飛躍−未来へのテイクオフ

「情報技術(IT)」に代わり、最近では、通信コミュニケーションの重要性を加味した「情報通信技術(ICT)」という言葉が頻繁に使われるようになった。
世界中の人々との交流や、さまざまな情報へのアクセスを可能にするICTは、私たちの暮らしを便利にするだけでなく、世界の課題を解決する力を秘めている。

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新年のあいさつにも 生活に浸透するICT

2017年が始まった。元日の朝は、ポストに届く年賀状を楽しみにしている人も多いのではないだろうか。一方で、新年を迎えるその瞬間に、パソコンやスマートフォンから家族や友人にメッセージを送ることもできるようになった。しかも、そのメッセージは日本だけではなく、海外にいてもリアルタイムで受信することができるのだ。

「1980年代、インターネットは"世界中の大学をつなぐ"という学問の世界から始まったため、初めから国境の概念はなかったのです」。こう説明するのは、日本でのインターネット環境の整備に尽力してきた慶應義塾大学・環境情報学部長の村井純教授だ。大学同士での論文の共有などから始まり、今や文字だけでなく、映像や音声、位置情報までもがデジタル化され、インターネット上で簡単に共有できるようになった。こうした動きに伴い、SNS、動画配信、電子書籍といったICTを活用した多くの産業やサービスが登場するようになった。

国際電気通信連合の調査によると、先進国では人口の約8割、開発途上国では約4割がインターネットに接続しているという。先進国に比べると差はあるが、途上国でも急速に普及が進んでいる背景について、村井教授は、インターネットが持つ"誰でも参加しやすい仕組み"を挙げる。「まず、デジタル機器が以前に比べて格段に安くなっていて、中国製などの格安のスマートフォンは、途上国でも利用者が急増しています。さらに、モバイルブロードバンド(モバイル機器を使用した高速無線通信サービス)の登場によって、通信コストも大きく下がりました」

また、インターネットは国や地域の実情に合わせて、光ファイバーや衛星、さらには電線といったさまざまな通信手段を選択することができる。多くの島を擁するインドネシアでは、大規模なインフラ設備の導入が難しいため、村によってはアマチュア無線経由でインターネットを使っているという。「中華鍋や塩の缶など現地で手に入る物と、無線に必要な機材を組み合わせた即席の中継機を数キロごとに設置すれば、村全体をカバーできるネットワークが完成します。インターネットが富裕層だけにとどまらず、大衆を巻き込んで広がっているのは、こうした構造による面が大きいといえるでしょう」と村井教授は話す。

誰でも、どこでも 世界で進むICTの活用

近年、ICT化の波は、医療、教育、防災、農業など幅広い分野で広がりを見せている。日本は2003年の政府開発援助(ODA)大綱の中で、ICT分野の協力を持続的成長のための支援の一環として位置付けており、実際に国際協力の現場でもICTの活用事例が増えている。村井教授は、さまざまな機会やサービスを誰もが享受できる仕組みを作るために、ICTの活用は有効だと話す。「例えば、途上国のキオスクにはインターネットが整備されている所もあり、健康に関する情報などに誰でも無料でアクセスできます」

一方で、今後ますますICT化の進展が予想される中、それぞれの国がICTとどう関わっていくのか、そして情報をどう管理していくのか、しっかりとした政策を策定する必要がある。「今、大きな課題となっているのが、サイバー攻撃を防ぐためのサイバーセキュリティー対策です。コンピューターが誤作動を起こすかもしれないとの不安が広がった2000年問題と、翌年のアメリカ同時多発テロ事件を契機に、インターネットを適切に管理しなければ経済活動が破綻するかもしれない、さらには国民の命が脅かされるかもしれないという認識が国際的に高まりました」と村井教授。こうした対策は途上国では立ち遅れているため、日本は専門家の派遣や研修などを通じて支援している。

これから先、ICTに関する行政機関の役割はより一層重要になるはずだと予想する村井教授は、日本の自治体が行った好事例として徳島県の取り組みを挙げる。「約10年前、徳島県は糖尿病死亡率が全国最下位でしたが、その原因を分析する中で、県内の自動車登録台数が人口より多いという統計データに行き当たりました。そこで、徳島県は県民に対して万歩計を配り日常的に歩くように呼び掛けました。その結果、糖尿病の患者数が大幅に減ったのです」。これは、健康対策と交通対策の担当部署が、業務の垣根を越えて連携した好事例だが、その"つなぎ役"を果たしたのが、誰でもアクセスが可能なインターネット上のデータだ。「ある役所が持っているデータが、別の国や地域が抱える課題を解決する糸口となり得るかもしれません。世界の課題を、どの知恵で、どの技術で解決できるのかを考えるために、国を越えて最適な力を合わせられる環境をつくる−ここにICTの使命があると思います」と村井教授は語る。

新しい未来を切り開く力に−。ICTの可能性はさらなる広がりを見せそうだ。

編集協力:慶應義塾大学 環境情報学部 学部長 村井純教授