故郷の夜明けを夢見て

紛争や迫害を逃れて故郷を追われる難民は、今この瞬間にも世界のどこかで生まれている。
近年、なぜ難民の数が急増しているのか。
そして、日本にできることとは−。
国際社会の大きな課題となっている難民問題にどう向き合っていくべきかを考える。

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写真:清水匡

深刻化する難民問題 受け入れ国にも変化が

2015年9月、1枚の写真が世界に衝撃を与えた。それは、トルコの海岸に打ち上げられた3歳の男の子の遺体。内戦で混乱するシリアから逃れるため、男の子は家族と共にトルコからゴムボートに乗りギリシャを目指したが、その途中でボートが転覆したという。近年、中東や北アフリカにおける治安情勢の悪化に伴い、地中海を越えてヨーロッパに渡ろうとする難民が後を絶たない。その途中で命を落とした人は、昨年1年間で5000人を超えた。そうした悲劇を象徴する写真は、国際社会が難民救済に取り組む機運を高めるきっかけとなった。

しかし、それも長くは続かず、ヨーロッパでは難民の受け入れを拒む声が一気に高まっている。その理由について、難民問題に詳しいNHK解説副委員長の二村伸さんは、「一つは、ヨーロッパに大量の難民が押し寄せ、各国の受け入れ態勢が追い付かなくなったこと。もう一つは、各地でテロ事件が相次ぎ、排外主義が広がったことです。テロを起こすのは難民ではなく、難民はむしろテロの犠牲者です。それなのに二者を同一視するような論調が広がっているのは危惧すべきことです」と指摘する。

こうした状況下において、難民は今も増え続けている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が毎年発表している「グローバル・トレンズ・レポート」によると、紛争や迫害によって家を追われた人の数は2015年末の時点で6530万人に上り、過去最多となった。「難民が急増している背景にあるのはシリア危機です。紛争が長期化し、500万人を超えるシリア難民が、隣国トルコやヨルダン、ヨーロッパなどに救いを求めて逃げているのです」と二村さんは説明する。

紛争の様子は日本でも頻繁に報道され、難民といえばシリア難民を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。しかし、シリアだけでなく、世界のさまざまな国で難民は発生している。南スーダンでは紛争から逃れる人が日に日に増えており、コロンビアやイラクなどでは、紛争や暴力から逃れるために国内の他の地域に避難している国内避難民が問題となっている。また、注目される機会は比較的少ないが、アジアにもミャンマーのロヒンギャなど難民問題は存在するのだ。

将来の復興のために 長期的な視野で支援

戦後最大ともいわれる難民危機に対して、昨年9月の国連サミットで安倍晋三内閣総理大臣は、「日本は国際社会との緊密な連携の下、難民・移民問題の解決のために主導的な役割を果たしていく」と表明した。日本の難民支援の特徴は、難民に対する直接的な"人道支援"と、受け入れ国やコミュニティーの経済発展を支える"開発支援"を一体的に進めている点だ。例えば、シリア難民を受け入れているヨルダンで、JICAは難民への研修を通じた電力分野の技術者育成支援に取り組む一方、円借款を通じてヨルダンの財政再建に向けた支援も行っている。

また、JICAは今年からシリア難民を留学生として日本の大学院に受け入れるプログラムを実施する。民間レベルでも、日本語学校と協力してシリア難民を留学生として受け入れる団体が出てきている。「難民となった人々がいずれ祖国に帰ったときに復興や再建に取り組んでいくためにも、教育支援は特に重要です」と話す二村さん。シリア人留学生の受け入れを「日本の難民支援における新しい一歩」だとした上で、「ドイツでは大学単位でシリア人留学生のために奨学金を出していますし、カナダでは政府の認可を受けて難民を受け入れている民間団体が100を超えています。日本もこうした国から学べることはまだまだ多いと感じます」と指摘する。

政府や国際機関、NGOや企業との連携が欠かせない難民支援。それに加えて、私たち一人一人が関心を持つことが大切だと二村さんは話す。「日本では、難民問題をどこか遠い世界の出来事のように感じる人が多いのですが、日本にも難民はいますし、難民認定を待ち続けている人も大勢います。彼ら、彼女たちは、私たちと変わらない普通の日常を送っていたのに、突然家を追われることになったのです。そうした難民の境遇や、彼らが何を求めているのかを知ることが何より大切なのです」

決して簡単な道ではないが、日本にできること、そして私たち一人一人にできることを考え地道に続けることが、不幸にも難民となった人々が元の生活を送るための一歩につながっていく。

編集協力 NHK解説副委員長 二村伸