特別インタビュー 鈴木 寛さん 文部科学大臣補佐官

答えのない問いに 向き合える教育を

グローバル時代に必要な 人類共通の価値の教育

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鈴木 寛さん(写真:キッチンミノル)

経済協力開発機構(OECD)は現在、「Education 2030」と銘打ち、知識一辺倒ではなく社会的スキルも重視した、次世代の教育の在り方を検討しています。2016年の伊勢志摩サミットに際しては、サミットに先立つ5月に岡山県倉敷市で10年ぶりの教育大臣会合が行われ、「国際社会が直面しているさまざまな問題の解決に向けて、教育改革を進めていくことが不可欠」とする倉敷宣言が採択されました。

それまで、教育に関する課題は基本的に国内で取り組み、解決すべきとされてきました。しかし、国境を越えた移動が当たり前になった現代、小学校から大学・大学院までの教育課程を、複数の国で受ける人が増えつつあります。だからこそ、どこの国で学んでも、共通の価値が身に付く教育が重要なのです。さらには、知識に加えて、他者との共生や寛容さなど、これからの社会に必要な能力も教えていかなければなりません。先進国、開発途上国を問わず、一人でも多くの子に、共通の価値を学ぶ機会を提供していく必要があるのです。

日本は、世界に先立ってこうした教育の改革に取り組んでおり、2020年の学習指導要領では、Education 2030を先取りする大幅な改定が行われます。日本でも企業で多くの外国出身者が働き、教室にも国外にルーツを持つ子たちが増えている状況で、異文化や新たな価値観と出会い、互いに折り合いをつけていく社会的スキルが求められています。一方で、1990年代中盤に始まったIT革命は、機械が人間に代わって、従来の教育が目指した"答えが一つしかない問題"を解決していく時代を急速に実現しつつあります。今後の社会が求めるのは、多くの可能性の中で葛藤しながらより正しい道を探し続ける、人間にしかできない活動に長けた若者です。特に、新たに加わる公共などの科目は、そうしたスキルを伸ばすことを目的としています。

そこまで複雑な知恵を教えられる教師がいるのか、と問われることがよくあります。率直に申し上げて、そんな先生はいません。でも、それでいいのです。学び方を知っている教員がプロジェクト学習を通して、学びの先人として生徒と共に学び、育つことが大事だからです。生徒間の対話を通じた主体的な学びは、アクティブ・ラーニングと呼ばれています。

日本の強みを発信し 共生できる世代を育てる

日本の教育は詰め込みだといわれてきましたし、実際に知識の記憶に大きな比重が割かれてきたことは否定できません。それは特に高校で、マークシートに象徴されるような、唯一解を求める大学入試への対策を重視してきたからです。

けれども、実は1989年の学習指導要領改定の時点で、社会の変化に立体的に対応できる能力の育成への取り組み、問題解決学習が織り込まれています。さらに、2000年から「総合的な学習」の導入につながりました。導入当初の混乱を乗り越え、小中学校ではこれが一定の成果に結び付いています。OECD生徒の学習到達度調査(PISA)で、日本の15歳以下の子ども、つまり小中学生は、数学、科学、読解力、問題解決能力でもシンガポールに次いで世界トップレベルの成績を挙げているほどです。実際にOECDは、「日本の子どもの学力は総合的な学習の定着によって伸びた」と評価しているのです。

こうした点を考えると、日本の小中学校教育は完成度が高く、自信を持って海外に発信していけるものだといえます。他にも、製造現場のリーダーを育てる高専教育や、地域社会が学校運営に積極的に参加していくコミュニティー・スクール制度など、海外でも活用できる日本の知恵は、教育分野ではいくつもあるのです。文部科学省は、JICAなどと協力して「日本型教育の海外展開推進事業(EDU-Portニッポン)」として、これを後押ししています。

その一方で、日本国内でのグローバル人材の育成は、いまだ道半ばです。特に、国際社会に興味を持つ人々と持たない人々の差が大きく広がりつつあり、ごく少数の人々が極度に国際化している一方で、大多数の人々は内向き思考にとどまっています。これからは、国際社会のリーダーとなれる一握りの国際人を育てるだけでなく、異文化との橋渡し役となり、多様な価値観と共生し、日本の知恵を海外の人たちに伝えていける人を、より多く育てていく必要があります。そのきっかけとなる国際理解教育を展開していくために、社会全体で新しい教育に取り組むことが求められています。

プロフィール

鈴木 寛(すずき かん)

1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省に入省。慶應義塾大学SFC助教授を経て2001年参議院議員初当選(東京都)。文部科学副大臣を2期務めた。早期から日本へのアクティブ・ラーニング導入を論じている。2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任。2014年10月より文部科学省参与、2015年2月に文部科学大臣補佐官となり、4期務める。