金融支援 生活を支え、産業を開く

硬貨、紙幣、ICカード乗車券、モバイルマネー。
私たちの生活は、さまざまな金融サービスに支えられて成り立っている。
企業の経済活動も、銀行などの金融機関が提供する商品やサービスがあってこそ、円滑に進めることができるのだ。
だが、世界の成人の半分近くはまだ銀行口座すら持っていない。
この格差を埋めることは、開発支援に欠かせない。

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©James Morgan/Getty Images

必要な人に資金を 市場と生活を支える金融

新年度が始まって1カ月が経った。新社会人の中には、新しく銀行口座を作った人もいるはずだ。給与が振り込まれ、生活費を引き出し、家賃や電気・水道代などが引き落とされ、将来に備えて貯蓄する。銀行のサービスは、私たちが日常生活を送るとき、切っても切れない重要な役割を果たしている。

もう少し上の年代の読者であれば、車や新居を購入するために融資を受けている人も多いだろう。銀行からの融資がなければ、何をするにせよ自分の手持ちのお金を使うか、知り合いに頼み込んで貸してもらうしかない。もし、私たちが銀行のサービスを受けられなかったら、日本の経済は今と同じように回っているだろうか?

国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標には、貧困層を含む全ての人が正規の金融サービスを受けられるようになること(金融包摂)が含まれている。人々の生活と生計にとって、金融サービスはそれほど重要だと考えられているのだ。一方、世界銀行の調べでは、先進国では成人の94%が銀行口座を持っているのに対し、開発途上国では銀行口座を持つ成人の割合は54%にとどまっている。男女でも差があり、世界全体で成人男性の65%が銀行口座を持っているのに対して、成人女性では58%だ(2014年版金融包摂データベースによる)。

では、どうすれば多くの人に金融サービスを届けられるのだろうか。埼玉大学の辻一人教授は、四つの要素を指摘する。「一つ目は、顧客側の問題。正規の金融サービスについての知識や信頼が行き渡っておらず、その重要性が理解されていなければ、誰も金融サービスを利用しようという考えは持たないでしょう。二つ目は、サプライサイドの問題。つまり、顧客、特に貧困層にとって魅力的な金融商品やサービスが提供できていないということです。三つ目は、市場ルールの問題。民間金融市場は適切な法規制が行われて初めて機能し、金融サービスが拡大します。また、市場ルールの整備は顧客保護にもつながるのです。四つ目は、金融インフラの不備。決済システム、融資情報の共有システム、担保処分制度などがなければ、金融商品の提供そのものが難しくなります。金融サービスが普及しない原因はこの四つのどこかにあり、その解決が金融部門での国際協力では不可欠です。必要とする人々に資金が届いていないからといって、ただ単にたくさんのお金を貸したり、渡したりするだけでは根本的な解決にはつながりません。むしろ市場の発展を阻害する怖れがあります」

民間市場を活性化 自力成長の原動力に

金融市場という言葉があるとおり、金融は規模だけでなく、市場の仕組みの発達が重要な分野だ。市場の中で民間資金が流通し、お金を持っている人のところから必要な人のところに資金が届くことが、経済発展の好循環につながる。資金が足りないところに一方的に公的資金を注入しているだけでは、民間の余ったお金は活用されず、公的資金が途絶えたときに産業の発展も途絶えてしまうと、辻教授は警鐘を鳴らす。「民間資金が十分に活用されるような金融市場作りは、決して簡単ではありません。しかし、実現することができれば、金融市場を民間資金に任せ、限られた財政資金は民間資金ではできない分野に限定して振り分けることができます」

だからこそ、金融市場の活性化に向けた四つの課題の解決に、より積極的に取り組んでいくことが必要なのだ。一時的な資金援助はあくまで金融市場を活性化する呼び水でしかない。市場の仕組みや管理体制の整備と並行して、利用者への金融教育や、より幅広い層をターゲットとした新商品の開発などを進め、対象の金融市場が抱える課題を見つけて一つ一つ解決していくことが金融支援の本質となる。

民間市場の発展は、公的部門によるルールやインフラ次第といってもいい。金融市場の仕組みに介入し、必要な人や有用な使い道に、持続的に資金が流れるようなマーケットを作り上げるための手助けをすることが、金融分野の国際協力の意義だ。

2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス氏の名前や、同氏が運営していたグラミン銀行という名称、あるいはマイクロファイナンス、マイクロ保険といった言葉は、日本でもよく耳にするようになった。さらには途上国のみならず、日本を含む先進国でも、生活困窮者向けの貯蓄サービスや少額ローンの導入検討が進んでいる。従来、正規の金融サービスを受けられず、不安定でインフォーマルな手段に頼っていた貧困層の取り込みに向けて、金融市場ができることはたくさんある。金融市場が適切に機能するようになれば、教育や福祉など公共性の高い分野でも、民間資金を使って庶民に手が届く価格で質のよいサービスを提供できるかもしれない。アフリカやインドでは、手ごろな学費で質のよい教育を目指す民間教育機関が増え始めており、金融市場の整備はこうした流れを後押しできる可能性が高い。

金は天下の回り物、ということわざがある。お金は社会を循環し、今は苦境にあえいでいる人の下にもいずれは豊かになる機会が巡ってくる、という意味だ。全ての人にお金が回る社会を作るために、民間市場の育成につながる金融支援が求められている。

編集協力 埼玉大学 国際開発教育研究センター所長 辻一人教授