世界とつながる教室 歩いてたどる経験と教訓 宮城県多賀城高校

地震や台風などの自然災害が多発するフィリピン。
同国の行政官らに東日本大震災の経験や復興への過程を伝えようと、宮城県多賀城高校の生徒たちがある取り組みを行った。
震災の痕跡をたどり、防災について考える1日に密着した。

自分たちのまちを 高校生が伝える

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歩道橋の下に貼られている「津波波高標識」について解説する宮城県多賀城高校の生徒。フィリピンの研修員は、生徒手作りのまち歩きマップを手に、津波の痕跡をたどった

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生徒手作りのまち歩きマップ

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末の松山での集合写真。生徒たちは、末の松山が百人一首の和歌に詠まれていることも紹介した

宮城県のほぼ中央に位置する多賀城市。東日本大震災では、180人以上が津波に巻き込まれ命を落とした。

震災後、宮城県多賀城高校では、当時の状況や復興の過程を伝えるため、同校を訪れた人たちと生徒が一緒に市内をめぐる"まち歩き"を続けている。これまで、県外の中学生や高校生、ドイツから来た高校生、オリンピック出場選手など、さまざまな人がこの"まち歩き"に参加。今年7月には、JICA青年研修事業の一環で来日したフィリピンの地方行政の防災担当者ら16人が参加した。

「震災の日には、あの位置まで津波が到達しました」。案内役を務めた生徒が指差しているのは、歩道橋の下に貼られている標識。これは、震災の翌年から、同校の生徒たちが市内に残る津波の痕跡を見つけ、その高さを示すために設置してきた「津波波高標識」だ。今では、電柱や駐車場の壁など市内の約100カ所に設置され、今回のまち歩きではそのうち20カ所をめぐる。途中、津波が逆流した砂押川や、東日本大震災だけでなく平安時代の貞観(じょうがん)地震による津波の難からも逃れたといわれる「末の松山」などを見学しながら、防災について考える約1時間のコースとなっている。

フィリピンの研修員たちを案内したのは、語学研究部に所属する生徒6人だ。大人数を相手に苦労しながらも、懸命に英語で説明していた。部長を務める佐藤千咲さんは、「なかなか思うように伝えられず反省点もありますが、貴重な経験になりました。この活動は今後も続けていくつもりです」と話す。

一方、研修員たちも、震災当時の状況や地域の防災対策について熱心に質問していた。副部長の秋山美温(みはる)さんは、「"津波によって浸水した地域は、人が住めないと判断して建物は取り壊すのですか?"という質問があり、そういう考え方もあるんだなと思いました。でも、被災したからといって諦めるのではなく、どうすればそこで安心して暮らせるのかを考えることが大切だと伝えていきたいです」と話す。

世界共通の防災対策 発信することの大切さ

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世界防災ジュニア会議では、多賀城高校の防災・減災の活動について発表した

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震災から6年となる今年3月、全国12の高校と中学校を集めて開催したワークショップ

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伝統的な衣装を身にまとい、生徒に歌とダンスを披露するフィリピンの研修員たち

防災・減災のリーダーとなる人材の育成を掲げ、多賀城高校では、2016年度に全国で2校目となる防災専門の学科「災害科学科」を新設。自然科学、科学技術、社会との関わりなど多様な切り口から防災について学ぶこの学科では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)や、海洋研究開発機構(JAMSTEC)など、研究の第一線で活躍する外部講師による特別授業も行われている。

さらに、同校では、「防災」「自然科学」「国際理解」の3つのプログラムを柱とした「持続可能な開発のための教育(ESD)」にも力を入れている。津波波高標識の他にも、津波ハザードマップに生徒それぞれが自分の通学路を書き込んだオリジナルの"通学防災マップ"を作成。登下校中に災害が起きた場合に適切な避難行動が取れるように、学校はもちろん、各家庭でも保管している。

2015年に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議のパブリックフォーラム「世界防災ジュニア会議」では、こうした防災・減災の活動について生徒が発表し、最高賞の金賞に輝いた。「さまざまな取り組みを通じて生徒たちの積極性が高まっていると感じます。最近では、自分たちの活動をもっと外に発信したいという思いも生まれているようです」と多賀城高校の佐々木克敬(かつのり)校長は話す。今年3月には、防災・減災の活動を行う全国12の高校と中学校を集めたワークショップを開催。総勢55人の生徒が、各地の震災の経験や学校での取り組みを発表し合い、「もし災害が起きる24時間前に戻れたら」という想定の下、どのような行動が取れるかについて議論した。

今回のフィリピンの研修員たちとも、お互いの地域の災害の現状や防災対策を発表し合った後、通学防災マップを使いながら意見交換を行った。サンホセ地方自治体で防災を担当するタコグドイフェ・コラゾン・マラヤさんは、「フィリピンでも遠方から学校に通う生徒がいるので、通学防災マップのアイデアは母国でも取り入れていけそうです」と話していた。

「成功例だけでなく課題も含めて、日本が災害に対してどのように対応してきたのかを海外にも発信していきたいのです」と佐々木校長。「そして、こうした国際交流を通じて、多角的に物事を考えることができる生徒を育てていきたいと思います」

東日本大震災の経験を世界に−。復興を支える若い力が、世界にも勇気を与えている。