伝統の息づく地に栄養の光を グアテマラ

5歳未満の子どもの約半数が、慢性的な栄養不良の状態にあるといわれているグアテマラ。
伝統的な生活様式を残すマヤ系先住民族が多く暮らす地域で、母と子の栄養改善を目指す取り組みが進んでいる。

マヤ文明から続く 伝統的な食文化

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6カ月未満の子どもの母親に食生活に関するアンケート調査を実施。先住民族の言葉を話せる看護師や教師などを調査員として雇ったことで、地域の食生活に対する理解が進んだ

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グアテマラ キチェ県

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地元で伝統的に分娩(ぶんべん)を手掛けている助産師(右)が同席する中、妊婦に前日に食べた食材や料理の摂取量などについて、現地で一般的に使用されている食器を用いて尋ねた。保健施設だけでなく、伝統的な助産師も活動に巻き込み、栄養改善とともに母子保健サービスの改善を目指す

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チャフル市栄養回復センターでの2歳未満の子どもの母親を対象としたグループディスカッションの様子。深刻な栄養不良の子どもとその保護者を受け入れるこの施設では、食事に関する講義や実習を行い、退所後も継続できるように支援している

紀元前1500年から16世紀ごろまで、中米地域一帯に複数の都市国家を展開して栄えたマヤ文明。マヤの人々は古代より森を切り開き、トウモロコシを栽培してきた。国民の半数近くをマヤ系先住民が占めるグアテマラでは、現在もトウモロコシが主食だ。すり潰したトウモロコシの粉を練って平たく焼き上げたトルティーヤを、フリホーレスと呼ばれる煮豆といただくのが、最も一般的な食事。乳児にもトウモロコシの粉を主原料としたアトルという飲み物を与えるのだという。そんな同国の食生活は、ある問題を抱えている。

「山岳地で伝統的な暮らしを守って生活する先住民族が多いこの国では、大人も子どもも栄養不良の割合が高いのです。偏った食習慣や貧困に加え、言語や地理的理由から保健医療サービスにアクセスしづらいことなど、原因は多岐にわたります」。そう説明するのは、開発コンサルティング企業のアイ・シー・ネット株式会社の菱田裕子さんだ。JICAは昨年6月から、グアテマラの中でもマヤ系先住民が人口の9割を占めるキチェ県で、母子保健や栄養状況の改善を目指すプロジェクトを実施しており、菱田さんはその総括を務めている。

グアテマラは、5歳未満の子どもの慢性栄養不良の割合が世界的に見ても極めて高い。この問題を解決する上で特に重要なのは、将来の身体・知能の発育に大きな影響を与える2歳までの適切な栄養摂取だ。同国政府は現在、「1000日の窓」と呼ばれる政策の中で、妊婦と2歳未満の子どもを対象に、母乳育児の促進や生後6カ月からの離乳食の改善を含む10の活動を進めている。キチェ県で実施中のプロジェクトはその取り組みを後押しするものだ。

プロジェクトでは、キチェ県内の住民の栄養状況の調査から着手した。妊婦を対象に、連続しない2日間に食べた全ての物について聞き取り調査を行ったところ、エネルギー摂取のほとんどは炭水化物からで、脂質やカルシウムの摂取量が少ないことが分かった。

さらに、2歳未満の子どもを持つ母親には、食生活に関する知識についての聞き取り調査を行うとともに、子どもの身長と体重のデータも収集。その結果、2歳未満の子どもの約半数に、"年齢の割に身長が低い"という慢性栄養不良の傾向が見られた。

調査では、妊産婦の識字率は約50%にとどまり、9割の世帯が低収入であることも分かった。この結果から、文字が読めないために妊婦が妊娠期間に必要な栄養などについての情報にアクセスできなかったり、経済的な理由でたんぱく質に富む食品の入手が困難であったりする可能性が推察された。「妊娠中もトルティーヤとフリホーレスを1日3食というような偏った食事を続けている例が少なくありません。また、2歳未満の子どもの母親を対象とした調査結果からは、離乳食の形状や量が発育段階に合っていないことが考えられます」と菱田さんは指摘する。

地域の特性を理解し 効果的支援を

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聞き取り調査の内容の確認作業について指導する野末さん(左)

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アドリアン・チャベス保健省副大臣(左から2人目)との面談。プロジェクトの目的や保健省の政策との整合性などを確認し合った

調査で得られたデータはグアテマラの保健省やキチェ・イシル保健管区事務所などと共有し、これまで定期的に収集してきたデータと合わせて今後の活動計画の策定に利用した。「数値の背景を理解するため、現地の職員たちに"なぜ"と問い続けました。職員たちは、課題改善のためには単純な数の増減だけでなく、割合や傾向の把握が重要なこと、また、数値の分析結果や今後の予測に基づいた目標設定が必要であることなどが分かったと話しています」と菱田さん。

プロジェクトでは今後、妊婦に必要な栄養素や食事の量などの情報を提供するため、妊産婦用のフードガイドを作成する予定だ。栄養改善の専門家として活動する国立研究開発法人国立がん研究センターの野末みほさんは、「6カ月までは完全母乳で育て、2歳まで母乳育児を継続することや、離乳食の量や形状を発育段階に合わせることなどを、乳児の1カ月健診時に、保健医療従事者がイラストのみで母親に分かりやすく説明できる媒体を作ることも提案しています」と説明する。現地職員らは、地域の識字率の低さや、文字が多すぎる既存の栄養パンフレットに問題意識を持っており、ニーズに即した支援を行う意義は大きい。

この他、野末さんらは女性たちがより確実に知識を実践に移せるよう、現地コミュニティーにもともと存在する母親同士のグループを巻き込み、互いの状況を共有して協力し合える環境づくりの強化にも取り組む。

活動の対象地域は、スペイン語が通じないだけでなく、かつて武装勢力の抗争で甚大な被害を受けた地域でもある。そのため、人々の警戒心が強く、信頼を得て課題を適切に把握しながら活動を行うことは簡単ではない。「一人でも多くの妊婦や母親、子どもたち、さらには、コミュニティーの人が楽しく活動に取り組んでくれることで、地域の栄養改善につながると信じています」と菱田さん。挑戦は始まったばかりだ。