私のなんとかしなきゃ! 山本 祐ノ介 指揮者・チェリスト

失われた音色を再び響かせたい

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2013年5月に友人の案内でミャンマーを訪れた際、国立管弦楽団の練習場所に立ち寄りました。彼らがシューベルトの交響曲第8番『未完成』の楽譜を持っていたのでその場で指揮したり、妻の京子がピアノを弾いてみせたりして楽しいひとときを過ごしましたが、演奏はお世辞にも上手とは言えませんでした。そもそも『未完成』に不可欠なトロンボーン奏者すらいなかったのには、驚くやらあきれるやら。1回だけの交流のつもりでしたが、翌日、滞在していたホテルに楽団員から電話がかかってきたのです。

同楽団は、2000年代初頭に発足しましたが、軍政時代に事実上の活動停止に追い込まれた歴史があります。「10年以上の時を超え、失われた音を取り戻すために指導してほしい」。そんな彼らの熱意に心打たれ、報酬どころか実費すら出ないにもかかわらず、気付いたらまた来ると約束していました。

最初に取り組んだのは、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の民謡のメドレー。「2014年に開かれるASEAN首脳会議の議長国としてふさわしいものを演奏したい」という彼らの希望に応えて、私が編曲したものです。張り切って練習に臨む楽団の様子は、ミャンマー国営テレビで国中に繰り返し放送されました。

2014年からは、国際交流基金の助成を受けてコンサートも開いています。首都ネピドーや古都マンダレーの他、商業都市ヤンゴンでは、国立劇場に加えてオフィスビルの中庭でも開催し、演奏場所が少しずつ広がってきています。

とはいえ、最初はどこから手をつけたらいいか分からない状況でした。ピアノがあると言われても、行ってみたら鍵盤が波打っていて音が出ないし、副業のために遅刻や無断欠勤も当たり前。楽譜もきちんと管理されていないなど、楽器を弾く以前の問題が山ほどあって、ため息をつきたくなることもしばしばあります。

それでも活動を続けているのは、ボランティアで協力してくれる日本人指導者やスタッフ、スポンサー企業など多くの方々の支えがあるから。何より、「音楽が好き」という楽団員たちの気持ちが伝わってくるたびに、もっといろいろなことを教えたくなります。

ミャンマーでは、まだクラシック音楽がそれほど知られていません。かつて日本に入ってきたばかりのクラシック音楽を広めるために奮闘した父や祖父の思いをミャンマーで追体験していることに、不思議な縁も感じます。いつか、このオーケストラがミャンマー人に愛され、誇りに思われる存在になるまで育てたい。父が指揮していた「ボストンポップス」と彼らを競演させたり、日本公演を実現したりできたら素晴らしいですね。

PROFILE

東京都生まれ。山本直純、岡本正美の作曲家夫妻の家庭に生まれる。東京芸術大学・同大学院を修了。第21回民音コンクール第1位入賞。東京交響楽団首席チェロ奏者、ハレーストリングクァルテットチェロ奏者などを経て、現在はソロチェリスト、指揮者、作曲家として活躍中。妻でありピアニストの小山京子氏と共に2013年より幾度となくミャンマーを訪れ、同国の国立管弦楽団の指導にあたっている。

なんとかしなきゃ!プロジェクト

「なんとかしなきゃ!プロジェクト」は、開発途上国の現状について知り、一人一人ができる国際協力を推進していく市民参加型プロジェクトです。ウェブサイトやFacebookの専用ページを通じて、さまざまな国際協力の情報を発信していきます。