次の世代に変わらない音色を ヤマハ

原材料の調達から製品・サービスが顧客に届くまで−
バリューチェーンを見直すことも、SDGs達成への一歩となり得る。
総合楽器メーカーのヤマハ株式会社は、管楽器に使用される希少木材の安定調達を実現するために、アフリカ東部のタンザニアで新たな取り組みを始めた。

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アフリカン・ブラックウッドの生育環境などを把握するため、タンザニアで調査を行うヤマハ株式会社の仲井さん(右)

楽器と森林をつなぐ 将来を見据えた挑戦

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タンザニア

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森林には、細くて使用できないアフリカン・ブラックウッドの先端部分が、伐採されたまま放置されていた

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NGOの職員や村人と共に、苗木作りに取り組む仲井さん。「今後は、村人のインセンティブを向上させるための取り組みも必要です」と意気込む

クラリネット、オーボエ、ピッコロ。オーケストラや吹奏楽に欠かせないこれらの楽器の管体は、何でできているかをご存知だろうか。「アフリカン・ブラックウッド」−その名の通り、タンザニアやモザンビークを中心とした東アフリカに分布する黒い木材だ。高密度で木目が細かく、音響的に優れた特性を持つことから、楽器製造業界では非常に重要な材料として認知されている。

ところが、近年その資源量は減少しており、国際自然保護連合のレッドリストでは「準絶滅危惧」に分類されている。その要因の一つが、木材全体のうち一部しか楽器に使用できないという利用効率の低さ。楽器用材料としての厳しい基準を満たさなければならないため、木材の大部分が製材時に廃棄されているのだ。また、タンザニアでは、林業よりも主要産業の農業や畜産業の方が政策の優先順位が高く、森林管理が思うように進んでいないことも減少に拍車をかけている。

「私たちも、数年前からアフリカン・ブラックウッドの調達性が危ういという話は頻繁に耳にしていました。しかし、同時に木材はまだ潤沢にあるという話も入ってくるなど、情報が二転三転する状況が続いていたのです。会社のリスクを減らすためにも、対策を検討する必要がありました」。こう話すのは、世界的な総合楽器メーカーであるヤマハ株式会社の仲井一志さんだ。大学院で森林科学を専攻した仲井さんは、ヤマハ入社後は木材の技術開発部門で、アフリカン・ブラックウッドの代替材料の開発に携わってきた。しかし、特徴的な外観と性質を他の木材で再現することは現時点では難しく、2015年に新たな対策に乗り出した。アフリカン・ブラックウッドの安定調達の実現を目指して、タンザニアで森林管理協議会(FSC)認証材の生産に取り組むNGOと協力しながら、住民参加型の森林経営と植林活動を行うというプロジェクトだ。

15年秋に、タンザニア南部のキルワ地区を訪れた仲井さんは、FSC認証林の状況や、加工・流通企業などを調査した。「森林では、樹幹の形状が均一でないといった形質が悪い木も見受けられましたが、きちんと管理すれば持続的に木材を調達できる可能性を感じました」と仲井さん。現地のNGOともビジョンを共有し、事業化できる手応えを得たため、昨年、JICAの民間連携事業を活用した3年間のプロジェクトをスタートさせた。

持続的な森林経営 地域社会と共に目指す

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苗畑の近くの小学校に通う地元の子どもたち

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NGOに所属するジョナス・ティモシーさん(左から4人目)は、苗畑の設計など主に現場での業務を担当。村人からの信頼も厚いという

今年に入り、プロジェクトでは2回にわたる現地調査を通じて、アフリカン・ブラックウッドの分布や生育環境などの基礎的なデータを収集した。さらに、植林地の選定や、苗木を生産する苗畑の整備なども着々と進んでいる。今回、植林地として選定した1.5ヘクタールの土地には、今年12月から来年1月にかけて1500〜3000本の苗木を植える計画だ。

これまで海外事業の経験がなかった仲井さんは、現地のNGOとの交渉やメールでのやり取りに毎回苦労しているという。「日本の常識が通用しないことは多いですし、現地の公用語はスワヒリ語なので言葉の壁もあります。できるだけ簡潔に相手に意見を伝えることと、自分自身のビジョンを“持続可能”、“森林”、“楽器”などのキーワードと共に繰り返し共有することを心掛けています」

持続可能な森林経営のためには、森林を有する村の参画も欠かせない。村で調査を行う際には、現地の慣習に従い、地元の委員会の承認を得てから村に入り、村から出るときも委員会に報告する。委員会にプロジェクトの目標などを話す際には、同行する現地職員に全て任せるのではなく、必ず仲井さん自身が英語で説明し、それを現地職員がスワヒリ語に翻訳して伝えるというプロセスを大事にしている。「小さいことですが、私が村人に語り掛ける姿を見せることに意味があると思っています」と仲井さん。「なぜ植林活動や森林管理が必要なのかを粘り強く説明するようにしています。加えて、これはまだ先の話ですが、木材が最終的に楽器になることを知らない村人が多いので、それも伝えていければと思います」

調査を通じて、ブラックウッドの適切な生育環境が徐々に明らかになってきた。今後はその結果を踏まえて、日当たりや苗木の間隔などを考慮した効果的な植林活動を行うとともに、木材利用率を向上させるため、既存の森林を適切に管理していくことが目標だ。「現地の産物に価値を見出し、その地域社会の繁栄を見据えて活動することは、最終製品メーカーが果たせる大事な役割だと思います」と仲井さんは語る。需要と供給の両面で、持続的に発展していけるビジネスの形が生まれつつある。