【マレーシア海外協力隊の素顔に迫る!経験を工夫に、工夫を笑顔に。 68歳の教師が届ける特別支援教育】
2025.09.29
マレーシアには、産業人材育成 ・環境保全・社会福祉を中心に、様々な活動を行うJICA海外協力隊を派遣しています。今回はマレーシアのスレンバンにある、障害児・者支援に取り組む68歳の岡山さんを訪問しました。68歳にて再び海外協力隊に挑戦し、特別支援教育に取り組む岡山さんの、豊かな経験と工夫あふれる活動に迫ります。
ー簡単な自己紹介をお願いします!
2024年9月からマレーシアのスレンバンにある中学校・高等学校に派遣されています。全校生徒約1400人の大きな学校ですが、現地では主に特別支援学級を担当し、重度の障害をもつ子どもたちの教育に携わっています。子どもたちや先生からは「チグしん!」と呼ばれています(笑)(*「チグ(cikgu)はマレー語で「先生」という意味で、つまり"しん先生"のことです。)
ーJICA海外協力隊に応募されたきっかけを教えてください。
実は海外協力隊に参加するのは今回が2度目になります。1回目は大学生の時、フィリピンのパラワン島で稲作活動に携わりました。当時はインターネットはもちろん、携帯電話もない時代で、家族への近況報告は手紙のみ。農家を訪ね歩くと、「日本人が来たぞ。」「何しに来たんだ?」と声をかけられ、そのたびに"背中に日の丸を背負っている"ように感じ、日本人としてのアイデンティティを強く意識した日々でした。
あれから40年。68歳になりましたが、心に残るその2年間の経験が忘れられず、「このままの人生では物足りない」と思い、再び協力隊に挑戦することに決めました。
ー学校では具体的にどのような活動をされているのでしょうか?
私は特別支援学級の中でも、特に重度の自閉症やダウン症を持つ生徒の教育を担当しています。日本で培った経験を活かし、ABA(応用行動分析)という教育的アプローチを取り入れています。これは子どもの行動を観察・分析し、望ましい行動を伸ばしていく方法で、特に自閉症やダウン症などの発達障がいや知的障がいのある子どもの生活スキルやコミュニケーションの向上、学校での適応を助ける方法として注目されているものです。
その一例として「操作スキル」を育てる教材を開発しました。「操作スキル」とは身の回りの物を手で扱ったり使ったりする力のことです。ボタンを留める、はさみで切る、鉛筆で書くといった日常生活や学習の基礎になる動作が含まれます。これらの力を伸ばすことは単に手先の器用さを育てるだけなく、「できた!」という達成感を生み、学習や遊びに積極的に参加する姿勢を育み、将来的な自立にもつながるという大きな意義があります。
*指定された時間に時計の針を合わせる操作スキル
生徒のために改善できる要素は色々なところに隠れています。例えば、この学校では毎朝全校集会がありますが、障がいのある子どもたちはただ座っているだけで、やることもなく放っておかれていたんです。そこでその時間を使って、その子に合わせて作った教材を渡してみたところ、少しずつ操作スキルが伸びていくのがわかりました。その様子を撮影し、保護者の方にお見せしたところ、「うちの子がこんなことできるなんて」と驚かれ、とても喜んでくださいました。私自身も子どもたちの成長を一緒に実感できて、大きなやりがいを感じています。
*岡山さん特製操作スキルの一つを紹介中
さらに日本文化の紹介活動として「運動会」も実施しました。障がいのある生徒でも参加できるように工夫し、競技には「玉入れ」を採用し、バスケットゴールにバケツを入れて、玉はテニスボールで代用しました(笑)段ボールで作ったトンネルをくぐり抜ける競技では、子どもたちが楽しそうに運動する様子が見られました。子どもたちの笑顔があふれる時間となり、今後も競技を工夫しながら継続していきたいと考えています。
ー協力隊活動での苦労にはどのようなものがありますか?
一番の課題は、自分が作った教材や取り組みを、任期後もいかに引き継いでもらうかという点です。ずっと現地にいられるわけではないので、持続性を意識しながら活動しています。先生方の中にはとても協力的に取り組んでくださる方も多い一方で、自分のスタイルやこれまで通りのやり方を大切にしていて、新しい方法をすぐには受け入れにくい方もいます。そうした中で、まずは理解のある先生と一緒に少しずつ活動を広げていくようにしています。ただ、人間性にすばらしい先生ばかりで、人との出会いには本当に恵まれていると感じています。
また、言語の壁も大きな挑戦です。20代でフィリピンに赴任した際は比較的スムーズに現地語を習得できましが、今回はマレー語のリスニングに苦労し、なかなか上達しない自分に落ち込む時期もありました。しかし「年齢のせいもあるのでは」と友人に指摘され、努力不足ではないとわかって少し気持ちが軽くなりました。とはいえ、年齢を言い訳にしたくありません。毎日マレー語で日記をつけて先生に添削してもらったり、生徒に積極的に話しかけたりと、日々努力を続けています。
ー今後はどのようにしていきたいでしょうか?
マレーシアでの協力隊活動も折り返し地点を過ぎました。これからは、自分の活動をいかに根付かせ、学校に残すかを大切にしていきたいと考えています。
先日、スレンバンにある40校以上の先生が、特別支援教育の取り組みを学ぶために研修に訪れてくださいました。その後、10を超える学校から「ぜひ自分の学校にも来て、アドバイスをしてほしい」と依頼をいただきました。今後はこうした要望に応えながら、少しずつノウハウを広げていけたらと思っています。
日本に帰国した後は、「こんな生き方もある」ということを多くの方に伝えていきたいです。そしてこれからも、人生の長い時間をかけて障がい者教育に関わり続けていきたいと考えています。
ー海外協力隊に応募するか悩んでいる人へのメッセージをお願いします!
「やらぬ後悔より、やる後悔。」この言葉を人生で大切にしています。迷っているのであれば、思い切って前に進んでほしいと思います。
海外協力隊での2年間の活動は、まるで20年間を過ごしたかのように感じられるほど密度の濃い時間であると感じます。日本では決して得られない多様な感情や経験を味わうことができ、人生の大きな財産となるはずです。
協力隊の活動は「現地の人々のために」と始まりますが、振り返れば自分自身の存在意義やアイデンティティを深く感じられる、かけがえのない機会でもあります。
人生は、自分から行動しなければ何も始まりません。ぜひ勇気をもって挑戦してみてください!
聞き手:その言葉には、長年の経験に裏打ちされた確かな説得力と、子どもたちへの真心が込められていました。小さな工夫の積み重ねが、やがて教育現場に根付き、未来を変えていくのだと感じさせられました。
語り手:岡山眞一さん
聞き手:JICAマレーシア事務所インターン 岩村篤、吉村紫織
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