ラオスの水道分野における協力について~第19回美弥子所長が聞く~
2025.09.24
ラオス政府は「第 9 次国家社会経済開発計画(2021 年~2025 年)」において、2025 年までに全人口の 95%が安全な水にアクセスできることを目標として掲げています。また、「9 か年水道・公衆衛生セクター開発戦略(2022-2030)」においては、2030 年までに都市部に居住する人口の 90%に対して 24 時間安全な水を供給することを目標としていますが、 2024年時点の全国都市部の水道普及率は79.0%、村落部まで含めた普及率は30.5%にとどまっています。
JICAは上水分野への協力を長年に亘り、無償・有償資金協力、技術協力プロジェクト、JICA海外協力隊派遣などを通して実施しています。その中で、3S(スリーエス)、Safe(安全)、Stable(安定)、Sustainable(持続)を実現する水道サービスの提供を目指し、ラオス側CPと協力してきました。
技術協力プロジェクト「水道公社事業管理能力向上プロジェクト/水道事業運営管理能力向上プロジェクト (MaWaSU)」(第1フェーズ2012 年 8 月~2017 年 8 月、第2フェーズ2018 年 5 月~2023 年 12 月、第3フェーズ2024年2月~2028年2月)では、水道事業にかかるガイドライン策定、行政による法令執行・管理能力の強化、水道施設整備の計画能力向上、水道協会の設立・運用による調査研究・研修事業の推進などを、さいたま市、川崎市、横浜市、埼玉県といった日本の地方自治体の協力のもと行っています。
さいたま市、埼玉県は、草の根技術協力も実施し、首都ビエンチャン、ルアンパバーン県、カムアン県において浄水場の運転管理や水道管路の施工における改善等に取り組み、現場レベルの人材育成や体制強化に貢献しており、MaWaSUと連携することで成果の全国展開も図っています。
これまでラオスの水道分野にJICAがどのように貢献してきたかについて、水道事業運営管理能力向上プロジェクト(MaWaSU3)専門家にお話しを伺いました。
水道事業運営管理能力向上プロジェクト(MaWaSU3)
園田 圭佑(MaWaSU3、チーフアドバイザー)
越智 龍太(MaWaSU3、サブチーフアドバイザー)
木下 雄介(MaWaSU3、業務調整)
※ファシリテーター
小林 美弥子(JICAラオス事務所所長)
小林美弥子所長(以下、美弥子所長):これまでラオスの水道分野に長年に亘り関わられている専門家の皆さん、自己紹介をお願いします。
園田圭佑専門家(以下、園田専門家):さいたま市水道局から派遣されています。MaWaSU1には短期専門家として2回派遣され、MaWaSU2ではプロジェクト前半のチーフアドバイザーを務め、MaWaSU3でもチーフアドバイザーを務めています。
越智龍太専門家(以下、越智専門家):私は川崎市上下水道局から派遣されています。MaWaSU1と2で短期専門家として計4回派遣され、現在MaWaSU3ではサブチーフアドバイザーを務めています。
木下雄介専門家(以下、木下専門家):ベトナムのJICA海外協力隊員として活動した後、ベトナムでJICA専門家として派遣され、その後、MaWaSU1からMaWaSU3まで業務調整として関わっています。
右から園田専門家、越智専門家、木下専門家
美弥子所長:ラオスにおける水道分野の現状と課題について、特に安全な水供給に関してラオスの現状を紹介してください。
越智専門家:首都ビエンチャンや南部の中心都市パクセー市のようなラオスにおける大都市では、人口増加や無計画な都市開発などで水の供給量が需要量に追いついておらず、水不足が生じております。一方で、地方に目を向けるとJICAや他ドナーが浄水場建設を支援していることもあり、全国的に見た場合は水道普及エリアでの水の供給は比較的安定しています。水道メーターも各家庭に設置されており、他の途上国と比較し、良い状況にあると考えています。
また、安全な水という観点から考えると、日本では51項目の水道水質基準やそれとは別に水質管理目標設定項目などがあるのに対し、ラオスではその半分以下の23項目の水道水質基準となっており、加えて、水道公社によっては十分に検査機器がなく、いくつかの項目は検査ができないといった状況です。よって、日本と比較した場合は、量・質ともにまだまだ課題は多いと感じます。(日本は水道普及率98%、全国全ての水道で24時間365日安全な水の供給ができています。)
美弥子所長:ラオスで蛇口の水がそのまま飲めるのかという質問を良く受けます。
園田専門家: よくされる質問ですが、一言で回答することは大変難しいというのが本音です。日本と同様に24時間365日どこでも安全に水が飲めるのかとの質問には、残念ながら「ノー」と言わざるを得ません。
浄水場では適切に処理されたが配水する管路内で水質が劣化するケース、水需要に浄水場の供給能力が追い付かず無理な運転により処理が不十分となるケース、原水(例えば川の水など)の急激な変化に適切に処理ができないケースなど、水質基準を満たさない水が送られてしまうことがあります。ただし、このような状況は常に生じている訳ではなく、基本的な浄水処理技術は習得できており、需要と供給のバランスが取れている地域が大部分であるため、途上国の中では優等生であると言えます。
日本式を導入した小学校における水道教室
美弥子所長:MaWaSUは現在フェーズ3となっています。フェーズ1からの成果を紹介してください。
園田専門家:ラオスの水道セクターには①国の水道行政、②各県の水道行政、③各県で実際に水道事業を運営する水道公社という、大きく分けて3つの組織があります。その中で水道公社にフォーカスして5年間実施したのがMaWaSUプロジェクト(MaWaSU1)です。大きな目標は、水道事業の「計画」をしっかり作れるようになってもらうことでした。計画を作るためには、必要なデータを集め整理する必要があります。必要なデータのリストを一緒に作るところから始め、収集されていないデータや精度の悪いデータを改善し、5年先、10年先の計画を策定しました。水道施設整備の計画だけではなく、例えば財政部門、営業部門、水質部門など、水道事業における全ての分野の計画作りを行いました。その中で特に大きな成果として挙げられることは、成果物自体ではなく、カウンターパートの認識の変化であると考えています。ラオスでは、専門家が来て「やりましょう」という言うと、大抵の場合は一緒に頑張ってくれます。しかし、専門家の不在時やプロジェクト終了後は、自発的に動けないということが多く見受けられます。5年間かけて、隣の席に座り、膝を突き合わせながらプロジェクトを進めていくことで、水道公社の職員は徐々にプロジェクトの活動を自分事として捉え、自ら責任を持って行動するようになりました。
MaWaSU2では、水道公社のさらなる能力向上のための支援に加え、制度面へのアプローチを実施しました。水道セクターのあり方を広く検証しましたが、大きな成果は2つあります。1つ目の成果は、水道施設を作るにあたっての技術基準を作ったことです。実はラオスにはこれまでドナーが作り残していった非公式の資料や、参考となる工事の完成図書があるだけで、根拠とすべき基準が存在しませんでした。そこでこの基準を作り、公共事業運輸省大臣の決裁を受け、公的な技術基準としました。2つ目の成果は、ラオス水道協会を立ち上げたことです。水道協会は、各県水道公社の職員が集まり、共通の課題を一緒に解決していくものです。主な活動内容としては、全国水道公社職員の能力向上を図る研修事業と、技術的な課題を持ち寄り解決を図る調査研究事業です。この協会は、現在実施中のMaWaSU3の中で最も重要な活動における母体となっています。
美弥子所長:次に現在実施中のMaWaSU3について紹介してください。
園田専門家:MaWaSU3には3つの達成すべき成果がありますが、3人の専門家で主担当を分担しており、担当している活動を順に紹介します。
達成すべき1つ目の成果は、国の水道行政における法令執行管理能力の強化です。国は法律や法令を策定し、それを展開しますが、水道分野に限らず、その理解が不十分で定着しない、守られていない、十分活用されていないのが現状です。法令やガイドラインの策定は、MaWaSU2の時代にプロジェクトが直接関わったものを含め多く実績を積み上げてきましたが、現在その管理やモニタリングの能力が大きく不足しており、これは行政の基礎的かつ必要不可欠な役割であるため、その改善を目指しています。
木下専門家:ラオスでは、現在、2030年までに都市部の水道普及率90%という目標を掲げています。そのために、水道行政は政府予算やドナーの支援を取り付けてきて、浄水場建設や水道施設の設置を行い、整備後は、水道公社が運営することになっています。
実際に水道事業を運営していくのは水道公社ですが、国や県の水道行政と水道公社の関係を考えると、どうしても水道行政の立場が上になりやすい側面があります。そこで、達成すべき2つ目の成果は、プロジェクトが水道行政と水道公社の間に入り、水道行政と水道公社が協力し採算性を考慮した水道施設設備の開発計画を作ることができるような体制を作っていくことです。
MaWaSU3のモデル県選定に向けた現地ヒアリング
越智専門家:達成すべき3つ目の成果は、MaWaSU2で設立を支援した水道協会の体制を強化することで、各県の水道公社がより持続的、効率的に能力向上を図れるようにすることです。一般の方に馴染みは少ないかもしれませんが、日本にも日本水道協会があり、またラオス周辺の東南アジア含めて多くの国に水道協会があります。水道に関する調査研究、研修事業コースの設置、全国への普及などは、各県の水道公社が個別で実施するより、水道協会をプラットフォームとして活用した方が効率的に行うことができます。
日本の水道協会は公益社団法人として、各水道事業体など会員からの年会費や、水道協会が実施する検査事業などの事業収益により運営されており、また職員は専任です。一方で、現在のラオス水道協会の構成としては、専任の職員はおらず、各水道公社での通常業務と兼務している状況のため、各担当者が水道協会の業務になかなか時間を割くことができないことが課題となっています。よって、水道協会の組織体制が盤石になってはじめて研修等も継続的・持続的に行えると考えるため、まずは体制強化に重きをおいて活動をしています。
また、日本では「〇〇課」などの組織に仕事がついており、それぞれの組織に仕事が割り振られています。しかし、ラオスでは、「人」に仕事がついているため、担当者の休職や退職に伴い、そこで仕事が止まってしまうことが多々あります。これは水道公社に限らずラオスの他組織でも同様の傾向があることから、一筋縄では解決することが難しい部分ではありますが、仕事を「人」にではなく「組織」という位置付けにしていきたいとも考えています。
美弥子所長:ラオスにおいて水道協会を設置することができたのはMaWaSUプロジェクトの大きな成果の一つだと思います。設置した組織や制度はあるが、それらを継続的に動かしていけるのか、という点のは、MaWaSUプロジェクトに限らず、ラオスでの大きな課題かと思います。
公共事業運輸省副大臣との水道セクター改善に関する意見交換
ラオス水道協会における10分科会の合同会議
美弥子所長:ラオスの水道セクターは、MaWaSUのような技術協力プロジェクトだけでなく、有償資金協力・無償資金協力による浄水場建設、JICA海外協力隊、JICA草の根技術協力事業でも協力をしている他、オランダなどの他ドナーとの共創含めてプログラムとして実施しています。このような状況の中、工夫している点をご紹介ください。
木下専門家: MaWaSUの支援はラオスの全18都県を対象としており、分野も全方位に渡るため、技術移転の部分で深く入りこめないところがあります。他方、さいたま市水道局や埼玉県企業局が実施している草の根技術協力事業では、例えば、配水管の布設方法など、重点的に支援すべき特定のフィールドで深掘りした協力を特定の水道公社において実施しています。こうした成果をMaWaSUが支援するラオス水道協会を通じて全国に広げて行くことで、大きなインパクトを出すことができると考えています。
水道分野のJICA海外協力隊は、現在、ルアンパバーン県、ボリカムサイ県、チャンパサック県に3名が「水質検査」という職種で水道公社に派遣されています。日々、それぞれが自分たちの活動を行っている一方で、MaWaSUとも連携してくれています。例えば、ラオス水道協会に10ある分科会のうち水質管理の分科会では、浄水薬品の品質検査方法の確立において、MaWaSUとの会合時にJICA海外協力隊が参加、知見を共有し、一緒に検査を行うことによって技術移転をするなど協力しています。
ラオス水道分野ではドナーによるプロジェクト間の情報共有機会が少なく、同じ分野で複数のプロジェクトが支援しているものの、現場担当者に聞いて初めて活動が重複していることが判明することがあります。オランダの専門家チームとは定期的に情報を共有し協議を重ねており、オランダのプロジェクトが新たに支援する項目をラオス水道協会の独立した分科会として取り組むことにしました。これにより重複を避けるとともに、ラオス水道協会を通じてプロジェクト間での情報共有ができる体制が構築でき、現場担当者もプロジェクトごとに対応や報告書を変える必要もなくなりました。
JICA海外協力隊(水質検査)とラオス水道協会分科会(水質管理)、MaWaSU3の合同活動
美弥子所長:水道分野の取り組みは、地方自治体との共創が大きな特徴の1つです。園田専門家はさいたま市から、越智専門家は川崎市から派遣されています。それぞれの自治体における国際協力の位置付けや取り組みを教えてください。
園田専門家:水道分野におけるさいたま市のラオスへの協力は30年以上前から始まり、JICAの技術協力プロジェクトや草の根技術協力事業の他、さいたま市として独自に首都ビエンチャン、ルアンパバーン県、カムアン県の水道公社と覚書を結び、幹部の交流や職員の相互派遣研修も実施しています。30年以上続けてきたことで、市の組織や市民の皆さんから一定の理解と評価を得られています。
水道局内では国際協力ワーキンググループを立ち上げ、個人に依存しがちな国際協力を組織として取り組めるよう工夫しています。興味のある職員に広く門戸を開き、経験者がアドバイスし、チームで職員派遣や研修員受入の検討や準備を進められるようにしています。
越智専門家:国際事業はあくまでも付帯事業としての位置付けですが、川崎市上下水道局では「世界の水環境に向けた国際事業」を施策の一つとして掲げております。具体的な取組みとしては、①「官民連携による国際展開」と②「技術協力による国際貢献」を2本柱としており、このうち②の国際貢献の取組みの一環で、私はラオスに派遣されています。②の国際貢献の成果として、世界の水環境改善が改善しSDGsの達成に貢献や人材育成による組織力の向上、また川崎市のプレゼンス向上などが挙げられますが、定量的に成果を示すことに苦慮しております。
美弥子所長:日本の人材育成含め、日本への「環流」の観点で、日本では、どのように活かされているか教えてください。
園田専門家:日本では、我々が生まれた時には既に水道普及率が90%程度で、入職した時点ではほとんど行き渡っている状況でした。現在の水道施設は維持管理や老朽化に伴う更新が中心であり、水道普及率が約30%のラオスにおけるようなダイナミックな拡張期とは正反対の状況です。また、水道局内では仕事が細かく分業化されており、水道事業全体を見通したり関わったりすることが難しい状況にあります。拡張期でかつ様々なことが整っていない中で取り組むことができる経験には、日本で水道事業にフィードバックできることがたくさん含まれています。
また、私の専門は土木ですが、専門家としてラオスに派遣されると土木の専門家としてではなく、水道の専門家として見られ扱われます。結果として、深くはなくてもどの分野においても一定程度の知識が求められます。これは日本の大きな自治体ではまずあり得ないことで、大変ではありますが、分野を横断した広い知識や経験は、日本に戻ってから役立つことが多くあります。
MaWaSU2パイロット事業の事後調査
越智専門家:MaWaSUは、さいたま市、川崎市のほか、埼玉県と横浜市の水道局職員が関わっています。複数の自治体が一緒に仕事をすることで、垣根を越えた横の繋がりができました。元々、日本の水道事業者には家族になぞらえて「水道一家」という言葉があるくらいで、困ったことがあれば助け合うといった精神があり、この4つの地方自治体の繋がりや知見は仕事をしていくうえで大切なネットワークとなっております。
園田専門家が話したように海外の技術協力プロジェクトでは、例えば新規浄水場や拡張工事など日本ではあまり携わることができない経験ができ、大きな学びがあります。地方自治体の職員には、業務を市内あるいは出張などを含めても国内で完結したいという方が多くいますが、そのような中でも、より多くの職員に海外での経験をしてもらいたいと考えています。個人的な取組みとはなりますが、ラオスに限らず海外での活動に興味があるという職員の話を耳にすると、その職員のところに行って色々と話をしたり聞いたりするということを続けています。海外で学んだ経験や広い視野などは、日本に戻った際にも様々な場面で自分自身の助けになることがあるため、一人でも多くの職員に国際業務に携わって欲しいと考えています。
美弥子所長:本日の会には他セクターの専門家やコンサルタント等も多く参加いただいています。その中で、有害廃棄物分野の橋詰博樹専門家から「日本では高度経済成長期に敷設された水道管の多くが法定耐用年数(40年前後)を超え、老朽化しており、さらにアウトソーシングの進行で職員数も減少している。特に、送水管・配水管の更新が追い付いていない中、次世代の技術者育成は喫緊の課題である」との指摘がありました。このような中、地方自治体から派遣されている専門家の皆さんは、途上国での経験を活かし、実践的な修繕・維持管理能力、少ない資源での課題解決力、人材育成スキルなど多方面で、これからの日本における水道施設や事業計画・運営、送配水管修理・維持管理にも大きく貢献されると思います。
これらもJICAが重視している「環流」の優良事例と言えますね。
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