難民という個性を開発の力に モンスター・ラボ

働くということは、単に収入を得ることではない。
家族を養い、経済発展に寄与することは、働く人にとって自己実現と社会貢献を同時に実現する重要な生きがいだ。
株式会社モンスター・ラボは、高度な教育やトレーニングを受けながらもその能力を発揮する場のない人材を、自社の事業展開の一員として活用しようとしている。

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同社東京本社を訪れ、社員と交流したガザ地区の女性起業家たち。社員たちにとっても、大きな刺激となった

多様性とテクノロジー 世界を変えるITの力

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ヨルダン

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鮄川社長は、ガザ地区を含むパレスチナ自治区で通信サービスを提供するパルテル(パレスチナ・テレコム)も訪問した

都内有数の桜の名所として知られる目黒川。近隣の大通り沿いは話題の店が集まる繁華街だが、一本入ると閑静な住宅地が広がる。その目黒川と並行して走る中央環状線沿いに、さまざまなルーツを持つ約150人のスタッフが肩を並べて働くオフィスがある。音楽配信、ITサービス開発、ゲーム開発という三つの事業を手掛ける株式会社モンスター・ラボだ。

一見、多彩な人材を集めて開発事業に取り組むごく普通のIT企業に見える同社だが、今年から始まる新たな事業で、ヨルダンのシリア難民やパレスチナ自治区ガザ地区の若者たちと共に中東市場への進出を目指すことになった。

「中東は社会が発展し、資金も豊かで、ITソリューションへのニーズが高い地域です」と話すのは、同社執行役員の椎葉育美さんだ。「中でもヨルダンはIT人材育成に力を入れていて、近隣の産油国からのオフショア開発(自社のシステム開発を他国に依頼すること)を数多く引き受けている、中東屈指のIT国家なんです。さらに、ゲームの開発には国を挙げて力を入れていて、王立のゲーム開発センターがあるくらいです」

2006年創業の同社は、現在、国内外の企業からシステムやアプリの開発を引き受け、世界7カ国の拠点で開発を行っている。日本国内の拠点・スタッフに加えて、自社の水準を満たす海外拠点にアウトソーシングすることで、不足しがちなエンジニアリソースの供給や質の高いローカライズを実現できるのが強みだ。椎葉さんは昨年9月、アラビア語での開発など、中東市場を担える新拠点の可能性を視野に入れて、ヨルダンを訪問した。「訪問のきっかけは、NPOなどの有志の方々とお会いして、社会における企業の価値について話し合ったことです。それまで決してヨルダンや同国の難民事情について詳しかったわけではありませんが、現地でIT企業や技術系大学の関係者とお会いし、この人たちと一緒に仕事をしたいと思いました」

技術ある難民に働く場を 企業としての挑戦

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ヨルダンを訪れ、現地の子どもたちと交流した椎葉さん。この訪問で、同国でのビジネス展開の可能性を確信したという

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同社の海外拠点の一つ、バングラデシュオフィスのスタッフ。同社にとっては、人材にも、市場にも国境はない

その一方で、社長の鮄川宏樹さんは国連機関関係者などからガザ地区への進出の話を持ち掛けられていた。パレスチナ自治区のガザ地区は、福岡市よりわずかに広い360平方キロの地域に200万人以上が住むが、10年以上にわたり隣接するイスラエルとエジプトの両国によって国境を封鎖されている。工場などが空爆で破壊された結果、失業率は4割を超えており、ビジネスの確立は差し迫った課題だ。鮄川社長は今年1月、ガザ地区を訪問し、その現状を自ら確認。現地の若者たちを支援したいと考えるようになった。

椎葉さんが目指したビジネスとしてのヨルダン進出と難民支援。鮄川社長が目指したガザ地区の若者支援。この二つを取りまとめて生まれた“平和の回廊作り”のアイデアを後押ししたのが、JICAの「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」事業だ。これは長年、国際協力を展開してきたJICAのネットワークを民間企業にも活用してもらうことで、ビジネスを通した開発課題の解決を目指すものだ。2月にこの制度を知った椎葉さんは、鮄川社長をはじめとする社内の協力を得て、年度末の多忙を縫いながら3月末の締切日までに提案書を完成。7月に無事採択された。

「提案書の作成中に、たまたま国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の招待でパレスチナの女性起業家が日本を訪問していたんです。そこで、無理をお願いしてご来社いただき、社員との交流をお願いしました。彼女たちとの対話を通して、当社の社員もこの事業の意義をより深く理解してくれましたし、その時にいただいたガザ地区の写真は私にとっても心の支えになりました」と、椎葉さんは振り返る。

計画が採用された今、同社は本格的に進出に向けた取り組みを進めることになる。もちろん、中東では初めての試みだが、ゼロからのスタートではない。「実は、NPOなどがこれらの国で若者向けにさまざまな専門教育プログラムを実施しているのですが、せっかく技術を身に付けても働く場所がないことが課題なんです。私たちの中東進出は、すなわちそんな若者たちに仕事を提供すること。これまでに現地で取り組みを行ってきた方々と協力して、難民人材が働く開発拠点の開設を目指します」

途上国の課題解決とはいうものの、開発のクオリティーを自社の求める水準以下にするつもりはないと、椎葉さんは言い切る。「顧客企業には、“難民スタッフが作っているから品質を妥協してくれ”と言うつもりはありません。代わりに、“難民スタッフに発注することも、顧客企業のCSR(企業の社会的責任)活動になりうる”ということは伝えていこうと思います」。つまり同社の取り組みが、顧客企業とシリア難民やパレスチナの若者との互恵関係を生み出す、というわけだ。

「シリア難民に対する労働ビザの取得手続きなど、これから越えなければならない壁はいくつもあります」と話す椎葉さん。それでも、ホスピタリティーあふれる中東の人々と共に、ビジネスとしての成功を目指す気持ちは変わらない。「ヨルダンを訪問したとき、この国の人たちを好きだと思ったのと同時に、“モンスター・ラボ”はこの国で愛される企業になれると直感的にひらめきました。5年後、10年後にこの国で一番のIT企業になれることを目指して、全力で取り組んでいきます」

JICAや国連関係機関、民間NGOなど、多くの組織や人々が自分たちの事業を後押ししてくれていると感じるという椎葉さん。同社が掲げる二つの目標、“多様性を生かす仕組みを創る”と“テクノロジーで世界を変える”の実現に向けて、新たな挑戦が始まる。