地域の安全を守る頼れる味方 ブラジル

世界的に見ても犯罪発生率が高いといわれるブラジル。犯罪を抑制し、人々が安心して暮らせる町をつくるために導入したのは、日本式の「地域警察」だ。
日本の警察が協力するプロジェクトを追った。

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サンパウロ市内のラニエリ交番を訪れた大橋さん(右から3人目)。「交番」は、日本への敬意を込めて、現地でもそのまま“KOBAN”と呼ばれている

犯罪の起こりにくい街を皆でつくる

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ミナスジェライス州、サンパウロ州、リオグランデドスル州

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サンパウロ州が独自に作成した地域警察マニュアル。地域警察を初めて導入した州だけあり、円滑な運用に向けた体制づくりにも精力的に取り組んでいる

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ミナスジェライス州では警察車両による移動式交番を視察。交番内では、簡易な届け出受理や書類作成が可能だ

2016年リオデジャネイロオリンピックの開催国となり、世界中から選手や観光客を集めたブラジル。当時、よく取り沙汰されたのが、同国の治安の悪さや犯罪発生率の高さだ。

ブラジルでは1985年まで23年間続いた軍事政権の名残から、警察は抑圧的で国民との間には大きな溝があった。その上、犯罪の多発により住民同士のつながりや信頼も薄くなっている。このような中、治安改善のためには犯罪予防が必要だという認識が広がり、ブラジル政府は2003年の国家計画で「地域警察」を導入することを定め、警察・行政・住民が一体となって犯罪の起こりにくい街づくりを進めることを目指した。連邦制の同国では、警察活動は各州警察が実施しているため、全国的な地域警察の普及は法務省国家公共保安局が担っている。

そんな中、他州に先駆けて地域警察システムを取り入れたのがサンパウロ州だ。同州は諸外国の警察制度を分析した末、交番を拠点とした日本の地域警察活動に注目。"おまわりさん"が迷子や酔っ払いの保護から、パトロール、道案内や落し物の取り扱いまで、多角的な活動を通じて地域住民の暮らしを守る仕組みに倣おうと考えたのだ。

JICAは2005年から同州で、交番を拠点に地域の平和と安全を守る"交番システム"の定着を目指す、「地域警察活動プロジェクト」を開始。08年から11年には警察庁との連携の下、これを他州にも普及する取り組みを実施した。さらに、15年からこの1月まで、同州にミナスジェライス州、リオグランデドスル州を加えた3つの州を中核に据えて、地域警察を7つの州(普及支援対象州)に普及するプロジェクトが実施された。

このプロジェクトには、日本の警察官10人以上が専門家として協力してきた。京都府警から出向して昨年10月から現地に滞在している大橋久美(ひさみ)さんもその一人。「日本以外にも地域警察を持つ先進国がある中で、日本式の地域警察に注目し、私たちの話に耳を傾けてくれることがうれしく、また、誇らしく思います」と大橋さん。

そんな彼女は、交番はもちろん、110番を受信して現場の警察官に指示を出す通信指令センターでの勤務経験を持ち、警察学校での新人警察官への地域警察指導も手掛ける、地域警察のスペシャリストだ。プロジェクトでは法務省国家公共保安局の職員や中核3州の警察と共に、主に普及支援対象州で警察活動の指導を行った。「警察が地域の家庭や事業所などを回って住民と情報交換をする"巡回連絡"は、人々の目を犯罪予防に向ける上で有効です。巡回連絡の仕方や、それを通じて住民の要望を把握することの重要性などを伝えました」

日本の"おまわりさん"の知恵を学び、広める

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商店に対する巡回連絡の様子を視察し、アドバイスをする大橋さん

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「電気などの生活インフラが整っていないブラジル中部のある町では、バナナの葉を屋根にした交番を見掛けて感動しました」と大橋さん

現場での指導に加えて、研修やセミナーも精力的に実施した。法務省国家公共保安局と中核3州が連携して、それぞれの州で開催した「地域警察普及コース」には、計200人以上の警察官が参加。大橋さんをはじめとする日本人専門家の指導の下、実地研修などを通じて住民参加型の防犯活動や巡回連絡の仕方を学ぶ機会となった。

一方、警察官のみならず、広く人々に日本式の地域警察の理念を伝えることを目的に開催した「地域警察国際セミナー」には、市民と警察官、州の行政官などを合わせて3000人以上が足を運んでいる。さらに、普及支援対象州では、既に知識や経験を有する中核3州の警察官が講師となって、市民向けのセミナーを開催。こうした地道な啓発が、犯罪予防の基盤づくりには欠かせない。

プロジェクトでは警視庁をはじめとする全国10の都道府県警察と警察庁が受け入れ機関となり、日本でも計6回の研修を実施した。ブラジルの警察官や法務省国家公共保安局の職員たちは、交番を視察した他、巡回連絡にも同行し、日本の"おまわりさん"から現場での業務の進め方やその心得を学んだ。

研修に参加した警察官は、「特に住民との接し方や地域との協働の仕方を学べたことが有益でした。地域住民との会合や防犯のための情報発信など、自分たちが知らなかった警察官の活動や在り方を考えるきっかけとなりました」と話す。研修を受けた警察官を、ブラジル各地で地域警察を普及するための講師に任命した州もあるといい、日本での学びはプロジェクトの終了後も波及していく見込みだ。

「ブラジルでは州ごとの実情に応じて、地域警察の具体的な取り組みが始まっています。今後は彼ら自身でそれを継続するとともに、一層普及していってほしいと思います」と語る大橋さん。地域警察を通じた街ぐるみの治安対策は、人々の生活に安心と安全、笑顔をもたらすことだろう。