【マレーシアJICA海外協力隊の素顔に迫る!】 馬と人、そして地域をつなぐ~障害者への馬介在活動の現場から~
2026.10.20
マレーシアのクアラルンプールにあるマレーシア障害者乗馬協会で、障害のある子どもたちへの馬介在活動に取り組む柿沼隊員。マレーシア障害者乗馬協会はクアラルンプール・ポロ乗馬クラブなどを拠点に、障害のある子どもたちを対象として、乗馬をはじめとする馬に関わるプログラムを提供しています。こうした活動は、子どもたちに多様な刺激をもたらし、さまざまな効果が期待されています※。
柿沼隊員は、法政大学・人馬のウェルビーイング研究所※とJICAの大学連携事業による初代隊員として、日々の活動を軸に、大学や障害者団体などをつなぐ「三角協力体制」の構築にも力を注いでいます。
乗馬やふれあいなど、馬と関わる活動には、身体機能の向上だけでなく、心理面の安定や社会性の発達にも寄与するとされています。柿沼隊員は、現地でどのような活動を行い、何を感じているのでしょうか。活動の内容やマレーシアでの経験、これからの展望についてお話を伺いました!
※参照1: マレーシア障害者乗馬協会
※参照2:
人馬のウェルビーイング研究所
JICA
海外協力隊(連携派遣)の隊員が相模原市役所を表敬訪問しました
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法政大学 多摩キャンパス
Q:
まず、現在の活動について教えてください!
A:
私は現在、マレーシア障害者乗馬協会 で障害児を対象とした馬介在活動に携わっています。日常の業務としては、乗馬セッションが中心です。馬を引く「リーダー」(馬の歩調や進行方向を調整し、安全に誘導する役)や、乗馬中の子どもを左右から支える「サイドウォーカー」(姿勢保持、不安の軽減、緊急時の補助に加え、馬上で行う簡単なアクティビティのサポートを担う役)、馬の手入れなどセッションに向けた準備全般も担当しています。
一方で、隊員としての活動目標は、馬団体・障害者団体・大学による「三角協力体制」を国内外で機能させ、若年層の参画を現場に定着させることです。馬介在活動は、資格・安全管理・人材の熟練度に大きく左右されやすい一方で、担い手となる人材育成が課題です。こうした状況のなかで活動を地域に根づかせ、持続可能な取り組みとして存続させるためには、若者が継続的に関われる仕組みづくりが不可欠だと考えています。
また、この三角協力は、特定の団体に限定するものではありません。マレーシア国内の大学や特別支援学校、障害者団体など、さまざまな組み合わせを考えながら、馬介在活動に関わる人や組織の輪を広げていきたいと考えています。これまでには、マレーシア国内外の大学からの学生インターンの受け入れに加え、マレーシア、ベトナム、インドネシア、フィリピン、日本からの参加者を対象とした国際研修を実施しました。
施設の外観
Q:
活動の対象となるのは、どのような子どもたちですか?
A:
身体障害、知的障害、発達障害など、さまざまな障害のある子どもたちが参加しています。活動では、乗馬を中心に、リーダーやサイドウォーカーが安全を確保しながら、子ども一人ひとりの状態に合わせて姿勢保持のサポートや簡単なアクティビティ(声かけ、指示に応じて動く、色や物の認識を促す等)を組み込みます。希望に応じて、騎乗の前後に馬にエサをあげる・馬体に触れるなどの「ふれあい」も取り入れています。馬との関わりを通じて安心感やコミュニケーション、社会性の育成に繋げています。現在、配属先にいるプログラム参加者は全体で30人ほどです。実施日は週に3回ほどあり、参加者一人ひとりの記録も作成しています。
記録には、その日の活動内容や子どもの様子、できるようになったこと、次回のセッションに向けた提案などを記入します。子どもたちの変化は、毎回分かりやすく表れるとは限りません。馬を怖がっていた子が自ら手を伸ばして撫でようとしたり、普段は発語のない子が声を上げて笑ったりと、あらゆる変化は活動の継続の上に成り立っています。セッションの様子を記録として残しておくことで、次回のセッションに生かすことができます。
Q:
馬との活動には、どのような効果がありますか?
A:
馬との活動には大きく分けて、教育的・身体的・心理的・社会的の四つの効果があると考えています。
たとえば、複数の色のクリップを見せて「どの色が好き?」と問いかけ、子どもが選んだクリップをリングにはめるアクティビティを行います。こうした動きは色の識別や発語の促進など教育的な効果が期待できます。
馬の上で立つ・座る動作を繰り返すアクティビティは、バランス感覚を養い身体機能を向上させる効果が期待できます。
心理的な効果は、馬とのコミュニケーションを通じて育まれます。馬と関わる上では表情や耳の動きなど、非言語の情報が大きな意味を持ちます。言葉を使ったコミュニケーションが苦手な場合でも、馬と触れ合うことで安心感を得て、気持ちが落ち着く子どももいます。
また、馬場内のルールを守り、セッション前後の準備・片付けを行うなど、インストラクターの指示を聞き、周りとの協力が必要な場面もあります。セッション全体を通して、他者との関わり方や自律性、社会性を育むこともできます。
もちろん、こうした効果を実感するのには時間を要します。日々の地道な積み重ねの中で、小さな変化を見逃さず、次の活動へ丁寧につなげていくことが重要だと思います。
セッションの様子(中央の子どもの左右に立つのがサイドウォーカー、右が柿沼隊員。馬の手綱を引くのがリーダー)
Q:
乗馬以外には、どのような活動がありますか?
A:
メインは乗馬ですが、希望する子どもには、乗馬の前後に馬と触れ合う時間も設けています。人参をあげたり、近くで馬の様子を観察したり、少しでも馬に親しんでもらえるように工夫しています。
最初は、馬を「大きくて怖い」と感じる子どももいます。しかし不思議なことに、一旦馬に乗ってしまえば自然とバランスを取ることに集中するので、次第に落ち着く子がほとんどです。毎週楽しみに馬場に足を運んでくれる様子を見ると、とても嬉しくなります。
不安を感じるのは子どもたちに限ったことではありません。初めて馬介在活動に関わる大学生やボランティアも同様です。だからこそ、安心して参加できるように声をかけ、笑顔で関わることを意識しています。心理的な壁を少しずつ取り除くことが、継続的な参加につながると考えています。
セッションを楽しむ参加者の様子
Q:
現場での1
日は、どのように進みますか?
A:
朝は8時30分ごろに出勤します。まず、ブラッシングや馬に手綱や鞍をつける馬装を行います。続いて、馬のウォーミングアップをしてセッションに備えます。
10時ごろになると子どもたちとのセッションに向けてボランティアがやってきます。参加する子どもやボランティアの人数を確認し、リーダー・サイドウォーカーの担当決めや、セッション内容などを話し合います。
マレーシア障害者乗馬協会 が所有する馬に加え、敷地内の乗馬スクールから馬を借りることもあり、最大で4頭を使ってセッションを行います。参加人数や馬の状態に合わせて、使用する馬の数や進め方を調整します。
セッションは、12時30分ごろまでに終わることが多く、その後は個別の記録を作成したり、振り返りを行ったりします。ボランティア全員で、その日の子どもの様子や変化、次回に向けた課題を共有します。
セッション以外では、馬のケアを行ったり企画の準備を進めたりしています。活動の終了時間は日によって変わりますが、16時ごろまで配属先で活動することが多いです。
ブラッシングの様子
Q:
大学生など、若い世代が関わることにはどのような意味がありますか?
A:
馬介在活動を、これからも長く地域に根づかせていくためには、若い世代の参加が欠かせません。どのような活動も、担い手が不足し、次の世代が入ってこなければ継続が難しくなります。学生時代にマレーシア障害者乗馬協会 のような地域コミュニティとの関わりを体験したことがきっかけで、卒業後も何らかの形で障害児向けの馬介在活動に関わりを持つ可能性は十分にあると思っています。
活動の裾野を広げるという意味でも、初心者が参加しやすい環境を提供することはいつも心がけています。大学生向けの研修では、馬の生態や世話の方法、マレーシア障害者乗馬協会 の活動について学ぶ座学と、実際にセッションに参加する実践の両方を組み合わせています。知識を得たうえで体験することで、障害者乗馬を実践する現場を鮮明に感じてもらえるからです。若い世代が活動を知り、参加する接点を増やすことが、活動の持続可能性につながっていくと考えています。
Q:
現在、資格制度を活用した人材育成にも取り組んでいるそうですね。
A:
はい。マレーシア障害者乗馬協会には独自の資格制度があり、レベル1、レベル2といった段階的な学びの仕組みがあります。これは、マレーシアの国家職業技術基準であるNOSSに該当する内容として認められる場合があります。
障害者を対象とした馬介在活動は、誰でもすぐに実施できるものではありません。馬の扱い方や安全管理、障害のある方への関わり方など、専門的な知識と技術が求められます。特に、安全な活動を行うことは最も大切です。認定資格を持つ人材が増えることは、活動の安全性や質の担保にも直結するので重要だと考えています。
私自身もこうした認定制度を活用しながら、人材育成と活動の普及に励んでいます。
Q:
今後の目標について教えてください!
A:
隊員としては、法政大学人馬のウェルビーイング研究所との連携事業の一代目として、次期隊員を見据えた活動基盤をつくることが目標です。関係団体との信頼関係の構築を継続し、これまでの経験やつながりを次の隊員たちへ引き継ぎたいと考えています。また、計画どおりに進まない環境でも、プロジェクトを前に進める力を磨いてきたので、残りの活動期間も様々なことに挑戦していきたいです。
個人としては、マレー文化圏での生活経験も活かしつつ、東南アジアの福祉や馬介在活動に携わる道を探っていきたいです。そのためにもこれまで培ってきた経験を活かしながら、専門性をさらに深めていきたいです。
Q:
最後に、読者へのメッセージをお願いします!
A:
国際協力や海外での活動に興味がある方には、「準備が万全になってから」と待ちすぎないでほしいと伝えたいです。チャンスは、いつでも同じ形で訪れるとは限りません。やりたいと思ったタイミングで一歩を踏み出すことが大切です。私自身も、「やらずに後悔するくらいなら、挑戦する方を選ぶ」という言葉を胸に、馬と人、そして地域をつなぐ活動に取り組んでいきたいと思います。
聞き手(インタビュー後の感想):
今回のインタビューを通して、障害のある子どもたちを支える馬介在活動には、身体機能の向上だけでなく、安心感や社会性を育む力があることを知りました。 柿沼さんが一人ひとりの小さな変化を見つめ、記録し、次の活動につなげている姿勢が印象的でした。馬と人、そして地域をつなぐ柿沼さんの今後の活動にも、ぜひ注目していきたいです!
語り手:柿沼隊員
聞き手:JICAマレーシア事務所インターン
山田のぞみ 佐藤美友