地域と世界のきずな 地下に眠る原石を価値ある宝石に 山梨県甲府市

豊富な鉱物資源を有する南部アフリカ地域の中でも、特に高いポテンシャルを持つザンビア。鉱業依存型の経済からの脱却を目指して、国産の天然石を現地の人たち自身で加工する技術を身に付けようと取り組んでいる。
その取り組みを後押しするために、長年水晶の加工・販売を手掛けてきた山梨県甲府市の企業が立ち上がった。

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昨年の現地調査で、アメジストが採掘されるザンビアのマパティジィヤ鉱山を視察した調査団

創業40年の企業 ザンビアで新たな挑戦

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鉱山周辺にはアメジストの原石が散乱し、敷石としても使用されていた

銅をはじめ、コバルト、金、鉄、宝飾用の天然石などの鉱物資源に恵まれているザンビア。国の輸出総額の7割以上を鉱物資源が占めているが、天然石はほとんどが付加価値のない原石のまま輸出されている。市場では、ザンビア産の石なのに他国産として販売されることもあるのだ。現在、同国政府は資源輸出に依存した経済からの脱却を目指しているが、天然石の加工技術が不足していることが障壁となっている。

こうした状況を受けて、ザンビアの天然石加工技術の向上と、自社の海外展開を目指したプロジェクトに取り組んでいるのが、山梨県甲府市の甲斐水晶工芸株式会社だ。宝飾用の天然石は「貴石」と「半貴石」の2種類に分類され、このプロジェクトでは半貴石の加工を対象としている。貴石はダイヤモンドやルビー、サファイヤに代表されるように、主に希少価値と硬度の高い石を指し、半貴石には、水晶やアメジストなど貴石以外のあらゆる石が含まれる。実は、甲府市はかつて良質な水晶の産地として栄え、半貴石の加工が伝統的に行われてきた。甲斐水晶工芸も半貴石製品の加工・販売を40年以上にわたって手掛け、国の特別名勝に指定されている御岳昇仙峡(みたけしょうせんきょう)で、観光客をターゲットにした店舗を構えている。

「甲府市の宝飾・研磨産業は全国で3分の1の出荷額を誇りますが、1991年をピークに減少し、現在は最盛期の3割程度まで落ち込んでいます。加えて、観光客の減少や高齢になった職人の継承問題もあり、私たちとしても何とかしなければと思っていたのです」。こう語るのは、甲斐水晶工芸の藤原正裕さんだ。新しいビジネスチャンスを模索していた藤原さんは、偶然ザンビアでのNGO活動の経験者と知り合ったことをきっかけに同国の実情を知り、JICA中小企業海外展開支援事業を活用した今回の挑戦に乗り出したという。

ザンビアの課題解決と甲府市全体の活性化を目指す

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GPLTCの関係者と意見交換を行う藤原さん(右から3人目)

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半貴石加工の実演指導を行う職人の山田さん

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ワークショップで製作したアクセサリーを手にする女性グループのメンバー

この事業では、昨年6月からこれまでに4回の現地調査を行い、10カ所以上の鉱山を視察した。「各地で水晶の他、水晶由来のアメジストやローズクォーツなどの半貴石がほぼ無尽蔵に埋もれていることが確認できました。しかし、地元ではその価値は十分に認識されておらず、貴重な水晶も粉砕されて敷石などに使われているのです」と藤原さんは説明する。

そこで、半貴石を加工できるザンビアの技術者を育成するために計画しているのが、天然石の加工技術を教える現地の専門学校「宝石加工訓練センター(GPLTC)」に対する協力だ。甲斐水晶工芸が培ってきた技術をGPLTCの指導者に伝えるとともに、センター内には貴石の加工機材しかないため、半貴石の加工に必要な細工台などの機材整備にも協力する予定だという。「半貴石の加工は、高価な機材や先端技術を必要としない伝統的な方法で行うため、予算が限られている開発途上国でも導入しやすいのが特徴です」と藤原さん。3回目の現地調査では機材のサンプルを持ち込み、甲府市の職人である山田浩伯(ひろのり)さんと大寄(おおより)智彦さんが実演指導を行った。

自身も宝石加工職人であるGPLTCのラメック・トーレ校長は、今回のプロジェクトに意欲的に取り組んでいる。細工台などの機材は、中核部品以外は全て現地調達・製造を念頭に置いて協議を進めており、トーレ校長は、藤原さんらが持ち込んだサンプルをもとにすぐさまGPLTCの予算で現地生産を試み、次の現地調査までに試作品を完成させたという。

また、今後の連携を見据えて、マイクロファイナンスの女性グループを対象に、水晶やアメジストを使ったアクセサリー製作のワークショップを行った。アクセサリーは石に紐をくくりつけただけの簡単なものだが、女性たちは、これまで着目していなかった半貴石も、工夫次第で立派な土産品として売り出せることに驚いていたという。

最終的には、半貴石を採掘する小規模事業者を対象に、GPLTCによる出前講座を行い、GPLTCの卒業生だけでなく遠隔地の採掘者も、自ら加工・販売を行って収益を得る仕組みをつくることが目標だ。最終製品の製作・販売や、GPLTCへの継続的な技術指導を支えるため、現地法人の設立も目指しているという藤原さん。そこには、甲府市全体の活性化に貢献したいという並々ならぬ思いがある。「今回のプロジェクトは、ザンビアの人たちの自立を後押しするのはもちろん、職人さんの技術を世界にアピールできるチャンスだと考えています。甲府市には素晴らしい職人さんがたくさんいます。そのことを多くの人に知ってもらい、宝飾・研磨産業の活性化や観光振興につなげることが、今の大きな夢です」

伝統工芸を生かしたザンビアと甲府市をつなぐプロジェクトは、これから本格始動する。

山梨県甲府市

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甲府市

山梨県のほぼ中央に位置し、面積約212平方キロメートル、人口は2018年1月時点で約19万人。山梨県はかつて水晶の産地として知られており、前期縄文時代より生活の道具として水晶が利用されていた。1834年ごろに京都の玉造り職人玉屋弥助が水晶の買い入れのために甲州へ出張し、何度か訪れるたびに水晶研磨の技法を伝承したとされる。その後、甲府市御岳には水晶加工職人が増え、市内中心部でも御岳の職人を雇用して細工所が開設された。現在、その伝統を受け継ぐ職人たちが甲府市の宝飾産業を担っている。