、ラオス国立大学からラオス人学生を受け入れており、日々ラオスへの理解を深めている状況です。高等教育はすぐに成果は見えにくい分野ではありますが、HUGETECHを通して大学のシラバス改定、指導書作成、機材管理の方法論など具体的な支援を実施してきましたので、今後こちらの成果品をラオス側で活用いただくことを期待しております。

機材の使い方を確認する東京科学大学の先生

八木透教授(以下、八木先生):私の専門は機械工学です。Laboratory Based Education (LBE)を通して、学生たちと一緒に手を動かして学ぶ大切さをFENの先生方に伝えてきました。手を動かして学ぶ実習授業を実施して先生方に見ていただいたり、授業外では、学生たちと一緒に実験室を整備する作業を何度か行いました。例えば機械工学科の実験室は窓ガラスが何か所も割れていて室内が砂埃だらけなので、前回2024年9月の出張時には大きなベニヤ板を打ち付けて窓全体をふさぎ、そこに塗料を塗ってホワイトボードを作製する作業を学生たちと一緒に行いました。教員と学生たちとの一体感と絆を得ることができたと思います。
 日本の理系の研究室では、茶道のお家元のように「知の継承」の文化があります。私の研究室でも明治維新後、歴代の先生方による知を受け継ぎ、今の八木研究室があります。このような絆をFENでも築いて欲しいと考えています。

千々和伸浩教授(以下、千々和先生):八木先生のお話に関連して、LBEでは上級生が下級生をサポートすることが重要です。LBEで学んだ知識を,自分のツールとして使うことで体得します。当然色々な疑問が出てきますが、上級生が下級生をきめ細やかにケアをしてくれることで、理解を深めることができます。そしてより重要なのが、上級生が教える立場に立つことで、自らの理解度を再確認し,学びを深める機会になるということです。日本ではよくTA(Teaching Assistant)制度を通してサポートすることが多いですが、ラオスではこのような制度に馴染みがないため、違う形でのサポートが実現できるよう、FENの教育改善を支援しています。

鷲山夏沖専門家:「ラオス国立大学工学部施設機材整備計画」ではいろいろな機材をいれていただきましたので、その機材の維持管理、活用についても先ずはFENの先生方に説明しています。機材を最大限有効に活用できるようにするためには、実習機材を使った実習指導書の整備と機材維持管理のサポートが重要です。
 実習機材において維持管理方法についても、東京科学大学の実習機材管理のノウハウを共有しながら、FEN側が長期的に維持管理できるように先生方と話を進めています。
 ラオスで若いうちに科学に接する環境を整備することで科学に好奇心をもった工学系人材が男女問わず増えると思います。これを今後さらにラオス国の初等、中等教育における科学教育現場に生かしていけば、ラオス国の質の高い工学系人材増加に寄与できると思います。

米田勇太専門家:私は2010年から2012年までラオス南部のサワンナケート県の中等学校でJICA海外協力隊員として活動をしていました。ラオスでは、教員も、生徒自身で考えさせる授業をどのように行ったらよいかよくわからない様子だったことを覚えています。プロジェクトで作成を支援している実験指導書も、すべてを書くのではなく、一部を空欄にして学生が考えられる指導書にしてはどうかと、FENと協議しています。

阿部先生:ラオスでは子ども達が「問いを立てる」文化に触れずに小中高と進み、大学生になっているのではないかという印象を受けています。

千々和先生:日本で指導する際に、授業の中にゲーム要素を入れると、盛り上がる傾向にありため、ラオスでもそのような要素を取り込んだプログラムを実装しようとしています。「この手順書に従ってものを作れ」ではなく、「こういったニーズを満足するものを自分で考えて作れ」という課題に変えることで、どうすればそれを実現できるのかを自ら思考し、その実現に向けたトライ・アンド・エラーを通じて学ぶことができるようになります。このように、小さい工夫を通して、考える機会を積極的に設けられるようにFENの教育改善も工夫できればと思います。

美弥子所長:JICAでは「ラオス国初等教育における算数指導力強化プロジェクト(iteam2)」を通して、小学校の算数教育にも技術協力を行っており、ただ暗記するだけでなく考える力を身に付けることを大切にしています。10年後、15年後に算数の楽しさを知ったラオスのこどもたちがラオス国立大学工学部でも指導教官と一緒に「問いを立てて」学ぶことができるようになっていることを期待しています!

FENの先生と一緒に学生を指導する東京科学大学の先生

工学部で講義を行う東京科学大学の先生

●産学連携活動の拡充について

美弥子所長:プロジェクトでは、産業界のニーズに合った質の高い工学人材を育成している点から、産学連携を深めることは重要です。この点に関する取り組みについて教えてください。

盛田詩子専門家:プロジェクト開始当初の2020年には、FENには産学連携担当もおらず、企業対象に調査を行ったところ、ほとんどの企業が、FENの学科や教育・研究内容を知らない状況でした。そこで、まず外部の方にFENについて知ってもらえるよう、FENの産学連携タスクフォースを立ち上げ、ウェブサイトやブロシュア、動画の作成や、技術発表会やジョブフェアなどのイベント開催を支援しました。2023年のプロジェクト開始後初のジョブフェアでは、プロジェクトが中心となって実施していましたが、徐々にFEN側のオーナーシップが高まり、今回のジョブフェアではFEN側が主体となって準備や開催を行えるようになってきています。またジョブフェア内の各学科による研究ポスターやモデルの展示は、多くの企業・高校生の関心を集め、毎年注目されています。そのほか、産学連携タスクフォースのアクションプランの一つに含まれている研究推進についても、国際的なジャーナルに掲載された論文の数が2020年の11本から、2023年、2024年にはそれぞれ24本になるなど、大きな成果が出てきています。

ジョブフェアの様子

阿部先生:学術的価値を⽣み出すことに⼒点をおく研究活動はもちろん重要ですが、ラオスにおいては社会課題解決のためのプロジェクト獲得あるいは実施に資する教育研究活動の⽀援を通じて、FEN 全体のリソース確保と組織能⼒の底上げが必要だと考えています。職業教育校として機器操作・操縦などの技能を学⽣に実践を通して習得させている ラオス・ドイツ職業教育校 には、多くの学生が集まっています。FEN はラオスにおける社会・経済情勢やニーズに応じて、職業教育校と⽐較してどのように存在意義を明確にし、どのようにFENが輩出する⼈材の雇⽤機会の創出や社会ニーズへ接続する、今⼀度検討が必要であるのではないでしょうか。FENが、卒業⽣の雇⽤機会の開拓と卒業⽣みずからが起業する技能を修得させ、さらには、卒業⽣のラオス国外における雇⽤される能⼒を高めることも必要だと考えております。

【ジョブフェア参加者からのメッセージ】

①ジョブフェアに参加した学生から 
 ラオスでは卒業後に就職希望の企業にインターンとして勤務し、そこで評価されると正式に採用されること多いです。今回のジョブフェアには、学生の間でも人気のある企業が多くブースを出しており、各企業の担当者からいろいろなお話を聞くことができて、将来の就職を考える上でとても良い機会になりました。また、インターンの申し込みを受け付けている企業も多く、この機会にインターンを申し込もうと考えています。 

②ジョブフェアに参加した日系企業から
 FENの卒業生が弊社で活躍しています。今回のジョブフェアを通しても優秀な学生を採用するきっかけとなればと考え、今回、初めてジョブフェアに参加しました。日系企業に対して関心が高く、弊社にも多くの学生が興味を持っておりブースに来ていろいろな質問をしてくださっています。ジョブフェアは、学生を採用したい企業にとってとても良い機会であると考えます。 

参加企業に業務内容を聞く大学生

●日本への留学について

美弥子所長:現在ラオスからオーストラリア、中国等様々な留学奨学金が増えている状況ですが、現在ラオス国立大学からJICAの「科学技術イノベーション人材育成」プログラムを通して、東京科学大学に4名留学中です。先生方の目線から、日本の留学の良さとはどこだと思われますか。

八木先生:日本の良さは、科学技術へのアクセスの良さです。コンパクトな国なので、部品を購入したり、会いたい人にすぐ会ったりすることが容易です。実験等をしていて、必要な資材が必要になったときには気軽に近場で必要な部品を購入することができます。

千々和先生:また、欧米の大学は教員と1対1となり個人で研究を進める場合が多いですが、日本は研究室単位(グループ)で活動し、お互いを助け合って研究を進めるため、孤立することが少なく、生活面や研究面で安心できる環境だと思います。

阿部先生:日本は治安の面でも比較的「安全・安心」なので、特に女子学生や親の不安は少ないかもしれませんね。

美弥子所長:現在、東京科学大学への留学生は全員男性ですが、女性の方にも是非留学して欲しいと考えています。何かお考えはありますか?

千々和先生:工学部で学ぶ女性を増やしたいというのは、本校での課題でもあります。そのために、高校で出前授業を行っています。そのときに、共学の学校に行くと男子は理系、女子は文系というような意識が強いような気がします。他方で、女子高を訪問すると、そこでは女子は文系という意識は少なく、理系を選んでいる女子もたくさんいます。ここには、ジェンダーギャップがあるように考えており、私たちも何とか克服したいと考えています。

八木先生:東京科学大学としては、2030年までに全体の学生の内、3割を女子学生にすることを目標としています。そこで本学では「女子枠」をつくり、理系における女子学生の入学率の向上を目指しています。

美弥子所長:日本、ラオスの子どもたちが男女問わず、工学を含め、「学ぶ」ことは楽しいことだと思える社会になることを期待します!!

【これまでプロジェクトを牽引した高田先生と奥川氏よりメッセージをもらいました】

高田潤一(東京科学大学執行役副学長(国際担当))
 ラオス国立大学工学部(FEN, NUOL)を初めて訪問したのは2018年1月にJICAにより実施された無償資金協力の事前調査団への参加を通じてのことでした。過去にJICAの協力を受けた情報工学科を除くと、どの学科も機材の老朽化・不足に直面し、実験・実習の実施に苦労している様子が伺えました。それから約3年、コロナ禍に最中に「産業発展のための工学人材強化プロジェクト」(HUGETECH)が開始しました。東京科学大学もHUGETECHのメンバーとして参加し、実験・実習教育の充実、さらには卒業研究を通じた研究室教育の強化に協力しております。FENを訪問すると、中堅世代の先生方のリーダーシップが目覚ましく、意欲的な未来戦略とそれを裏付ける行動力をみて、今後のFENにおける教育・研究の発展を確信します。今後は無償資金協力により整備された施設機材の活用も始まります。JICAにはぜひ引き続いてのフォローアップを期待するとともに、私達参加教員も科学技術振興機構(JST)のさくらサイエンスプログラムやNEXUSといった事業で補完的に協力をできれば、と考えております。 

奥川浩士(株式会社コーエイリサーチ&コンサルティング取締役執行役員) 
 2020年12月に開始した産業発展のための工学人材強化プロジェクトで、東京科学大学の先生方による現場での技術協力がようやく始まったのは、コロナ禍を経た2022年9月のことでした。その間、オンラインセミナーや本邦研修により、日ラオスの学術交流が少しでも深まるよう努力いたしました。その結果、研究室を中心に研究と教育を融合させて人材育成を行う日本の工学教育の特徴を、ラオスの先生方は我々の想定よりも早く取り入れたいと動き始め、自らの手で長期計画も作り上げました。両国の関係者の皆様には頭が下がるばかりです。両大学の交流が続いていくことを心から願っています。 

左から2番目が奥川氏、3番目が美弥子所長、5番目が高田先生、6番目がBoviengkham技術通信大臣

※関連リンク(ODA見える化サイト)

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