海外協力隊隊員インタビュー 川添智子さん

2024.05.28

昨年9月から、オアハカ州の文化芸術局(SECULTA)に配属されている川添智子さん。オアハカ市とその近隣のティルカヘテ市(オアハカ市内からバスで45分前後)の文化施設にて、キーボードと合唱のクラスを担当している。当初は「オアハカで週3日、ティルカヘテで週2日」だったが、後者での活動時間を増やしたいと言う川添さんの意向もあり、現在はその比重が入れ替わっている。

グローバルな視野を持った母親に育てられ、昔から海外への関心は高かった。40代で思いがけず大病を患ったことで、以前から行きたかったスペイン旅行を決意。日本人の先生にスペイン語を習い始めたところ、奥様がアフリカのセネガルに派遣されていた元隊員で、話を聞くうちに青年海外協力隊に興味と憧れを抱くようになった。

とはいえ、当時はまだ闘病中で、「長生きできるとは思っていなかった」。幸い健康状態が安定するに至り、50歳の時に青年海外協力隊への応募を決めた。最初の4回は縁がなかったが、諦めきれずに取り組んだ5度目の挑戦で、今回のメキシコ派遣が決まった。

「実は、スペイン語圏での音楽隊員の募集が出なくなった時期があって、その時に募集のあったエチオピアを志望して補欠合格になったんです。でも、直後にコロナ禍になって実現しませんでした」

結果的に、“やっぱりスペイン語圏に行きたい”との思いを新たにするきっかけとなった。

長い試行錯誤を経て採用された職種は「青少年活動」。活動のベースは“音楽”とはいえ、本来の専門はピアノ。ピアノ教師歴は40年近くに及び、小さい子供や中学生、音大志望の受験生や中学の先生まで、年齢もレベルも異なる幅広い層に教えてきた。

「本当は“音楽隊員”(ピアノ)で行きたかったので、“青少年活動”での派遣には最後まで少なからず抵抗があったんです。でも、着任前の研修を受けたときに、“ああ、これでよかったな”と素直に思えました」

オアハカ市では、平日の午前中に若者や大人を対象としたキーボードのクラス、そして午後からは子供たちに合唱を教えている。3ヶ月ごとの入れ替え制で、合唱クラスは川添さんの着任を受けて新設された。

一方のティルカへテ市はその逆で、もともと合唱団が存在していた。最初に「12月にクリスマスコンサートをやってほしい」という要請があり、合唱団の先生と相談しながらプログラムを決めた。せっかくの機会ということで、オアハカ市で教え始めた子供たちとの合同コンサートを提案。当日は、州都オアハカ市のソカロ(中央広場)に晴れ舞台が設けられ、夜空に子供達の歌声が響いた。

合唱クラスについては、当初から「日本の歌を紹介してほしい」との要請があった。川添さんが選曲したのは、振り付きの童謡「故郷(ふるさと)」、輪唱形式の「紅葉(もみじ)」、「雪」、そして現在練習に取り組んでいる「静かな湖畔」。

「あとは、子供たちがアニメの曲を歌いたいと言うので、NARUTOの曲とドラゴンボールの『へっちゃら、へっちゃら』?です(笑)」

※注:『NARUTO -ナルト-』は、いきものがかりの「ブルーバード」と「ホタルノヒカリ」の2曲。『ドラゴンボール』の曲は「チャラ・ヘッチャラ」。

もともと日本のアニメの歌を歌いたい子が多く、子供たちが川添さんに選曲をリクエストしてきたそうだが、練習の際には歌詞の意味も簡単に教えている。ティルカヘテ市での合唱クラスは2時間もあり、当初はリズム打ちや音符の名前などを教えて時間調整をしていたが、今では合唱の練習だけで時間が過ぎる。「音程はあまり気にせず、元気に歌ってくれたら」と眼を細める一方、「オアハカ市の子供たちとの年に一回の合同コンサートは定着させたいです」と強い意志も覗く。

新設されたキーボードのクラスの方は、日本との文化の違い、特に音楽教育面での格差をより強く感じる場となっている。そもそも文化施設にキーボードが一台もなかったので、縁あって安く譲り受けた中古の88鍵盤キーボードを使っている。

「文化センターの要請で、ティルカへテからバスで15分くらいのところにあるオコトランで(川添さんの)クラシックコンサートを開くことになったんですけど、そのキーボードがあって助かった!という感じですね。それがなければ、練習もできないので(笑)」

生徒たちの家にもキーボードはない。文化センター側が1台購入してくれたが、鍵盤数が少ない機種で、残念ながらコンサート向きではないそうだ。当面はこの2台でなんとかクラスを回していきたいと考えているが、直面している課題はキーボード不足だけではないようで…。

「保管体制があまり良くないというか、楽器の上に鳩のフンが落ちていたりするので、重いですが、私のキーボードは毎回家に持ち帰っています。もし、新しい楽器を買ってもらったとしても、このままでは傷んでしまうので、まずは(楽器の取り扱いに対する)価値観を変えてもらわないと」

指導面でも文化的なギャップは大きい。例えば、練習曲を選ぶにあたり、ショパンやベートーベンなど、いわゆる大道のクラシックの作曲者の名前が生徒たちからまったく聞こえてこないのだ。「知ってる?」と聞くと「(名前を)聞いたことある」との声が返ってくる程度。

「私の活動目標としては、半年に1回は日本でいうところの“生徒の発表会”を定着させたいと思っていて、その選曲をモーツアルトだったり、ベートーベンだったり、王道のクラシックにしたいというのがあって…」

ちなみに、オアハカ市の方では、「発表会があるよ」と言うと、すぐに「頑張ろう!」という反応が返ってくるそうだが、ティルカへテでは、何度か詳しく説明しても、発表会がどんなものなのかイメージが湧かない様子。とはいえ、「一回経験してもらうとモチベーションにつながるはずなので、まずはそこから始めたいと思っています」と、川添さんは力むこともなく、どこまでも前向きだ。

ほかにも驚いたことがある。

「ダンスのリズムやステップは上手なのに、リズム打ちができないのが不思議で。口では“タンタタタン…”と言いながら、手拍子はズレていることが多いです。あと、日本では、子供の時から学校で音楽の授業を受けているので、大人になっても“ド”がどこかは分かると思うのですが、ここでは音符の名前も知らなくて」

教える側のハードルはとてつもなく高そうだが、指導経験の豊富な川添さんに焦りや悲壮感は見られない。インタビューの翌日、オアハカ市でのキーボードクラスを見学させてもらったが、初心者の高齢者女性に対しても、時に優しく背中に手を当てながら、気長に丁寧に教えていた。

「最初はコミュニケーションに少し苦労したが、先生のスペイン語が上手くなって今は困ることはない。生徒からの評判がよくて、クラスで成果も出ている。これからもぜひ続けてもらいたい」と文化センターのスタッフもその働きぶりと人柄に太鼓判を押していた。

職場の外でも、川添さんの周りでは優しくて穏やかな時間が流れているようだ。

「最初はメキシコの人との距離感が掴めずに苦労しました。でも、こちらの“挨拶の文化”が好きで。バスを拾うまでの間、道すがら同じ人に会うことがあるんですけど、アジア人なので区別されやすいこともあって、みんな挨拶してくれるようになるんです。それで、全然知らない人にも挨拶するようにしたら、向こうも挨拶してくれて(笑)。その一体感がいいですね」

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インタビュー中の川添さん

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キーボードクラスのレッスン風景

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同時期にオアハカに派遣されている井戸さんと双方のホストファミリーに巻き寿司でおもてなし

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巨大アレブリヘ制作風景

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