命と暮らしの基盤をつくる

世界各地で起こる災害。
国の持続的な発展のためには、ただ起きた被害を埋め合わせるだけでなく、
あらかじめ被害を防ぎ、影響を減らしていくことが必要だ。
積極的な防災への投資と、復興を通してより安全な社会をつくることの重要性が、
今、世界に浸透しつつある。

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自然災害の増加に伴い 高まる防災の重要性

"天災は忘れた頃にやってくる"。戦前の地球物理学者、寺田寅彦の言葉とされるこの警句を聞いたことがある人は多いだろう。日本には、世界で発生したマグニチュード6以上の地震のうち2割が集中しており、台風や活火山なども数えればきりがないほど災害と隣り合わせだ。そのため、古くから防災の意識が育まれてきた。「しかし、日本のように防災や備蓄の意識が普及している国は、そこまで多くありません」と、東北大学災害科学国際研究所の小野裕一教授は話す。「他の国にも、災害に対することわざなどはありますが、それが防災の文化として根付かなければ、被害は生まれてしまうのです」

災害に対する備えの文化も、国によって大きく異なる。ハリケーンに襲われることの多い米国南部では、あらかじめ保険を掛けておくことで、被災者は転居したり、家を再建したりするのが一般的な備え方。こうしたやり方は自由度は高いが格差が大きく、保険を掛けることができない人は何の保障も得られないという課題がある。さらに言えば、保険では災害の被害そのものを減らすことはできない。

「そもそも、台風が発生するアジアなど温帯・熱帯の国と、自然災害が比較的少ないヨーロッパでは、災害の感覚が異なります。ヨーロッパでは、災害といえば洪水や森林火災などが筆頭。大地震や、大規模かつ広範囲な暴風雨が場所を選ばず年に数回襲ってくる台風と比べると、生活基盤の破壊という意味では影響がまったく違うのです。日本国内ですら、勢力の強い台風が頻繁に上陸する沖縄と、それ以外の地域では、災害に対する意識に差があります」と、小野教授は指摘する。自然災害の発生頻度や種類が多い日本は、同じように災害が多く発生する開発途上国と同じ目線で防災に取り組むことができるのが一つの強みだ。

仙台防災枠組が打ち出す 防災のターゲット

持続的な開発のために防災の取り組みが欠かせないという認識は、国際社会全体が共有している。国連防災世界会議は1994年に初めて開催されて以来、およそ10年ごとに各国が集まり、防災に向けた方針を議論する場となっている。

これまで3度開かれた国連防災世界会議の舞台は、すべて震災を経験した日本の都市だ。1994年の第1回ではより安全な世界をつくるための10原則からなる"横浜戦略"が採択され、2005年の第2回では"兵庫行動枠組"として、災害に強い社会をつくるための5つの優先行動が定められた。さらに、15年に採択された"仙台防災枠組"では、7つのグローバルターゲットを設定するとともに、持続可能な開発目標(SDGs)との連携も打ち出されたのが特長だ。

「防災の取り組みは、すぐには効果がなかなか見えにくいもの。そのため、公共予算が必要にもかかわらず、予算を得にくいのが大きな課題です。防災投資の重要性をうたう仙台防災枠組が策定されたことで、途上国でも国内外からの防災予算を得やすくなるでしょう」と小野教授は話す。「一方で、日本が防災に積極的に取り組めるのは、予算を確保できる先進国だからだという批判もあります。けれども振り返ってみると、日本は戦後間もない1950年代から、防災の取り組みに積極的でした」

第二次世界大戦までの日本は国家予算に占める戦費の割合が非常に高く、他の分野は防災も含めて二の次にされてしまった。戦後はそのことが、幾多の風水害に端を発する多大な被害につながったのだ。まず防災に取り組まなければ戦後の復興が見込めないと考えた日本は、限られた国家予算から一定額を継続的に防災に振り分け、大規模な風水害の被害を抑えることに力を注いだ。このことが、後の経済成長の基盤となった。防災が成長のための投資だということを、日本は身をもって証明したといえる。防災は消極的に使われるコストではなく、成長のために積極的に投資するものだという考え方。これこそが、仙台防災枠組の肝となるものだ。

仙台防災枠組のもう一つの特長は、7つのグローバルターゲットに対応した38項目の評価指標を設定し、それを基に取り組みの成果を測るようになったことだ。目標年度である2030年に向けて、各国は防災対策に取り組んでいる。

「大洋州、アジア、アフリカ、中南米と、地域によって災害の種類は違い、社会を取り巻く経済状況なども異なります。それぞれの違いを踏まえて、その土地にあった防災の取り組みを進め、それを経済成長につなげていくことが大切です」と、小野教授は指摘する。例えば、熱帯低気圧の被害が多い東南アジアに対して、アフリカでは水害が少ない代わりに干ばつの被害が広がることが懸念されている。それぞれの地域にあった知見を使って、最適なプロジェクトを組み立てていくことが、各国の防災力を高めることにつながる。小野教授は、「防災面の取り組みにおいては、日本、JICAは世界から高い信頼を得ています。その知見を生かし、各途上国と協力して防災対策に資する人材育成や研究を進めていくことで、防災文化が浸透していくでしょう」と話す。

折しも今年9月、メキシコでマグニチュード8.1と7.1の大地震が立て続けに発生し、私たちは改めて災害の恐ろしさを突きつけられた。しかし、災害を記憶し、備えることで、大きな被害を防ぐことも可能となる。より良い社会を作っていくために、各国と手を取り合い、新たな時代の防災文化を育むことが大切だ。

編集協力:東北大学 災害科学国際研究所 所長補佐 小野裕一教授