【マレーシアで活躍する専門家の素顔に迫る!】 マレーシアの気候変動対策を支える日本人!BTR・GHGインベントリ等作成支援の現場から
2026.10.20
JICAはマレーシアを含む世界各国で、気候変動対策をはじめとしたさまざまな分野の技術協力を行っています。今回は、マレーシア天然資源環境サステナビリティ省(NRES)で隔年透明性報告書(BTR)や温室効果ガス(GHG)インベントリ等の作成支援に携わる、専門家の粕谷さんに、私たちJICAマレーシア事務所インターン生が話を伺いました。
職場の相手国プロジェクト実施省庁の職員(カウンターパート・C/P )、スタッフの方々とともに
写真中央:粕谷専門家
Q.まずは簡単な自己紹介と、専門家として現在どのようなプロジェクトに携わっているか教えてください !
A. 長期専門家としてマレーシアに赴任しており、配属先は天然資源環境サステナビリティ省です。日本でいう環境省、国土交通省の一部(気象庁、国土地理院等)、農林水産省の一部(林野庁等)が合わさった感じです。プロジェクト名は「強化された透明性枠組みでの国連気候変動枠組条約国家報告書作成支援プロジェクト」で、パリ協定のもと各国に求められるBTRの作成、GHGインベントリ※の定期的な算定を行うための算定の方法、国家体制の整備などを支援しています。
※温室効果ガス(GHG)がどこから・どれだけを分野別に計算してまとめた統計
粕谷専門家の配属先である天然資源環境サステナビリティ省の外観
Q. 難しい言葉が多いですね・・・そもそも「透明性報告報告書(BTR)」とは何ですか?
A. パリ協定※では、各国が2年に1回「隔年透明性報告(BTR)」を国連に提出することになっています。この報告書には、①温室効果ガス排出量(インベントリ)、②緩和策の進捗、③適応策(洪水・熱波対策など)といった幅広い内容が含まれ、例えばマレーシアのBTRのボリュームは400ページにもおよびます。作成にあたっては、マレーシア全土からデータを集めて、報告書として整理、分析して提出しています。
※世界共通の長期目標として、産業革命前からの平均気温の 上昇を2℃より十分下方に保持することを目的としている協定。また、1.5℃に抑える努力を追求する。(環境省/パリ協定に関する基礎資料/https://www.env.go.jp/earth/ondanka/kosyo_00003.html (参照2026/9/18)
Q.どのような経緯で現在の仕事にたどり着いたのでしょうか?
A. 若い頃から環境問題に関心がありました。当時は、気候変動対策における京都議定書の採択以外にも、オゾン層の問題や環境ホルモンなどの話題に興味がありました。環境問題に関わる仕事がしたいという思いは、学生時代からありました。その思いを持ちつつ、キャリアを積み重ね、その過程で民間企業、コンサルタント、国際機関関連の仕事など、さまざまな経験を経て、現在の仕事につながりました。この仕事に携われたのは運の要素もありますが、こういった分野の仕事に携わるために狙って経験を積み重ねてきた部分もあります。
Q.今回のプロジェクトの中で、粕谷さんが「ここが一番重要だ」と思っている部分はどこですか?
A. マレーシアは高所得国入りが視野に入る転換期にあり、これまでの「途上国としての立場立ち位置」から、「国際社会の中でどのような役割を担っていくのかどう振る舞うか」を模索している局面にあるように思われます。そうした中で、国として適切な報告ができる体制を整え、それをどう活かしていくかも含めて段階的にレベルアップしていくことが重要だと考えています。
Q.マレーシアにて業務を進める上で、他国と異なり難しいと感じていることはありますか?
A. マレーシアのように国が成熟してくると、本分野の体制だけでなく、国全体のガバナンス、制度や仕組みは当然良くなってくるのですが、逆に省庁間・部署間の調整や手続きは複雑になり、決められたプロセスを一つずつ踏まなければ前に進められない場面も増えてきます。高所得国入りが近いマレーシアは国として制度や手続きが整ってきている分、以前のように「キーパーソンに話せば一気に進む」というよりも、決められたプロセスを一つずつ踏んで進める必要があり、そこが難しさだと感じています。
制度や手続きをきちんと作り込むことは重要ですが、その結果として運用が煩雑になり、取り組みが停滞してしまうこともあります。だからこそ、関係者との信頼関係を積み重ね、必要なステップを一つずつ踏みながら、粘り強く前に進めていくことが重要です。それが、この活動を通じて感じている難しさです。
Q. マレーシア天然資源環境サステナビリティ省というと、官僚の方々と一緒に働くイメージですが、自分の立ち位置をどのように見ていますか?
A. 普段は同僚たちを机を隣り合わせにして仕事をしています。マレーシアの官僚の人たちがどういうことで苦労しているのかを知り、「どうやったら相手の役に立てるか」という視点でなるべく同僚たちの近くで働くようにしています。これは、他の国際機関など類似の仕事でも滅多に体験できない経験ですし、お金を積んでもできない。たとえば日本の環境省の官僚がいて、そのすぐ隣で外国人が働くことは、イメージとしても難しそうですよね。専門家としてそんなに近い距離に置いていいのか、という話になります。現在は、マレーシアの官僚の皆さんと机を横に並べて仕事をしていますが、もちろん、会議においてもここは入れないという場面ももちろんあります。一方で、重要な会議などで説明や助言等を求められる場面もあります。
他の開発途上国ではもっとオープンに何でも開示する国もこれまでありました。でも、それは逆にマレーシアの制度や意思決定プロセスが成熟してきている、ということでもあります。よって、恐らく私が把握していないような情報も多く、相手国政府関係者間の個別のやり取りの中で共有していることもあるかと思います。結果として私が得られている情報は「100のうち10」かもしれない。それでも、近い距離で一緒に仕事をするからこそ見えてくるものがある、という感覚です。
職場での粕谷専門家の様子
Q.今後マレーシア側だけでBTRを作成し、作成プロセスを改善し続けられるようにするために、粕谷さんが今意識していることはありますか?
A.先ほども述べましたが、マレーシアは国際社会の中での立ち位置が変わりつつあります。国内の制度や組織体制が成熟する過程で、手続きが複雑化し、物事が進みにくくなる側面があります。これはJICAの技術協力プロジェクト全体の話なのですが、私はプロジェクトを先導するわけではなく、肩を後ろからそっと押してあげることをイメージしています。あくまでも主体はマレーシア政府(プロジェクト実施機関/カウンターパート)側、という考え方です。 一般的な話として、技術協力として、全てやりすぎてしまったりすると協力が終わった後に誰もそれを動かすことができず「何もなくなっちゃった」ということも起きてしまう。だから、どのぐらい、どういう形で関わるかはすごく難しいところです。
また、マレーシアでは法制度整備を伴う新たな組織体制づくりも進められています。しかし、各所との調整・検討や手続き等の遅れ、人材確保の難しさなどにより、本来10人で担う業務を3人で担うような状況も生じています。こうした制約の中で、マレーシア側が無理なく自走できる形を一緒に考え、確実に一歩ずつ前進できるよう伴走していくことが、専門家として大切だと感じています。
Q.専門家=日本から技術を持ってきて教える人という読者からのイメージがあると思うのですが、逆に現地の方から学んだことや、考え方を変えられた経験はありますか?
A. そんなことだらけです。日本でのやり方は参考にはなるものの、データの集め方や統計の取り方、政府や関連機関の構造の違い、業界団体の有無など、前提条件が違うため、そのまま適用できないことが多々あります。 だからこそ、実施省庁の同僚(カウンターパート)の人たちと相談しながら、マレーシアに合う形に作り変えていく必要があり、結果的に今の取り組みは「日本式や他国も含めたものを一部組み込んだマレーシア式」、になっていきます。その過程で、仕事の進め方やコミュニケーションのあり方なども含めて、学ぶことは非常に多いです。
Q.このプロジェクトに関わったことで、マレーシア社会にどのようなインパクトを与えたと思いますか?
A. BTRのような報告書づくりの中で、ただGHGの排出量を報告するのではなく、その内容をどう活かしていくか、というところまでいけるような検討が現在進められています。うまくいけば「ここでしかできない」成果が出る可能性があります。一方で、排出量を明らかにすることが、温室効果ガスを多く排出しているセクター・サブセクターをある程度特定することにも繋がる可能性もあるので、公開に向けた各所への配慮や調整をどのように検討していくのかも重要な視点です。
Q.学生時代に想像していた自分のキャリアと、今マレーシアで専門家として働いている姿は近いですか?
A. 中学生のころにリオサミットをはじめとする環境問題に関心を持ちはじめ、この分野で仕事をしたいと思っていたという意味では「分野としては想像に近い」です。一方で、大学時代は理系だったこともあり、例えば先端の研究や技術に目が向いていたため、欧米での経験は一部あったものの、「途上国で働く」「相手国政府の協力相手(カウンターパート)の隣で働く」といった現在のような働き方は、大学生時代の前半には全く想像していませんでした。分野は近いが、働く場所や関わり方は想像とは大きく違う、という認識です。
Q.マレーシアでの経験を通して「自分が変わった」と感じる点はありますか?
A. JICAの在外事務所や本部の立場で働くよりも、協力相手(カウンターパート)の隣で働く「現場」の面白さ、手触り感が自分には合っていると、より強く思うようになりました。出張ベースで同じ国に長く関わる経験を経て、最終的に「住んで働く」ことへの意欲が明確になった、という変化があります。
Q.これから挑戦したいこと、次に目指したい姿はありますか?
A. 例えばアフガニスタン、パレスチナなど、より困難な状況にある国・地域での活動に挑戦したい気持ちがあります。「最も困っている人のところに行くことが国際協力の真理」という考えも根底にあると思います。一方で、環境・気候変動・防災等分野は、国の基盤がある程度整ってきた段階で意義を見出しやすく、紛争・脆弱国ではニーズが限られるという現実的な制約も認識しています。一般的に後発開発途上国においては、私の分野である気候変動ではなくて、プライマリーヘルスケアとか、教育とか、農業という分野の方が優先度が高い傾向にあります。また(自身の)家庭の事情(子どもの成長など)もあるため、タイミングは見極めながら、というスタンスです。
Q.最後に国際協力に興味のある若者へのアドバイスやメッセージをお願いします!
A. 国際協力って面白い仕事だと思うんですよね。ただ、アドバイスとなると難しくて、あえて言うなら、「専門性という軸」を持つことは大切です。僕は勉強してこなかったので、「勉強しておけばな」と思うことは正直あります。国際協力といっても、何の軸もないと意外と難しい。もちろんJICA本部の職員のような国際協力全般的なことをするお仕事もあるし、正解が一つある話じゃないんですけど、専門性があるからこそ、そこで力を発揮できる場面が出てきます。 しかし、専門性を持つことは良いことばかりでもありません。僕の場合はこの仕事をずっと続けてきたので、逆にそれ以外の仕事がつきにくくなる感覚もあります。専門家の仕事って、プロジェクトが終わったら「次はどうするか」を自分で探さないといけない部分もあって、積み重ね方は本当に難しいです。運の要素もある一方、狙ってやってきた部分もあります。
それでも振り返ると、20代・30代前半の経験の積み重ねが、後々すごく「貯金」になる感じはあります。やれる時に相当な時間と労力をかけてやったことの貯金で、今なんとかなっている面はあると思います。それからもう一つ、基礎学力は大事です。基礎的な数学・科学とか、基礎的な英語とか、「やっておけばよかった」と思うことが多い。すごい人は中学・高校の数学や科学等をちゃんとやっていて、そういう土台があるからこそできる領域がある。どの分野もそういう「真髄」みたいなものがあって、結局そこに効いてくるんですよね。 つまり、「専門性の軸」と「基礎学力」を大事にしながら、あとは自分なりに経験を積み重ねていってください。
もう1点は、全く逆の話をしてしまいますが、例えば学力テストで測定される能力以外の、非認知能力も凄く大事だと思います。「非認知能力」というと数値化しにくいコミュニケーション・協調性・調整力などの能力の総称になりますが、いろいろな向上の仕方があると思います。異文化を経験すること、スポーツや音楽、例えばリーダーシップを取るような活動をするなど、勉強以外の色々なことが当てはまります。別に規模の大きさや、みんなの注目を集めるようなことである必要はなく、小さいことでも数多くトライして失敗・成功の両方をしていくことが重要だと、私自身も実感しています。
でも、このような話には正解がないからこそ難しいんですけど、それが一番現実的なメッセージかなと思います。
マレーシアで行われた国際会議イベントでの様子
感想:
海外で専門家として活躍する日本人がいることに、誇りと心強さを感じました!粕谷専門家のプロジェクトは、マレーシアのBTR作成や排出量データ整備を前に進め、制度や手法を現地に根づかせる支援だと分かりました。この協力は、マレーシアにとってはBTR提出に向けた報告体制・データ精度の強化につながり、 日本にとっても、透明性の高い国が増えることで国際的な信頼と連携を広げることにつながると感じました。
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語り手: 粕谷専門家
聞き手: JICAマレーシア事務所インターン
佐藤美友 山田のぞみ