各地に広がるニッケイ・ネットワーク

19世紀末に始まった日本から中南米への移住の結果、日系社会が各国に根付き、地元社会の発展に貢献している。
多彩な活躍を見せる各国の日系社会と、それを後押しする日本の支援をご紹介。

アルゼンチン 日本企業との連携で花の首都を彩る

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メルコフロール花卉・鉢物生産者協同組合で、花の直売を行う日系農家の人々。ブエノスアイレスの花文化を支える存在だ

アルゼンチンには19世紀末から20世紀初めにヨーロッパ諸国から多くの人が流入し、花を観賞したり贈ったりする習慣が普及した。同時期に移り住んだ日系人たちは、花をめでる文化に反して庭の手入れや花の栽培に長けた職人が少ないことに注目し、花の生産を手掛けて成功した。

その後も日系移民の多くが、首都のブエノスアイレス近郊で花卉(かき)栽培を手掛けている。政府は1964年にブエノスアイレスを"花の首都"と名付け、近郊で毎年10月に花祭りを開催。多くの見物客が集まるこの花祭りの運営も、日系花卉農家が中心的な役割を果たしており、展示パビリオンの設計も日系造園技師が手掛けている。

日系の花卉農家を支援するため、JICAは1977年、ブエノスアイレス市近郊に園芸総合試験場を設置。1995年に国立農牧技術院(INTA)の敷地内に移転した後には、新たにアルゼンチンの花卉産業の育成支援を目的とした技術協力を開始した。2004年にはINTAに移管され、INTA花卉研究所となった。

2005年からは種苗会社の「株式会社サカタのタネ」との共同研究で国内の野生植物を基にした園芸品種開発を開始し、メカルドニアの新品種開発に成功。その際、素材となった野生種が生えていた地域にも利益を分配する仕組みを作り、生物多様性保護の視点からも注目されている。ライムンド・ラビニョーレ国立種子研究所総裁は、「生物多様性条約にのっとり、原産地にも利益を分配する事例として、園芸植物では稀有な例。資源提供国となるわが国にとっては重要な取り組みです」と話す。INTA花卉研究所は今や同国随一の花卉園芸部門の研究拠点として、アルゼンチンの花文化を牽引(けんいん)している。

コロンビア 多くの地元住民が学ぶ日本語学校

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光園の設立者の一人、柴田冨士子さんは90歳を超えてなお、子どもたちを教える。折り紙はコロンビアの子どもたちにも人気だ

1929年に日本人の入植が始まったコロンビア。人数が比較的少なく、第二次大戦中は激しい差別を受けるなどしたこともあって、1960年代には日系人子弟でも日本語を話せる人は少なくなっていた。そこで68年、日系1世の柴田稔・冨士子夫妻が、他の日系人の協力も得て日本語学校「光園」を設立。日系人子弟に対する日本語教育を開始した。教師も、教材も、資金もない状態からスタートし、PTAなどの協力を得て着実に発展してきた光園。今ではコロンビア日系人協会附属の日本語学校として、約170人の生徒に日本語を教えている。

とはいえ、現在の生徒の多くは日系人ではない。実は、コロンビアでは近年、漫画やアニメなどのポップカルチャーの影響もあって日本文化への関心が高まり、日本語を学びたいというコロンビア人が増えているのだ。今や、コロンビアの人々に対する日本語・日本文化の発信拠点となった光園で、92歳の高齢ながら現在も教壇に登る柴田冨士子先生は、「創立時には、50年後にこんなに立派な日本語学校になるとは思いませんでしたし、日本語を学びたいという生徒が年々増えていることを本当にうれしく思います。でも、日系3世、4世の若い世代がコロンビアと日本の架け橋として活躍し始めた今だからこそ、地元の方々だけでなく、日系人の皆さんにも日本語をもっと勉強してほしいですね」と語る。

ブラジル 医療を届け、自閉症児を育てる

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薬に頼らず、自閉症の子どもたちが自立のスキルを身に付けることを目指すPIPAは、ブラジルでは稀有な施設だ

ブラジルには「日系病院」と呼ばれる医療機関がある。もともとは、移住した日系社会への医療サービス提供が目的だったが、近年では日本企業の駐在員や地域の人たちなど、日系人以外も信頼を寄せる地域の中核病院となっている。

日本は日系病院に対し、以前から機材の供与や日系社会ボランティアの派遣、近年では民間連携による最新の画像診断技術の活用支援などを行ってきたが、自閉症児の療育・就労準備プロジェクトも高い評価を得ている。ブラジル全土では約200万人の自閉症児がいるとみられているが、療育・教育のための環境や技術が整っておらず、多くの場合は薬物療法で"沈静"されているのが現状だ。日本人移民の有志によって設立され、高齢者施設や医療センターなどをいくつも運営しているサンパウロ日伯援護協会は、サンパウロで自閉症児療育施設「PIPA」を運営。日常生活療法(TVD)を実践して自閉症児が身の回りのことを自分でこなし、地域の中で自立して生活できるようなスキルの習得を目指している。

PIPAに対しては、JICAが日系社会シニア・ボランティアや草の根技術協力を通じて支援しているのに加え、三井物産などの企業や団体も独自に協力を行っている。また、地元の日系社会もバザーなどで資金調達を支援しており、その活動状況は発表会などを通じて地域に届けられている。

ペルー 日系人ビジネスマンと日本企業の強力タッグ

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日系社会次世代育成事業(中学生招へいプログラム)は30周年を迎え、参加者が一堂に会するイベントが行われた

日本から南米への移住の先駆けは、1899年に移民船佐倉丸に乗って横浜港を発ったペルーへの第一回移民、約790人だった。ペルー日系人協会(APJ)は2017年で創立100周年を迎え、現在は約10万人ともいわれる日系人や日本人移住者がペルー社会の各所で活躍している。例えば防災分野では、1961〜62年に日本の建築研究所で地震工学を学び、ペルーの大学に地震工学コースを導入・普及した日系2世のフリオ・クロイワ教授が地震津波防災の研究と啓発活動などへの貢献を評価され、国連笹川防災賞や濱口梧陵国際賞を受賞した。政財界でもペルーの発展に向けて多くの日系人が活躍している。

日系社会が4世、5世と代替わりする中、重点が置かれているのは次世代の日系人の育成やビジネス分野で活躍している日系人企業経営者などへの支援だ。その内容は、中高大学生向けの次世代育成研修から、製造業向けの"5S活動"普及や起業家支援の日系研修まで多岐にわたる。これらに加えて、日系人が経営する現地企業と日本の中小企業とのビジネス・パートナーシップを強化し、企業同士が連携できるアイデアを見つけるための調査ミッションも複数派遣されている。

日系社会が長年にわたって築いた日本への信頼を地盤に、日系人企業と進出日本企業の連携やネットワークがペルー経済の原動力となるのではと期待されている。

ボリビア 日系女性グループが新たな市場を開拓

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サンタ・クルスで開かれた展示会EXPOFOODに参加し、サンフアン移住地の野菜の品質をアピール

戦後、多くの日本人が入植したボリビア。東部サンタ・クルス県のサンフアン移住地には主に九州からの移住者が集まり、質の高い農産品を育ててきた。しかし、多くは家庭で消費されるか、移住地内で売買されるにとどまっていた。

そこで、サンフアン移住地の農作物を近隣のサンタ・クルス市で販売するとともに、移住60年の歴史を持つ日系人の文化を紹介し、サンフアン移住地について知ってもらうために、サンフアンの起業家グループが立ち上がった。サンタ・クルス市内で、サンフアン(SanJuan)の頭文字から命名した"SJマルシェ"を開催し、主に農業組合が取り扱わない農産品や農産加工品の販売を始めたのだ。

中心となったのは、JICAの「農村婦人リーダー研修」で来日して指導を受けたり、ブラジルの「南米婦人の集い」に参加するなどした女性たち。展示会への出展やリサーチを通して市場のニーズをつかみ、商品開発を行っている。

現在はSJマルシェも定期的に開催され、例えば、夏であればなす、きゅうりなど旬の味覚が並ぶ。質の高い野菜は人気を呼び、サンタ・クルス市民はもちろん、レストランからも注文が入るようになってきた。女性や高齢者の多い小規模農家の収入向上や、サンフアン移住地の認知向上はもちろん、ボリビア社会でも健康志向とともに注目されつつある日本食の普及など、夢は尽きない。

日本でも! 日本人移民の歴史を港町ヨコハマで

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50万人目となった神奈川学園中学校の女子生徒たちと朝熊由美子館長(右端)

かつて多くの移民を送り出した横浜港を臨む観光名所・赤レンガ倉庫近く、JICA横浜国際センターの2階に、海外移住資料館がある。今年で開設17年目を迎えるが、昨年8月には来訪者が50万人を超え、観光情報サイト「トリップアドバイザー」でもエクセレンス認証を獲得した、隠れた人気スポットだ。

資料館にはハワイや北米、中南米などに渡った日本の移民たちの歴史を物語る年表や移住先での生活を再現したセット、日系1世・2世のインタビュー映像などの貴重な記録を集めた常設展示に加え、「ハワイ日系人の歩み」や「メヒコの心に生きた移民たち」など、一つの国やテーマを特集した企画展示も年間3、4回開催されている。日本人の海外移住をテーマとする国内外の博物館などとも連携が進む。

同館3階のポートテラスカフェは、世界各地の料理を日替わりで提供するカフェテラス式レストラン。移民たちが今も住む中南米の料理はもちろん、資料館での展示に合わせた特別メニューも提供されていて、港を眺めながら異国料理を楽しむことができる。いつもとは違うヨコハマを味わいに、ちょっと寄り道するのもお勧めだ。2月10日からは、海外移住者を送り出した県に焦点を当てる「移住者送出県シリーズ」として、高知県出身の移民に関する特別展示を予定している。常設展示・特別展示ともに入場無料。

詳しくはウェブサイトで。