共に見つけ出す 赤潮対策への道筋 チリ

海中のプランクトンが異常増殖し、海水が真っ赤に染まる「赤潮」。
日本では毎年のように全国各地の海で確認されているが、南米のチリでも2016年に記録的な赤潮が発生し、漁業に甚大な被害をもたらした。
これを受けて、日本の研究者たちが協力し、赤潮の発生を早期に予測するための研究プロジェクトが始まった。

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今年8月から9月にかけての現地調査で、サケの養殖場を視察する日本のプロジェクトチーム

水産業界を悩ます赤潮 前例のない研究が始まる

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サンティアゴ

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日本とチリの多数の関係者が集い、プロジェクトの趣旨や進め方などについて協議した

南米大陸の南西部に位置し、南北に長い海岸線を生かした水産業が盛んなチリ。日本もチリ産のサケを輸入しており、スーパーなどでもよく見掛ける。しかし2016年、チリでは大規模な赤潮の発生によって養殖場で約2300万匹ものサケが窒息死し、約1000億円の損害が生じる事態となった。

赤潮は、主に植物性プランクトンが異常増殖し、海や川などの水が変色する現象のこと。生活排水や工場排水が海に流れ、海水に含まれるリンやチッ素などの栄養分が多くなることが原因の一つと考えられているが、詳しい発生のメカニズムは分かっていない。

そこで、京都大学、岡山大学、中央水産研究所の3つの大学・研究機関が、チリの3大学と手を組んで立ち上げたのが、赤潮発生のメカニズムを究明し、発生を早期に予測するための研究プロジェクトだ。このプロジェクトは政府開発援助(ODA)を活用し、日本と開発途上国の研究機関が地球規模の課題解決に向けて共同研究を行うSATREPS(サトレップス)事業として、来年4月から5年間行われることになっている。

「チリ側の代表機関であるラ・フロンテラ大学の教授とは、学会で知り合って以来15年間の交流があります。昨年、その教授と魚病由来の病原菌に関する共同研究を進めていたとき、ちょうど大規模な赤潮が発生したのです。赤潮の調査は、共同研究の内容とも少なからず関連があるのではないかと考え、プロジェクトを立ち上げました」。こう説明するのは、日本側の研究者代表を務める京都大学大学院医学研究科の丸山史人准教授だ。

プロジェクトでは、まず赤潮の原因物質を特定するため、海水を採取して遺伝子解析を行うことにしている。従来の研究と異なるポイントは、プランクトン単体に注目するのではなく、赤潮全体を、藻類をはじめ、ウイルスや細菌といった微生物を含む生態系として考え、その中でどの物質がプランクトンの増殖を引き起こしているのかを明らかにするという点だ。原因物質が特定されたら、今度は海水からその物質だけを検出できるキットの開発を進めていく。最終的な目標は、海水をモニタリングしながら赤潮の発生を予測するシステムを開発することだ。

この予測結果をサケ・貝などの養殖業者や地元の零細漁民に発信することによって、赤潮が発生する前に、海水の栄養分を増やさないように餌を与えるのを止めたり、赤潮の影響を受けない場所に魚を移動させたりと、対策を講じることができるのだ。

現地調査で実感した 多くの関係者からの期待

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チリ・チロエ島にある貝の養殖場。ロープに二枚貝がびっしりと吊り下げられている

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保健省所轄の検査機関で貝を検査するスタッフ。以前、JICAの技術協力プロジェクトを通じて日本が供与した機材も使われている

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現地調査の全日程を終えて、白石博士の墓前でプロジェクトの無事を祈念した丸山准教授(前列右)ら

今年8月から9月にかけて、丸山准教授らプロジェクトチームのメンバーはチリを訪れ、詳細な計画を策定するための調査を実施。研究でタッグを組むチリ側の3大学を訪問した他、養殖場も視察した。縦30メートル、横30メートルの巨大な生簀(いけす)をいくつも組み合わせて100万匹以上ものサケを育てている養殖場や、長さ約200メートルのロープに等間隔で二枚貝が吊り下げられている養殖場など、その規模の大きさからも水産業がチリにとって重要な役割を担っていることが伺える。

「予想以上に興味を持ってくださる機関が多く、プロジェクトへの参加を希望する機関の調整には苦労しました」と丸山准教授が話すほど、赤潮問題に対する現地の関心度は高いものだった。中でも、チリの漁業振興研究所(IFOP)の参加が決まったことは、大きな意味を持つ。IFOPは、赤潮が南方から海流に乗って上昇してくるという仮説をもとに研究を進めており、その蓄積されたモニタリングデータが役に立つのではないかと期待されているのだ。

また、プランクトンの中には、食べた人に健康被害を及ぼす恐れのある「貝毒」を引き起こすものも存在するため、多くの貝を消費するチリにとっては危惧すべき問題だ。そこで、毎日200ケースほどの貝を検査している保健省もプロジェクトに加わり、人々の健康を守るという観点からも、赤潮発生の予測システムの開発を進めていくことになった。

「どんな人の話の中にも重要な鍵は隠れている」が信条で、さまざまな関係者との対話を大切にしている丸山准教授。今回の調査では地元の零細漁民へのヒアリングも行った。そのうちの一人からは、地元の養殖組合などを通じた説明会を頻繁に開催し、零細漁民からの理解を得ることが大切だという意見が聞かれ、今後プロジェクトの中に取り入れていくことになった。

チリの首都サンティアゴには、かつてサケ・マス研究者として現地に赴いた水産専門家、白石芳一博士の墓が建てられている。海を通じて深い絆を持つチリと日本。今、水産業を守るための新たな協力が幕を開けた。