難民という境遇を生きる女性たち ヨルダン

女性の家庭外での就労に対して、男女共に否定的な考えを持つ人が多いアラブ社会。貧困が深刻化しているパレスチナ難民キャンプでは、女性の可能性を広げ、生計向上につなげる取り組みが進む。難民女性の安定した生活基盤づくりに奮闘する人々の思いを追った。

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起業家支援の研修参加者とDPAの研修講師(中央)。女性が何日も家を空けることが難しいアラブ社会の文化背景を踏まえ、研修は1回完結型としている

難民キャンプに広がる貧困 女性が働くのは恥?

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バカアキャンプ(パレスチナ難民キャンプ)

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バカアキャンプの中の市場。難民自身が営業する店が軒を連ねる

ここは街なんだ−。ヨルダンの首都アンマンから北へおよそ20キロ。"普通の"街中の道路を走っているものと思っていたが、そこはもう、パレスチナ難民が暮らすバカアキャンプの敷地だった。難民自身が営む床屋や服屋に、大にぎわいの市場通り。思わずじろじろ眺めてしまうのは、難民キャンプという言葉のせいだろうか。

キャンプの"中"と"外"を区別する物的な境界線はない。だが、古びた建物の密集具合や、雨か生活排水か、濡れた地面にごみが目立つ路地の様子は、言われてみれば通り過ぎてきた街並みと少し違って見える。

ヨルダン国内で国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)に難民登録したパレスチナ人の数は、2016年1月時点でおよそ225万人。1968年に設立されたバカアキャンプには、現在、1.5平方キロメートルの敷地に約12万8000人が暮らす。

ここでの難民たちの生活は厳しい。バカアキャンプは、ヨルダン国内の他のパレスチナ難民キャンプに比べても、特に貧困率や失業率が高く、人々が経済活動に参加し、安定した収入を得られるようにすることが急務だ。

とりわけ、女性たちが現金収入を得る機会は限られている。それは、パレスチナなどのアラブ社会では、女性が外に出て働くことを"恥"とする風潮があるためだ。「彼らの文化では男女共に、妻が働くと夫の稼ぎが少ないと思われて恥ずかしい、と考えるのが一般的です。だから、男性は妻や娘が就職することを良しとせず、女性たちも働くことをためらいがちなのです」と、JICAのジェンダー(社会的性差)に関するプロジェクトに協力する専門家は説明する。

JICAがヨルダン外務省パレスチナ局(DPA)と連携して、難民女性の支援を始めたのは2006年。DPAは、バカアキャンプを含むヨルダン国内の4つのパレスチナ難民キャンプで、女性のための職業訓練センターを運営しており、JICAは訓練メニューの見直しや職員の能力向上に協力したのだ。その活動を通して見えてきたのが、女性が家庭の外で働くことに対する社会的偏見だった。そこで、2009年からは女性が現金収入を獲得できる機会を支援すると同時に、キャンプの住民である難民たちの間に女性の就労に対する理解を広めるプロジェクトを始めた。

女性に技術を 男性と社会に意識変革を

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DPAのマムーンさんは、女性の就労に対する意識の変革について「既婚女性やその家族に働き掛けることで、子どもたちにも良い影響が広がることを期待します」と話す

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ワークショップで講師を務めるDPAの女性職員。若い女性講師にとって、年配の男性を前に女性の社会参加促進について話すことは容易ではないが、回を重ねるごとに自信を付けている

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ワークショップに参加した男性。無意識のうちの男女差別や偏見に対して、参加者の「気付き」を促す

5人のパレスチナ難民の女性たちが鍋や計量器、薬品のようなものが並ぶ机を取り囲んでメモを取りながら楽しげに作業している。「試供品はいくらにしたらいいかしら」。彼女たちはDPAの女性職員の指導の下、ボディークリームの作り方を学んでいた。

ほんの2時間足らずで、机の上は数種類のクリームでいっぱいになった。和気あいあいと香りや使い心地を確かめる彼女たち。皆、出来栄えに満足のようだ。

これは今年1月中旬、家庭の外で就業することが困難な既婚女性向けに、DPAがバカアキャンプ内の職業訓練センターで実施した起業家支援の研修の様子だ。研修の狙いは、女性が外で働かなくても自宅で手軽な商品を作って収入を得られるようになること。

「キャンプの難民の中でも、特に経済状況が厳しい家庭の女性を研修の参加者に選んでいます。難民の女性は男性に比べて雇用の機会が少なく、教育水準も低いのが現状です」。そう話すのは、12万人が住むバカアキャンプを統括するマムーン・アルホールさんだ。マムーンさんは、職業訓練センターの研修講師として難民女性の技術習得を支える役割も担っている。

2009年以降、プロジェクトの第1期と2期ではJICAが資金面を支援して研修を行ってきたが、3期目を迎えた現在は、DPAが資金援助を受けずに独自に活動を継続している。長期にわたる協力を通じて、プロジェクト従事者の間にも、それだけ当事者意識や使命感が高まっている証だ。

JICAはプロジェクトの第2期からはこうした起業家支援に加え、女性の就労に対する人々の否定的な見方を変えるための啓発に注力してきた。バカアキャンプでは、「女性が外で働くのは恥ずかしいことか」「イスラム教では女性が外で働くことを認めているか」などのテーマの下、定期的にワークショップを開催した。

これまで延べ1800人の難民がワークショップに参加したが、年配の男性参加者の間では、「女性の就労に対する恥の文化をなくすことには賛成だが、自分の妻が工場などで働くことには反対だ」などの意見が目立ち、講師のDPA職員と言い争いになることも少なくない。こうした中、男性として、女性の家庭外での就労を促進するマムーンさんの立ち位置は極めて重要だ。

JICAのジェンダー専門家は、「アラブ社会では、女性の就労は、夫や父、兄弟など、男性の承認があって初めて可能になるため、コミュニティーで影響力を持つ人や年配の男性を巻き込んで、長期的な視点で行動の変化を促していくことが必要でしょう」と指摘する。

「私が家計を支える」女性の働く意欲を尊重

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その場で香水を作ってくれたファティマさん。定価の約6割が利益になるという。美容や縫製に興味を持つ2人の娘は、現在、キャンプ内で職業訓練を受けている

5人の子どもを抱えるファティマ・アブ・サフィアさんは、2012年に起業家支援の研修に参加して以来、キャンプ内の自宅で香水や石けん、洗剤などを作って販売し、家計を支えている。「初めての研修で作った香水を持ち帰って売ってみると、すぐに完売したんです。親戚のつてなどもあり、今ではキャンプの外にも多くの顧客ができました。自宅で働けるので、夫も快く見守ってくれています」

同じく難民であるファティマさんの夫は就労許可を持っておらず働けない上、2年前には心臓発作を患い、今でも通院が必要だ。「一家の大黒柱は私です。家賃を含めて最低でも月々約5万円はかかります。子どもが大きくなるほどお金がかかるようになるし、夫の治療費も工面しなければいけません。でも、こうして働けることが自尊心にもつながっています」

終始、控え目なファティマさんだったが、「今後は、マーケティングをもっと強化しなければいけません。JICAがキャンプ内に店舗を設置して、販売促進を支援してくれたらいいのですが」という言葉に、彼女の優れたビジネス感覚と上昇志向を垣間見た。

他のパレスチナ難民キャンプでも、同様の起業家研修を受け、その後、家族の協力を得ながら美容サロンの開業までこぎ着けた女性もいる。こうした素質を持ちながら、それらを生かすチャンスに挑戦することを許されない女性たちが、あとどれほどいることだろう。

女性の就労に対する人々の偏見を取り払おうと、キャンプの住民に働き掛け続けてきたマムーンさんは、「女性たちが自らの意思で働けるようになって収入を手にし、日々の暮らしに必要な物を買えるようになること、そして、キャンプ内の生活水準が向上することが私の願いです」と力強く語った。

約50年の歴史を持つバカアキャンプには、難民といってもここで生まれ育った世代が多くいる。ファティマさんもその一人だ。貧しい難民女性だから支援するのではない。難民である前に一人の人間だから、女性であることを理由に自発的な決断が制限されることのないよう、協力が必要なのだ。

もう一つの難民女性支援 母と子を守る新たな試み

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最近では、難民の多くがスマートフォンやインターネットのアクセスを持っているという。清田さんは、アプリの普及を期待する一方、「社会の健康なくして、人間の健康はありません」と難民を生み出す社会の現状に目を向けることの重要性を強調する

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母子健康手帳電子化のITシステム開発を手掛けるオマールさん。難民キャンプでニーズ調査を行い、JICAやUNRWAと議論を重ねながら、女性たちが求める製品作りに励んでいる

ヨルダンでは、母子保健分野でもパレスチナ難民支援が展開されている。JICAは2005年にパレスチナ向けの母子健康手帳の作成に乗り出し、その3年後には完成したアラビア語による母子健康手帳をパレスチナ全域に導入した。ガザ地区とヨルダン川西岸のパレスチナ自治区はもちろんのこと、ヨルダン、シリア、レバノンにあるパレスチナ難民キャンプでも、UNRWAの診療所を通じて母子健康手帳が配布されている。現在、より効果的な活用を目指してJICAが取り組んでいるのが、母子健康手帳の電子化だ。

紙媒体で定着している母子健康手帳をなぜ電子化するのか−。「母子健康手帳を電子化すれば、難民のように移動を余儀なくされた人々も、携帯電話のアプリ一つでどこへ行っても子どものケアや治療を継続できます。加えて、アプリならば誰でも手軽に使えるので、父親が活用しやすくなり、母子保健への父親も関与も高まると見込んでいます」。UNRWAの保健局長を務める清田(せいた)明宏さんはそう期待を寄せる。

アプリ開発が進む現在、最大の課題は、電子版母子健康手帳ならではの付加価値をどう付けるかだ。母子健康手帳電子化プロジェクトのITシステム開発を手掛けるオマール・アル・アゼーさんは、「ワクチン接種や外来予定などの通知機能を付けることはもちろん、写真をアップロードしたり、子守唄の機能をつけたりするアイデアも出ています」と話す。

母子健康手帳は普及率が100%であることに意味がある。今回のプロジェクトを機に電子版が紙媒体に取って代わるということではなく、それぞれのメリットを生かしながら併用を続けていくことで、難民が母子保健サービスに一層アクセスしやすくなることを目指す。

難民という境遇を生きる女性たち。祖国を失くした彼女たちが、自由な意思や大切な子どもまでもなくしてしまうことがないように、支えていく必要がある。彼女たちは、幸せな家庭を持つ母親になれるし、起業家にだってなれるのだ。

(編集部 湯澤絵里子)

パレスチナ難民

1946年6月〜48年5月の間、パレスチナ(イスラエル全域、ヨルダン川西岸、ガザ地区を含む)に在住していた人たちのうち、48年の第1次中東戦争(アラブ・イスラエル間)によってその地を追われた人とその子孫。国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)はパレスチナ難民を飢餓と困窮から救済するため、49年に設立された。