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25年間の歩み: JICAメキシコ事務所ナショナルスタッフ アレハンドロ・リオスさんインタビュー

2026.03.04

 ナショナルスタッフのアレハンドロ・リオスさんは、2001年4月1日にJICAメキシコ事務所に入所し、今年で勤務25年目を迎える。在外事務所には、日本のJICA本部から派遣される駐在員だけではなく、現地で採用されたナショナルスタッフが多く勤務している。リオス職員は、長年にわたり日本とメキシコをつなぐ現場を支えてきたナショナルスタッフの1人だ。

日本経済との出会い

 1990年代、日本製品が世界的に存在感を示していた時代、家電や自動車など、日本製品が身近にあふれていた。大学で自身の研究対象を学ぶ中で、日本経済を研究テーマに選んだ。ヨーロッパやアメリカ合衆国の経済の研究をする学生が多かったが、アジア経済研究対象に選ぶ学生は少なかった。
 幸運にも、日本に滞在経験のある教授やアジア研究の専門家のもとで学ぶ機会を得た。経済だけでなく、文化的背景まで含めて理解することに魅力を感じ、在学中に日本語の勉強も始めた。
 卒業後は、日本商工会議所を仲介に日系電動工具メーカーであるMAKITAのメキシコ法人で輸出業務を担当し、中米各国を飛び回った。民間企業での営業経験は、「売上を伸ばす」という明確な目標のもと、実践的なビジネス感覚を養う時間だった。

JICAとの出会い

 MAKITAでは3年間勤務した。その後、転職先を探すべく日本商工会議所に再び連絡を取り、紹介されたのがJICAだった。2000年末に応募し、翌年2001年の4月にJICAメキシコ事務所に入所。入所当初は、海外協力隊をはじめとするボランティア事業の担当として勤務した。
 このボランティア事業での経験が、キャリアの大きな転機になった。全国各地を訪れ、農業、保健、教育、特別支援教育など、多様な分野の協力案件に関わった。当時は、治安状況も比較的安定しており、北部から南部まで、自ら車を運転して地方自治体を回り、各地の現場を直接見ることができた。民間企業で勤務していた時とは異なり、開発の現場では“売上”ではなく“人の生活”が中心にあったため、今までとは違う視点でメキシコを見つめなおすことができ、自分の国を初めて本当の意味で知る機会となった。

保健、防災、そして三角協力、水、産業分野へ

 その後、保健分野や防災分野を担当した。特に印象に残っているのは防災分野の取り組みだ。エルサルバドルやグアテマラなど中米諸国との協力事業に携わり、日本とメキシコ、そして中南米諸国をつなぐ三角協力(JMPP)の枠組みにも関わった。メキシコと日本が協力し、地震やハリケーンの経験を災害で悩む中米諸国に共有し、防災体制の整備やリスク管理の仕組みづくりを支援した。民間企業で勤務していた時も中米を訪れていたが、JICA職員として再訪することで、地域の課題や現実を深く知ることになった。
 現在は環境分野、とりわけ水資源や、産業分野を担当している。15年以上にわたり産業協力案件に関わり、日本企業の進出が進むバヒオ地域の変化を間近で見てきた。農業中心だった地域が工業化していく過程を現場の一員として見てきた。

ナショナルスタッフの役割

 「私たちナショナルスタッフは国の制度、政治構造、そして“その国独特の敏感なテーマ”を理解している。そこが1番の強みです。」

 日本人駐在員は数年ごとに交代する。その中で、現地の制度や関係性を継続的に把握し、橋渡しをする存在がナショナルスタッフだ。一方で、組織構造上、意思決定の立場に立つ機会は限られている。しかしながら近年は、長年の経験を有するリオス職員の意見を求められる機会も増えている。

最大の挑戦は「文化の違い」

 JICAで働く中で、メキシコと日本の働き方の違いを感じた。例えば、日本ではOJT(On the Job Training)が一般的で、自ら考え動くことが求められる。一方で、メキシコでは明確な指示を待つ傾向があるという。日本側は主体性を期待し、メキシコ側は指示を待つというこのギャップは当初大きな戸惑いだった。
 しかし年月を重ねる中で、自ら意見を述べ、提案する姿勢へと変化していった。今では、日本の駐在員から相談を受けることも増え、事務所内でも経験年数はトップクラスに豊富な存在となった。

協力の本質は「人の変化」

 JICAでの業務は、道路や建物のように目に見える成果ばかりではない。政策立案能力の強化や制度整備といった、長期的な基盤づくりが中心で、「政策の積み重ね」と「人の意識の変化」に意義があると感じている。

「協力を通じて、人が変わる。考え方が変わる。それが一番大きいと思います。研修やプロジェクトに参加した行政官が、新しい視点を得て職場に戻る。その積み重ねがやがて政策となり、社会の仕組みを変えていくのです。JICAでの仕事は、未来のために種をまく仕事です。」

25年続けられた理由

 25年もの長い間勤務を継続できている理由は、JICAで築いた人間関係にある。仕事そのものよりも、同僚や上司との信頼関係が支えになってきた。私生活において困難な時期もあったが、上司や同僚が寄り添い、支えてくれた経験が今につながっている。

「民間企業へ戻る選択肢を考えたこともありました。しかし最終的には、JICAにいることが自分にとって自然な選択でした。人との絆は簡単には手に入らないからです。」


・編集後記
 リオス職員、大変忙しい中インタビューに応じていただきありがとうございました。JICAスタッフの中でも大ベテランであり、まさにメキシコと日本を繋ぐ架け橋だと感じました。短い期間のインターンでありながらいつも話しかけていただき大変うれしかったです。その気さくな人柄こそ、多くの人や機関と関わりながら何かを作り上げていく国際協力の世界で必要不可欠であると学ぶことができました。

(JICAメキシコ事務所 インターン:三浦友里江)

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