大地溝帯に眠る力を、未来のエネルギーに エチオピア

世界第3位の地熱資源量を有し、地熱発電機器では世界市場シェア約7割を誇る日本。
自国で培った技術を生かして、世界各国で地熱発電事業における幅広い支援を手掛けてきた。
今、日本と手を結び、地熱発電所の建設を目指しているのが、アフリカのエチオピアだ。大自然を相手にした壮大なプロジェクトに迫った。

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勢いよく蒸気を噴出するアルトランガノ地域の地熱生産井。2本とも日本が「環境プログラム無償資金協力」を通じて掘削を支援。深さはそれぞれ2,000メートル近くある(写真:苅部太郎)

水力依存から電源多角化へ 豊富な地熱資源に期待

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アディス・アベバ

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発展が著しい首都アディスアベバの街並み(写真:苅部太郎)

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夜になっても、中心部では明かりが消えることなく、多くの電力が消費されている(写真:苅部太郎)

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ソドレにある天然の温泉。男湯と女湯に分かれ、水着を着用して楽しむことができる(写真:苅部太郎)

パイプに備え付けられたハンドルを職員が4人がかりで回すと、ゴーと地面が唸るような音が辺りに響きわたる。数分後、パイプの先にある巨大な井戸から白い蒸気が噴出し、たちまち空高くまで立ち上った。

6月初め、筆者が訪れたのは、エチオピアの首都アディスアベバの南約200キロに位置するアルトランガノ地域。ここでは、新しい地熱発電所の建設を見据えたプロジェクトが進められている。日本はこれまで、発電に欠かせない生産井と呼ばれる井戸2本の掘削を支援した。生産井とは、地中深くにある蒸気や熱水をくみ上げる井戸のこと。勢いよく吹き出す蒸気からは、地熱開発の大きな潜在力を感じた。

人口が9900万人に達し、年々増加の一途をたどるエチオピア。オフィスビルや商業施設の建設、工業団地の開発などが進み、電力需要のさらなる拡大が見込まれている。「この国では、約4300メガワットある設備容量(発電設備の最大能力値)のうち9割以上を水力発電が占めています。しかし、水力だけでは乾期に電力供給が不安定化する恐れがあるため、季節や天候に左右されず、一定量の電力を安定的かつ低コストで供給できる"ベースロード電源"の開発が課題となっているのです」と、2015年から地熱開発アドバイザーとして同国に派遣されている林まゆみ専門家は説明する。そこで、エチオピア政府が目を付けたのが、国内の潜在資源が5000メガワット相当と見込まれている地熱だった。

エチオピアの人たちにとって、地熱はもともと身近な存在だ。それを感じられる施設が、アルトランガノ地域から車で約1時間のソドレという町にあると聞き、向かった。入場ゲートをくぐり奥に進むと、その先にあったのは天然の温泉だ。20人ほどの人が気持ちよさそうにお湯に打たれたり、体を洗ったりしていた。「地元の人だけじゃなく、観光客にも人気なんだ」と温泉客の一人が教えてくれた。地球内部で対流するマントルの影響で、アフリカ大陸を東西に分断する大地溝帯が走っているエチオピアには、数々の温泉があり、アディスアベバの中心部にも温泉施設が存在する。

難航する地熱発電事業 壁は高い専門技術とコスト

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GSEで地熱開発部門の最高責任者を務めるソロモンさん。さまざまな援助機関との調整役も担っている(写真:苅部太郎)

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地熱開発アドバイザーを務める林専門家。「現地の人と信頼関係を築き、さまざまな相談を受けるようになったことで、この国が抱える課題が見えてくるようになりました」と話す(写真:苅部太郎)

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現在は操業が停止しているアルトランガノ地域の地熱発電所。エチオピア政府は、この発電所の改修計画についても検討している(写真:苅部太郎)

エチオピアで地熱開発が始まったのは1970年代のこと。しかし、探査や掘削などには高度な技術を必要とする上、資源量を評価するための試掘には億単位の費用がかかることから、なかなか発電事業につなげることができずにいた。こうした中、JICAは2013年から約2年半の技術協力プロジェクトを通じて、同国の地熱有望地点22カ所において、既存のデータの分析や新たな地質・地化学調査を行いながら、「地熱開発マスタープラン」の策定を支援してきた。このプロジェクトに関わったエチオピア地質調査所(GSE)のソロモン・カベデさんは、「日本人専門家が付き添って指導してくれたことは、非常に有益でした。計画の立て方や、実践的な調査技術はもちろん、専門家の方たちの仕事の正確さや真面目な姿勢からも、多くのことを学びました」と当時を振り返る。

エチオピアでは、主に地表調査を管轄するGSEと、その後の掘削やプラント建設といった発電事業を管轄するエチオピア電力公社(EEP)が連携して地熱開発を担っている。2年間GSEに配属された林専門家は、組織が抱えている課題やニーズを吸い上げ、解決策を見出そうと奮闘してきた。「地熱開発アドバイザーのポジションは今回私が初めてなので、一からネットワークを構築しなければならないのが最大の難しさです。事業ありきで考えるのではなく、この国にとって何が持続的な開発につながるかを常に考えるようにしています」。そんな林専門家のサポートに対して、ソロモンさんも「プロジェクトの調整や研修の企画など、多方面から私たちを支援してくれています」と話す。

アルトランガノ地域は、エチオピア国内で最も早い時期から地熱開発が進められ、マスタープランでも有望地点の一つに位置付けられている。1980年代には同国政府が8本の井戸の掘削を行い、4本が蒸気噴気に成功。それらを利用した発電所も稼働していたが、2013年には完全に操業が停止してしまい、現在、地熱による発電量はゼロだ。「理由は、適切な維持管理が行われなかったことと、故障時にも部品が高価で調達できなかったことです」。こう説明するのは、EEPでアルトランガノ地熱開発のプロジェクトマネージャーを務めるフィクル・ウォルデマリアンさんだ。

そこで、日本は2013年に外務省が主管する「環境プログラム無償資金協力」を通じて生産井2本の試掘を支援した。これらを活用して、まずは小規模かつ短期間で稼働できる坑口発電プラントの設置を目指す。プラントは2019年完工予定で、その後、世界銀行による掘削プロジェクトとも連携して地熱発電所を新設する方針だ。フィクルさんは、「プロジェクトを推進し、掘削だけで終わることなく、きちんと発電所の運転につなげたいと思います」と意気込む。

業務は体力勝負 地道な調査の積み重ね

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国立公園で行われた地表調査で、磁気を測定するセンサーを地中に埋めるGSEのカベデさん(手前)(写真:苅部太郎)

アルトランガノ地域を訪れた翌日、近郊の町にある国立公園で行われる地表調査に同行させてもらった。目的地に到着すると、岩場のくぼみからはふつふつと温泉が湧き、辺りには蒸気が立ち込めていた。「これからこの山を登って、昨日設置した計測器を回収しに行きます。ここはきっと地熱のポテンシャルを持っているはずです」と話すGSEのカベデ・マンゲシャさんの声には、心なしか高揚感が感じられる。

この調査は、磁気を測定するセンサーと、電流を測定するセンサーを地中に埋め、そこから採取したデータを基に、地下の割れ目の方向性や、熱水で変質した岩石の分布などを推定するというものだ。測定には半日から1日かかるため、計測器を設置したら翌日の朝に回収し、そこから次のポイントに移動してまた計測器を設置するという形で調査を続けている。

マスタープラン策定プロジェクトのときに、日本人専門家から調査のやり方を教わったというカベデさん。今では、昨年GSEに入ったばかりのアサファ・イェスマウさんを指導するほどに成長し、手際よく作業を行っていた。「これからデータを事務所に持ち帰り、詳しく分析することになります。現場仕事で体力のいる役割ですが、私にとっては非常にやりがいがあります」とカベデさんは笑顔を見せた。

人材育成と組織改編 日本が寄り添い支えていく

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今年3月の研修に参加したEEPのテセマさん(左から2人目)。北海道と福島県の3つの地熱発電所を訪問し、担当者から説明を受けた

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MoWIEのサヘレさん。「若手の技術者の雇用と人材育成の継続も、取り組まなければならない課題の一つです」(写真:苅部太郎)

取材の中でさまざまな担当者に今後の課題を尋ねると、ほぼ全員が口にしていた言葉があった。それが"人材育成"だ。地質学、地化学、物理探査、発電所の建設、運営、メンテナンスなど、地熱開発には幅広い分野にまたがる専門技術や知識が必要とされる。こうした背景を踏まえて、日本は多彩な研修に加え、鉱業分野を担う行政官や研究者に日本の大学院での教育の機会を提供する「資源分野の人材育成プログラム(資源の絆プログラム)」を通じて、エチオピアの地熱人材の育成を支援している。

EEPのテセマ・オルゲッチョさんは、今年3月に日本で行われた約2週間の研修に参加。北海道の森地熱発電所や洞爺湖温泉のバイナリー発電の他、地熱に関する研究機関などを訪問したという。「日本の地熱発電事業がどのように始まり、どのような経験を積んできたのかを知ることができたのは興味深い体験でした。帰国後は、研修で学んだことを他の職員にも共有しています」

一方、GSEのデジェネ・ムルゲタ・ベケレさんは、今年9月から資源の絆プログラムを通じて、九州大学大学院に留学することが決まっている。デジェネさんは、昨年度の選考試験では不合格だったが、それから英会話学校に通ったり、林専門家からのアドバイスを基に何度も研究計画を書き直したりして、2度目の挑戦となる今年度は見事試験を突破した。「物理探査の解析・分析の確度を上げるために、九州大学で専門性を磨くことが目標です。そして将来は、日本とエチオピアの地熱関係者をつなぐ懸け橋になりたいと思っています」とデジェネさんは話す。

現在、エチオピアの水・灌漑・エネルギー省(MoWIE)は、省の傘下に、EEPとGSEの地熱開発部門を統合させた新組織を設立しようと取り組んでいる。MoWIEのサヘレ・タミル・フェカデさんは、「資源開発や事業運営の効率性を高めるためにも、2つの機関を統合させることが効果的だと考えています。どうすればそれぞれの技能や専門技術を持ち寄りながら、最適な組織を作れるのかを検討中です」と話す。新組織設立の機運が高まるきっかけとなったのが、昨年7月、MoWIEの副大臣をはじめ、さまざまな地熱関係者が参加したワークショップだ。林専門家が中心となって企画したこのワークショップでは、他国の組織体系についても紹介され、エチオピアにおける方向性を参加者全員で考える場となった。

「今はまさに次の段階に進むための過渡期です。これからは民間企業も誘致しながら、2030年までには、地熱によって2000メガワット規模の発電を実現させたいと考えています」とサヘレさんは語る。成果が出るまでには多くの時間を要する地熱開発。それでも、エチオピアの人々に安定した電力を届けるため、マスタープランの策定から、試掘、プラント建設、研修事業に至るまで、日本が持つ技術を総動員させた取り組みが続いている。

(編集部 中森雅人)

オルカリアI 4・5号機地熱発電事業 ケニア

日本はケニア・リフトバレー州のオルカリア地域において、オルカリアI地熱発電所4・5号機(70メガワット×2基)の建設を支援している。同地域には複数の地熱発電所が存在するが、4・5号機をはじめ、使用されている蒸気タービンのほとんどが日本製だ。2015年1月に稼働を開始した同発電所の貢献もあり、2012年時点では同国の総発電設備容量に占める地熱発電の割合は13%だったが、今では約30%まで成長。電力安定供給を目的とした電源の多角化を政策に掲げるケニア政府は、引き続きベースロード電源として地熱開発を推進する方針だ。発電所の建設支援は、まさにこれから日本がエチオピアで行おうとしていることであり、ケニアの経験が一つの参考事例となることが期待される。