【JICA海外協力隊60周年を迎えて ― サバ州の村から始まった絆】
2026.01.05
執筆者:金子 正美
酪農学園大学名誉教授
(株)インターリージョン代表取締役CEO
元青年海外協力隊員(現JICA海外協力隊)1989年度1次隊・マレーシア村落開発普及員、2024年度9次隊(短期派遣)林業・森林保全)
青年海外協力隊マレーシア会会長
北海道青年海外協力隊を育てる会会長
NPO法人nahiya理事長
私のサバ州での青年海外協力隊活動
青年海外協力隊(JOCV)派遣が60周年という記念すべき節目を迎えられたこと、協力隊OBとして心より嬉しく思います。
マレーシアでは60年間に1,600名を超える隊員が活動してきました。
これまでの日本人会の皆様、JICA関係者の皆様の御協力、御尽力に厚く感謝いたします。
私は、1989年、北海道庁の現職派遣隊員として、ボルネオ島サバ州コタマルドゥ郡のサリマンドゥ村に村落開発普及員として派遣されました(写真1)。
写真 1:1990年当時の村落の様子と私
当時のサバ州は、マレーシアの最貧困地帯と言われ、まだ森林の伐採と焼き畑農業が行われていました。私の派遣は、協力隊としては初の「チーム派遣」で、食用作物、家畜飼育、保健衛生、土木施工、村落開発といった異なる専門性を持つ隊員たちが一つのチームとなり村おこし活動を行うことでした。
私たちは、村の先住民であるドゥスン族の人々と共に汗を流し、生活用水確保のための簡易水道づくり、井戸掘り、換金作物の導入、養鶏、衛生環境の改善、村祭りの開催などに取り組みました。
まさに青年海外協力隊らしい活動でした。夜になれば、地酒「タパイ」を酌み交わし、語り合った日々。高床式の質素な住居で、屈託なく笑う人々の表情は、今でも鮮明に蘇ります。ある時、毎日タパイを飲み、仕事もせずゴロゴロしている男達に、私は、「日本の男は、家族を養うために出稼ぎに出るんだ。食べるものがなくなったら家族はどうするんだ!」と叱ったことがありました。
その返答は、「日本人は家族と離れて幸せなのか?食べ物がなくなったら、裏山に取りに行けばいいだろう」というものでした。この時、私は、彼らの優しさ、サバの自然の豊かさに気づき、また、それからも、彼らから多くのことを学ばせてもらいました。
この原体験が、いまでも私の人生の指針となっています。
アナログからデジタルへ:36年越しの再挑戦
任期を終え、日本に戻った私は、北海道庁の試験研究機関である北海道環境科学研究センター、酪農学園大学において、地理情報システム(GIS)、人工衛星・ドローンを用いたリモートセンシング技術による環境保全、スマート農業の研究、教育活動に従事しました。そして定年後の2025年、私は再びサバ州の地を踏みました。
酪農学園大学とJICAとの連携協定に基づき、今度は2か月間の短期JICA海外協力隊員として、サバ森林開発公社(Sabah Forestry Development Authority 略称SAFODA)キナルートエコフォレストパークに派遣されたのです。
JICAは、1987年から1994年まで、SAFODAをカウンターパート機関として、「サバ州造林技術開発訓練計画」等の技術協力事業を行ってきました。いまでもキナルートには、JICAの道(Jalan SAFODA-JICA)や、SAFODA-JICA友好の森が残されています。
この技術協力は、木材伐採跡地や草原化した地域における林業、造林のための技術指導を行うものでしたが、この間にもボルネオの森は、原生林の伐採が進み、野生生物の生息地が失われていきました。このため、富士通グループでは、2002年から2016年まで、本来の植生である「熱帯雨林(フタバガキ科を中心とした混交林)」へ再生することを目的として、従業員からの寄付とボランティア参加を軸にした参加型植林プロジェクトが行われました。
そして、今、エコフォレストパークでは、ボルネオの森の再生と環境教育を目的として、SAFODA自らが新たなプロジェクトを立ち上げました。
どこにどのような樹種を植えるか、どのような環境教育プログラムが効果的なのか、日本の先端技術と経験が期待されています。
36年前、サバ州の奥地の村でアナログ生活を送った私ですが、今は、最先端のコンピュータ技術を用いてマレーシアの森林保全と環境教育に関わっていることに、時代の変化と深い感慨を覚えています。
ボルネオの森の再生と「SAFODA-JICA友好の森」
このエコフォレストパークは、以前は、紙や合板のための造林地でしたが、ここに在来の樹木を植林することによって、ボルネオの原生の森を復元しようとしています。
そして、2025年6月、198ヘクタールの「SAFODA-JICA友好の森」が再設置されました(写真2)。
写真2:「SAFODA-JICA友好の森」と私(右端)
私は、現在、北海道で設立したNPO法人nahiya(ナヒヤ))(写真3)の代表として、SAFODA、JICA(JOCV)協働して、この森での植林活動と環境教育活動を企画しています(写真4,5))。
写真3:NPO法人nahiyaホームページ(https://www.nahiya.org)
写真4: SAFODAエコフォレストパーク Sonetha所長と植林
写真5: エコフォレストパークで活動する早川史織隊員
nahiya(ナヒヤ)とは、モンゴル語で、「植物の苗」と「女性の名前」を意味する言葉です。ナヒヤプロジェクトでは、現地で植林体験を行うプログラムの他、企業や個人の皆様に苗木の費用を寄付していただき、植えられた苗木の位置を記録し、蓄積された炭素量の計測値や、写真と共に、ホームページでその様子を確認できる仕組みづくりを検討しています。エコフォレストパークは、コタキナバル市内から車で約40分、ぜひ一度、この新しい「友好の森」を訪れてみてください。詳しくはホームページをご覧ください。
皆様の植えた苗木が、ボルネオの熱帯雨林の一部となり、野生生物のすみ家となっていきます。植物の苗(nahiya)が自然を守り、人の苗(nahiya)が世界の平和を守ると信じています。
私は、皆様、SAFODA、JICA(JOCV)と共に、世界の自然と平和を守る活動を将来にわたって続けていきたいと思います。
*本稿は、KL日本人会ニュースレター2026年1月号にも紹介されています。
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