よみがえる前浜 バヌアツ

オーストラリアの東に浮かぶ大小80以上の島からなるバヌアツ。
沿岸部は、サンゴ礁を中心に豊かな生態系に恵まれている。
だが一時期、ヤコウガイなど一部の水産資源が枯渇の危機に瀕した。
この動きに歯止めをかけるため、今、住民主体の資源管理が進められている。

写真:鈴木革(写真家)

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マンガリリウ村の前浜でヤコウガイを持つ研修員。世界遺産の一つである岩手県の中尊寺金色堂などで見られる螺鈿(らでん)細工に使用される貴重な貝だ

枯渇するヤコウガイ 住民主体で資源管理を目指す

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エファテ島

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バヌアツにおいて魚は貴重なタンパク源。マーケットでは、伝統食ラップラップに魚を添えて売っていた

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バヌアツで今も一般的に使われている手漕ぎカヌー

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マンガリリウ村のオオジャコガイ。プロジェクトの第1期でトンガから移植された母貝が成長し、再生産されている

バヌアツの漁は、伝統的に「前浜」と呼ばれる浅瀬の沿岸部で行われてきた。女性は浅瀬を歩いて貝を拾い、男性はカヌーで少し深い所へ行き魚を捕る。現代においてもその生活は変わらない。だが近年、人口の増加に伴い、前浜の資源は急激に減少している。特に、食用や螺鈿細工の素材向けに輸出品としても経済価値の高かったヤコウガイは、1980年代後半〜90年代初頭に乱獲が進み、首都ポートビラのあるエファテ島からほぼ消えた。こうした状況は、漁師たちの収入を圧迫する一方、魚介類は肉よりも高値で売買されるようになった。

豊かな前浜を取り戻すには、適切な資源管理が必要になる。同国ではこれまで、コミュニティーをまとめるチーフ(酋長)が禁漁区を設定するなど、地域ごとに独自の資源管理が行われてきた。しかし、禁漁区以外では無計画に漁が続けられるなどその効果は限定的だった。

そこで2006年に始まったのが、JICAの「豊かな前浜プロジェクト」だ。農業・畜産・林業・水産・検疫省(MALFFB)の水産局と共に、ヤコウガイやタカセガイ、シャコガイなど、資源の状況が観察しやすい貝類に焦点を絞り、エファテ島にある4つのコミュニティーで稚貝の放流や親貝の移植、資源管理計画づくりが行われた。

さらに、コミュニティー主体の資源管理も導入。2011年にエファテ島を含む3島で始まったプロジェクトの第2期では、特にこの活動に焦点が当てられた。同国でもともと行われていた資源管理の慣習を生かし、チーフの下に住民による資源管理委員会を組織し、禁漁区や禁漁期など、水産局の専門的な助言を踏まえた自主的な資源管理のルールづくりを進めた。組織作りを支援したアイ・シー・ネット株式会社の世古明也シニアコンサルタントは、「発言力の弱い若者や女性も委員会に加えることを水産局にアドバイスしてもらい、住民全体が資源管理に関われるようにしました」と語る。

自発的な取り組みの推進は、地元漁師たちの意識を変えた。その例の一つが、エファテ島の北にあるレレパ島だ。2015年3月、超大型サイクロン「パム」に襲われた際、同島の資源管理委員会が緊急招集された。そのとき、水産局の代わりに現地でプロジェクトを推進するコミュニティー普及員も務めるマックス・カルソンさんは、「食料を確保するため禁漁区を開放しよう」と提案した。同じような対策は他の地域でもとられたが、多くは開放されたまま放置された。だがカルソンさんは、開放中も海域の監視を続け、1カ月後に再び禁漁区へと戻したのだ。「このプロジェクトで資源管理の大切さを学んでいなければ、私も放置していたかもしれません」と、カルソンさんは語る。

他方、同国最南部に位置するアネイチュム島では、もともと住民による資源管理がある程度進んでおり、ヤコウガイの保護にも成功していた。エファテ島で放流したヤコウガイの母貝は、この島のものだ。課題は、前浜を伝統的に所有する一族を資源管理活動に参加させることだった。そこで、資源管理委員会がこの所有者に活動の意義を説明し理解を促したところ、住民による管理区域を6カ所設けることができ、活動が上手く回り始めた。コミュニティー普及員のルーベン・ネリアムさんは、「この島には、オーストラリアなどから大型クルーズ船が頻繁にやってきます。沿岸資源が増えることで観光業の活性化にもつながり、それが住民たちの資源管理のモチベーションになっています」と語る。

コミュニティーの変化は、実際に資源の回復につながっている。今年3月にプロジェクトの第3期が開始されたが、その際、第1期に放流したオオジャコガイやヤコウガイが広範囲に生息していることが確認されたのだ。「エファテ島のいくつかの場所では新たな稚貝が生まれているのが確認できて、非常に興奮しました」と、水産局調査養殖部マネジャーのソンペット・ガレヴァさんは当時を振り返る。

マンガリリウ村で研修 多様な代替生計手段を見学

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研修員にディベートの内容について説明する水産局のアモスさん(左から2人目)

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マンガリリウ村の若きチーフ。昨年亡くなった先代チーフの遺志を継ぎ、資源管理を積極的に進めている

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パンダナスの葉でポーチを編むマンガリリウ村の女性。これらは貝細工と共に村の入り口にある土産物屋で販売している

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エコラベルがついた貝細工。ラベルの作成には、水産局配属の青年海外協力隊員も協力している

貝の生息が確認された場所の一つ、エファテ島北部のマンガリリウ村。10月上旬、関係者向けの研修の一環で浅瀬を訪れた研修員たちは、夢中になって貝を探していた。一人が手の平よりも大きなヤコウガイを両手に持ち、写真撮影をしている。村のチーフであるモル・モルさんは、「この村にはもともと資源管理組織がありましたが、機能しているとは言えませんでした。このプロジェクトでアネイチュム島の事例などを参考に改善していくうち、住民たちもルールを尊重した資源管理ができるようになりました」と語る。

とはいえ、住民のモチベーションを維持することは難しい。なぜなら、管理海域を設定することは、短期的に見れば住民たちの食料確保や収入手段が限られることになるからだ。このため、プロジェクトでは住民の生計手段の多様化も目指している。その一つが、前浜よりも沖合で漁をするための浮漁礁や流通のためのソーラー冷蔵庫の導入だ。マンガリリウ村では、他にも村の女性たちによる貝細工作りを支援した。貝をよりきれいに磨く材料を調達し、商品のコストやデザインの改善などを女性たちと話し合った他、売り上げの一部を資源管理に充てることを消費者に示す"エコラベル"も開発した。

この貝細工に興味を示したのは、来年から本格的にプロジェクトが始まるエマエ島から研修に参加したコミュニティー普及員のジョージ・フランクさんとウィルソン・ロイ・ピーターさんだ。ピーターさんは、エマエ島に以前からある「Fenuataii(フェヌアタイ)」(現地の言葉で"陸と海"の意)という資源管理組織の代表を務めている。「我々は既に禁漁区を設けていますが、管理手法が確立できていないため、他の村の事例から色々と学んでいきたいです」と意欲を見せた。

村を見学した後、研修員たちは集会所に集まりフィードバックを行った。「マンガリリウ村の取り組みについて、資源面、経済面など4つの観点から持続可能性があるかどうかをグループに分かれて話し合ってください」と大きな声で説明しているのは、水産局普及部のジョージ・アモスさん。これまで日本の専門家と一緒に各コミュニティーで住民主体の資源管理の普及に取り組んできた人物だ。研修の進行やまとめ役も担う彼を、世古さんらは何も言わず見守っている。彼らに責任感や当事者意識を高めてもらうためだ。

プロジェクトが始まった当初、アモスさんら水産局の職員は学歴の高さからエリート意識が強く、住民に対して高圧的な態度をとっていた。だが、住民を尊重し寄り添いながら支援を進める日本の専門家を見て、姿勢が変わったという。アモスさんは、「我々の組織はトップダウン。コミュニティーをベースにするアプローチがあるということを、このプロジェクトで初めて知りました」と語る。

アモスさんはさらに、州政府をこのプロジェクトに巻き込むことを世古さんに提案した。これを受けて、世古さんも各州政府で地域の開発計画を担当する"エリアカウンセル"を中心に資源管理計画を作る仕組みを模索している。「コミュニティーにしてみれば、水産局からは資源管理、保健局からは衛生など、別々に言われても混乱してしまいます。全体の開発計画を示して、そのうち資源管理は他の分野とどう関連し、最終的にコミュニティーの発展にどうつながるかを示せば理解が深まるはずです。その役割をエリアカウンセルが担うようにしたいのです」と、世古さんは考えている。すでに、エマエ島ではエリアカウンセルの下で実際に計画を策定する"エリアセクレタリー"のクリストファー・ダニエルさんが動いている。「現在、資源管理だけでなく農業や若者、障害者など6分野で開発計画を作っていますが、各分野のつながりを意識して計画を立てています」

受け継がれる意思 国の開発計画に反映

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MALFFBのシン次官

プロジェクトは今後、ティラピアの養殖や効率的な流通経路の開拓、干物や燻製といった水産加工など、水産業の振興も支援していく。水産局のウィリアム・ナビティ局長代理は、「単なる物資供与ではなく、時間をかけて住民たちの意識改革を進めてくれたこのプロジェクトには感銘を受けました。我々は昨年末、新たな漁業政策を策定し、そこに住民主体の資源管理の普及を盛り込みました。これは、プロジェクトが終わっても我々が活動を継続していくという決意を示しています」と語った。

もう一人、このプロジェクトに大きな影響を受けた人物がいる。MALFFBのベンジャミン・シン次官だ。シン次官は昨年、2030年までの国家開発計画「バヌアツ2030」の策定に携わり、この計画の柱を経済、環境、社会の3つにすることを提案した。「これまでバヌアツ政府は、増税で財政を増やすというような経済だけを見た開発計画を立てていました。環境の改善や人々の生活および社会の向上が国を発展させるという視点が欠けていたのです。私はプロジェクトを通してこの視点を学び、国全体の開発計画に生かしたいと思ったのです」と教えてくれた。

日本の意思を受け継ぎ、自らの手で自然との共生の道を探り始めたバヌアツ。彼らの経験には、隣国のソロモン諸島も注目しており、現在、新たなプロジェクトの形成に向け現地調査が行われている。大洋州の海に広がり始めた住民主体の資源管理を、日本はこれからも見守っていく。

(編集部 川田沙姫)