JICAが取り組む障害の主流化

あらゆる政策や事業などの中心に障害配慮の視点を取り入れることを目指す"障害の主流化"。
JICAはガイドラインの作成や施設の整備といったさまざまなアプローチを通じて、まずは組織内での意識の変革に取り組んでいる。
全ての人々が分け隔てなく暮らせる社会を目指すJICAの取り組みを紹介しよう。

国際協力事業に障害配慮の視点を

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インドの地下鉄(デリーメトロ)の駅構内。車いす利用者の移動を職員がサポートしている

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障害に関するJICAの取り組みについてまとめたパンフレット

自然環境や住民生活とのバランスを考え、持続可能な開発を進めるための「JICA環境社会配慮ガイドライン」では、2010年の改訂で「障害」への配慮を初めて盛り込んだ。例えば、案件計画調書を作成する際には、気候変動などの視点に加え、施設のバリアフリー化など障害配慮の視点からも特筆すべき項目がある場合は記載を検討することになっている。これによって、障害配慮の視点を組み込んでいる事業が以前より明確化した。

事業の具体例として、インドでは円借款により地下鉄(デリーメトロ)を建設する際、設計段階から障害者団体との協議を重ね、エレベーターとスロープの設置や、車両とプラットホームの段差をなくすなどのバリアフリー基準を導入した。一方、キルギスで実施している一村一品運動を核にしたコミュニティー活性化プロジェクトでは、「自ら参加を希望する住民は誰でも生産活動に参加できる」という方針の下、商品の販売店で使用する紙袋作りに障害者も参加している。JICAはこれらの取り組みをまとめたパンフレットを今年10月に改訂し、ホームページ上でも公開している。

ボランティアや専門家派遣を後押し

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DETのファシリテーターや参加者と共に

青年海外協力隊などのボランティア事業を障害者も参加しやすいものにするため、JICAは2016年に「障害者のボランティア参加に関するガイドライン」を作成。介助者の要否や移動・宿泊の面などで配慮すべきポイントや、配属先や滞在先にも配慮を依頼することなどが盛り込まれている。

一方、JICA専門家としては、すでに何人もの障害当事者が活躍している。JICA職員として働いていた照屋江美さんは、自身も全盲の障害当事者として昨年8月からモンゴルで障害者の社会参加を促進するプロジェクトの専門家を務めている。主に担当しているのは、「障害平等研修(DET)」のファシリテーターの育成。DETとは、障害者自身がファシリテーターとなり、参加者に社会の中にある障害を見つけ出す力を養ってもらうための参加型の研修だ。「派遣前は、JICAの職員や一般の方向けに国内でDETを実施していました。このプロジェクトの話をいただいたときは、迷わず参加を決めました。でも、モンゴルでは点字ブロックがなかったり、車の運転マナーが悪かったりするため、障害者が不安なく行動できる範囲が限られています。DETの参加者には、"社会のここを直せば、障害は解消されるんだ"という気付きを得てもらいたいと思います」と照屋さん。

昨年12月にファシリテーター養成講座を開き、脳性まひや肢体(したい)不自由などの障害がある16人のファシリテーターを育成した。「当初は、彼らがファシリテーターを務めるDETを私が補足しながら進めることもありましたが、今では解説の挟み方も上達し、彼ら自身で互いの改善点も指摘できるほどになりました」と照屋さんは成長を喜ぶ。今年、彼らによるNGOも立ち上がり、DETがますます活発に展開されることが期待される。

照屋さんは障害者の社会参加の在り方について、こうも指摘する。「障害者"だから"障害に関する活動をするものだ、と結び付ける必要は必ずしもないと思うんです。その人の能力に合わせて、どんな分野でも活躍できるようにサポート体制を整えていくことが大切ではないでしょうか」。社会の一員として誰もが輝ける環境づくりに向けて、照屋さんの挑戦は続く。

本部と国内拠点のバリアフリー化を推進

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JICA東京のバリアフリー化された宿泊施設。段差がなく、手すりも設置しているので安心だ

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JICA本部までのバリアフリールート

東京都千代田区のJICA本部には、点字ブロックや多目的トイレなどが整備されており、開発途上国から訪れる研修員らにとっては、母国での取り組みの参考にもなっている。また、ホームページ上のアクセスマップには、最寄りの駅から来館する際のエレベーターやスロープの位置を示したバリアフリールートを載せている。

また、全国の国内拠点や地球ひろばでも同様のバリアフリー化が進められており、2016年には全ての機関でバリアフリー化の現状調査も行われた。渋谷区にあるJICA東京では、研修員のための宿泊施設のうち5室がバリアフリー化されている。重度の障害者や車いすの利用者でも不自由なく過ごせるようにと、室内の壁には手すりを設置し、照明のスイッチなどの設備は全て低い位置で操作できるように備え付けられている。また、トイレと浴室は段差をなくし、滑りにくい床材を使用している他、ベッドはあらゆるタイプの車いすに対応できるように、高さ調整が可能な構造になっている。

研修員のサポート体制を強化

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今年来日したABEイニシアティブ4期生たち(中央がズキスワさん)

アフリカ諸国の若者に対して、日本の大学院での教育や企業でのインターンシップの機会を提供する「アフリカの若者のための産業人材育成イニシアティブ(ABEイニシアティブ)」では、4期目となる今年、障害当事者の研修員を初めて受け入れている。脊髄損傷のため車いすを使用している南アフリカのズキスワ・ンゾさんだ。

母国でも障害に関する団体に所属するズキスワさんは、南アフリカでは「国連障害者権利条約」の達成に向けた取り組みがなかなか進展しない中、日本がどう取り組んでいるのかを学びたいと考え、留学を決意したという。「特に学びたいことは、公共交通のバリアフリー化や官民連携についてです。それから、私自身が一人の障害者として日本での暮らしを体験することで、人々がどのように自立した生活を送っているのかを肌で感じたいと思っています」

受け入れに当たって、JICAは関係者と密に情報共有しながら準備を進め、ズキスワさんには他の研修員よりも1週間早く来日してもらった上で、特別なプログラムを提供。大学までのアクセスや電車の乗り方を確認したり、自立生活センターの担当者と面談したりした。また、留学期間中のJICA担当者による面談の頻度を他の研修員よりも増やすことで、ニーズをきめ細かく把握するための体制づくりにも努めている。例えば、電動車いすについては彼女に合ったものを選定するため、試乗会の実施も含めて10回ほど面談を重ねた。

一方、受け入れ校である東洋大学のバリアフリー推進室でも、英語での案内表示版の設置などズキスワさんからの要望について対応を検討しているという。「担当教授も、私のアパート探しを手伝ってくれるなど、とても親切にしてくれています」とズキスワさん。将来の夢を尋ねると、「南アフリカで、障害に関する政策づくりを支援するためのシンクタンクを設立することです。障害者も共に働ける環境をつくり、同様の課題を抱える他のアフリカ諸国にとってのロールモデルになりたいと思っています」と語った。留学期間は2020年10月末までを予定しており、JICAでは今回の経験から得られた知見を、今後の研修員の受け入れをはじめ、さまざまな事業に役立てていく方針だ。