それぞれの人生を支える

医療保険に年金、介護−私たちの暮らしは社会保障に支えられている。
どんな人も、どんなときも安心して暮らせる社会を実現するためには、社会保障の仕組みを知り、一人ひとりが制度を維持する大切な一員としての自覚を持つことが欠かせない。
社会保障制度を整える協力が、世界の貧困撲滅や不平等の解消につながっている。

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©Rich Legg/Getty Images

誰もが自分らしく生きるための基盤

すべての人が安定的な生活を送ることができるよう、社会全体で支え合う仕組み、それが社会保障だ。私たちが生きていく上ではライフステージごとに特有のリスクが付きまとう。例えば、働き盛りの世代は病気やけがで仕事ができなくなるかもしれないし、失業することだってある。また、子どもが生まれれば仕事と子育ての両立に悩む人は多い。老後のことを考えると生活費や介護の心配は絶えない。

個人が抱えるさまざまなリスクに対応し、生涯のどんな局面でも生活が立ち行かなくならないようセーフティーネットの役割を果たすのが、医療保険や雇用保険、年金、介護保険などの「社会保険」。一方、どんな家庭に生まれた子どもも、障害のある人も、高齢者も、誰もが社会生活を営み、自己実現できるように必要なサービス・支援を提供するのが「社会福祉」だ。さらに、「公的扶助」は生活保護を通じて最低限の自立した暮らしを支える。社会保障は、これらの総称であり、全ての人が自分らしく生きられる社会を目指す上で欠かせない。

「世界の歴史から見れば、社会保障は18世紀後半にイギリスで起こった産業革命の産物といえます」。そう説明するのは、JICA国際協力専門員として社会保障分野を担当する中村信太郎さんだ。「それ以前の農村社会では、多くの人が家族で農業や小規模な商工業を営んでいましたが、産業革命は人々が雇用されて労働によって賃金を得る工業社会への変革をもたらしました。このような近代社会では、個人や家族の力だけで生活のリスクに対応することは難しく、自立した個人の生活を守るための仕組みが必要となったのです」

社会保障が一定程度の工業化が進んだ近代社会で求められることを象徴するように、現在、日本は東南アジア諸国で社会保障制度整備の協力を多く手掛けている。特にタイやインドネシアなどでは、日本にも匹敵する速さで高齢化が進んでおり、年金や介護などの制度・サービスの整備は急務だ。

日本の保健・医療分野の協力の特徴の一つに「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)」の推進がある。UHCとは、"すべての人が生涯を通じて健康増進・予防・治療・機能回復に関する基礎的なサービスを、必要なときに負担可能な費用で受けられること"。この実現に社会保障制度が果たす役割は大きい。

社会保障は富の再分配の仕組み

中村さんは、社会保障の制度を整え、維持していく上の課題をこう指摘する。「日本と開発途上国とを問わず、最も難しいのは人々からお金を集めることです。社会保障は、国民からお金を集めて医療サービスや年金などとして再分配するシステムなので、人々が保険料を払い続けることで維持されるという仕組みを理解してもらうのが大切です」

高齢化が進めば、医療費や年金の需要は増える一方だ。加えて、お金を払う人にとっては保険料が少ない方がいいが、もらう人にとっては、額やサービスが多ければ多いほど助かるという特徴も難しさのひとつ。こうした中で制度を維持していくためには、"病気やけが、失業などはいつ自分の身に降りかかるか分からない"ということを一人ひとりが念頭に置いて、保険料を払い続けることが大前提なのだ。

途上国では、制度以前の課題として、そもそも病院が足りていなかったり、医療サービスの質が低かったりするという問題もある。そのため、社会保障の制度整備とあわせて、医療分野の協力が欠かせない。また、介護に至っては人の生活や慣習に介入する分野であるため、国ごとの文化に特に配慮しながら協力を進め、現地の人々自身が介護の在り方を考え、サービスを作っていくことが重要だ。

"自らの手で変えていく"という発想は、障害と社会の在り方を考える上でも重要性を増している。障害は人ではなく、社会や環境の側にあるもの。障害者自身がリーダーシップを取ってその認識を広めることで、社会の仕組みを変えていく−誰もが暮らしやすい社会づくりには、今日、そうしたアプローチが求められている。

2015年、国連は国際社会が2030年までに達成すべき17の目標として「持続可能な開発目標(SDGs)」を採択した。ゴール1「貧困をなくそう」とゴール10「人や国の不平等をなくそう」の中には、貧困撲滅と平等拡大の手段としての社会保障制度の必要性が明記されている。

SDGsが目指すのは、"誰一人取り残さない"世界の実現だ。生まれた国がどこであれ、どんな境遇であれ、私たちは誰も皆、安心して自分らしく暮らす権利を持っている。

編集協力:JICA国際協力専門員 中村信太郎氏