女性の力を引き出す現場から――コアテペック女性院で活動する協力隊員・田中彩恵さん
2025.12.02
カウンターパートとともに講座を進行
ベラクルス州コアテペック市にある女性院で活動するJICA海外協力隊員、田中彩恵さん。職種は家政・生活改善 。暴力被害を受けた女性への支援やジェンダー啓発を軸に、地域に寄り添う活動を続けています。
田中さんが国際協力の道を志した原点には、幼いころから所属していたガールスカウトの経験があります。女性のリーダーシップや自立を大切にする文化のなかで、活動を通して世界の貧困問題や社会課題に触れてきました。大学卒業後はエチオピアのアフリカ連合日本政府代表部でバックオフィス業務に就き、国際協力の現場を肌で感じました。そのうえで次のキャリアステップとして協力隊を選びました。
メキシコを選んだ理由は、女性支援政策を公的機関が積極的に進めていること、そしてスペイン語が将来のキャリアに活かせると考えたから。活動分野はジェンダー教育や暴力被害女性への司法支援で、制度と現場の両方を理解することを目指し、2024年2月にベラクルス州コアテペック市の女性院(Instituto Municipal de la Mujer Coatepecana/IMMUJER)に着任しました。
子どもたちと対話しながら学びを深める
メキシコでは、女性に対する暴力防止やジェンダー平等の推進が国家レベルで重要課題とされています。ベラクルス州には州機関であるInstituto Veracruzano de las Mujeres(IVM)があり、各市町村に設置された女性院(IMMUJER)が地域での支援を担っています。コアテペック市の女性院もその一つで、心理的支援、法的相談、啓発活動を通じて女性の権利を守る役割を果たしています。
具体的には心理士や法務の相談員と連携して、暴力被害に関する相談、緊急時の手続きの案内、各地域での啓発や研修を担っています。データ保護に関するプライバシー通知や運用要領が整備されており、相談に来る女性の安心感に繋がります。
田中さんは主として啓発活動を担い、カウンターパートと二人で計画から実施までの多くを自走しています。地域内の学校やその他関連施設へ出向き、講座やワークショップの企画・運営、教材づくり、参加者フォローまでを手がけます。学校などでのセミナーは、暴力防止、健康管理、自己理解、経済的エンパワーメントなど幅広いテーマを扱います。それに加えて田中さん自身の経験を生かして日本語や英語の授業も行い、学びの機会を広げています。ガールスカウトで培った子どもとの向き合い方も、学校での講座や地域の場面で活きているそうです。
コアテペック市の女性院自体は小規模な組織で、現在はカウンターパートと二人で活動しており、自由度が高く地域に密着した取り組みが可能です。何度も講座を行うにつれて参加者の意識が少しずつ変わっていく様子を感じることがやりがいになっています。
印象的だったのは、靴底のすり減りから脚の形状を診断するセミナー。参加者が自分の健康状態に驚き、生活改善の必要性を実感する場面がありました。こうした小さな気づきが日常の行動を変えるきっかけになります 。一方で、ジェンダー問題は文化や社会に深く根付いており、啓発の仕事は数値化しづらい領域でもあります。短期で明確な成果指標を示すことは難しいですが、参加者の表情や短い会話、次の講座への自発的な参加などに変化が現れます。
ホームステイの先の家族と
コアテペックでの暮らしは、人とのつながりの強さが印象的です。ホームステイ先の家族に誕生日会や結婚式に招かれるなど、温かいつながりに触れる機会が多くあります。職場でも家族を連れてくることが珍しくなく、職場と家庭の隔ての無さを感じます。コアテペック市は「Pueblo Mágico(魔法の村)」に認定され、国を代表するコーヒーの産地としても有名です。石畳の道や歴史あるカフェが並び、 豊かな自然と食文化が育まれています。
スペイン語学習は今も挑戦中。着任当初は翻訳アプリやスマートスピーカーを駆使し、現在は検定試験を活用しながらモチベーションを維持しています。近隣都市ハラパの教師に習った時期もありましたが、今は自学で工夫を重ねています。
協力隊の魅力は、2年間現地コミュニティに深く入り込めることです。現行の制度や文化の背景を理解しながら、地域の人々とともに全力で課題に取り組む経験は他では得られないものです。 活動は来年2月に終了予定で、活動を振り返りながら後任への引き継ぎを進めています。カウンターパートが12月に離任するため活動の継続性を確保する工夫も必要です。
「帰国後は大学院で平和構築とジェンダー論を学び、メキシコでの経験を制度改善につなげる研究に活かす計画です。活動を通じて、女性支援の課題は個人の問題に見えても、社会全体の制度や価値観に根差していることを痛感しました。経済的困難や教育機会の不足、薬物依存など、複合的な要因が暴力被害の背景にあります。こうした構造的課題に取り組むため、学びを深めたいと考えています。
価値観の変化もありました。着任前は平和構築全般に興味がありましたが、現在は女性支援やジェンダー論を専門的に学びたいという思いが強まっています。現場での経験がキャリアの方向性を明確にし、国際協力分野での強みになると感じています。」
田中さんの活動は、制度と現場をつなぎ女性たちの生活に変化をもたらしています。協力隊の存在が、地域社会に新しい視点を届けています。
コアテペックの中心にある公園。市民の憩いの場です。
インタビュー後記(インターン 増岡志歩)
職場に家族を連れてくる文化など、私が活動するメキシコシティとは異なる習慣に触れ、メキシコという国の広さと多様性を改めて感じました。この2年間、現場で真摯に人々と向き合ってきたからこそ、その経験が田中さんの今後のキャリアにおいて大きな財産になると、協力隊派遣の意義を再認識しました。女性支援という分野にはこれまであまり馴染みがありませんでしたが、大学院で学びを深め、今後も活躍される田中さんのお話を伺えたことは非常に刺激的でした。
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