環境負荷低減で豊かな自然を未来へ託す スリランカ

スリランカも廃棄物管理の問題に直面している。
日本の技術と志で、スリランカの廃棄物管理に挑む専門家たちの日々を追った。

写真:阿部雄介、文:大石美樹(編集部)

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地域特性に沿ったアイデアで持続可能な廃棄物管理を実現

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スリランカ

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カタラガマ廃棄物処分場のコンポスト・プラント。混合ごみに混じる生ごみや資源利用できるものを分別する

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カタラガマのコンポスト・プラントで、サイトマネジャーのアリヤパラさんと青年海外協力隊員の井上慎也さんはよく議論を交わす

「当時、街にはごみがあふれ、衛生的にも問題を抱えていました。しかし、この10年でスリランカは大きく変わりました。行政への助言や分別回収の提言など、長期にわたる地道な活動で市民の意識も変わり、国内の10程度の自治体でしか行われていなかったコンポスト(生ごみを発酵させて作る堆肥)製造などの中間処理が、今では国内335の自治体のうち120ほどの自治体で行なわれるようになっています。街の衛生問題は徐々に改善され、環境負荷を低減する最終処分場の整備を計画する段階までになっています」。2002年、JICAの技術協力プロジェクトに参加したコンサルタントの佐藤尚文さんは、初めてスリランカを訪れた頃をふり返る。

スリランカ政府は、2000年に「廃棄物管理国家戦略」を制定し、この分野の課題解決に取り組んできたが、スリランカには特有の課題がある。JICAの専門家として同国の中央環境庁(CEA)に籍を置く大沼洋子さんは「現在、スリランカのおもな最終処分場は、穴を掘ってごみを埋め立てる、環境への負荷が大きいオープンダンプ(開放投棄)という方法をとっています。国内最大都市のコロンボがある西部州では1日に約2100トンも排出されるごみを埋め立ててきました。新しい場所を確保しようにも、島国で山岳地帯が多く、しかも湿地帯も多いため土地に限りがあります。また、悪臭や健康被害のリスクを懸念する周辺住民の理解が得られない状況です」と説明する。

低コストで持続可能な新たな技術の開発-スリランカの行政とJICAによる廃棄物管理への挑戦の道程は長い。2002年の調査に始まり、地方自治体の体制構築や研修を通した人材開発の協力を進めてきたなかで、2011年からは埼玉大学などとともに「廃棄物処分場における地域特性を活かした汚染防止と修復技術の構築プロジェクト」を実施した。5年をかけて実施されたこのプロジェクトでは、持続的で適用可能な廃棄物処分場の計画・管理・汚染防止ガイドが作成され、現地調達可能な資材を用いた低コスト、低メンテナンス、低環境負荷を目指した技術開発が行われた。

現在、このガイドラインを三つの自治体で試験的に実践する取り組みを支援する大沼さんは、「ガイドラインが将来的に全土でうまく運用されるよう、スリランカ関係機関の能力向上に協力していきたい」と日々奮闘する。

「昨年、ミートタムッラという最終処分場で、大きな崩落事故が起こりました。コロンボ市のごみを受け入れてきたオープンダンプの最終処理施設です。死者32名、418世帯が被災した大きな事故でした。かねてから崩落の危険性が指摘され、事故の数日前の長雨時には避難勧告も出ていました。事故の直後に日本政府から派遣された国際緊急援助隊の専門家による的確な助言は、現地の人々にとって本当に心強いものでした。私自身は着任してすぐの出来事で、まだ土地勘もなく不安もありましたが、現地の関係者との調整に精いっぱい当たりました。この事故は、スリランカ行政関係者だけでなく、市民にも廃棄物管理の重要性を知らしめることとなりました。私も専門家として、廃棄物処理の客観的なデータをもとに具体的な改善方法を提示するなど、スリランカ行政が抱える課題と向き合うことを心がけています」

低コストで維持が簡単 長く稼働する施設を

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廃棄物管理の改善をともに進めるカタラガマの仲間たち。市の職員と日本からの専門家をはじめ、皆が一つのチームとなって進める取り組みに大きな期待が寄せられている

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ビニール袋など消化できないごみを食べたゾウの健康被害が広がっている

スリランカをはじめアジアの国々で、土壌・地下水汚染対策、廃棄物処分場の修復技術構築のスペシャリストとして活躍するのは埼玉大学大学院教授の川本健さんだ。JICAと協力してガイドラインの作成に携わり、現地で入手が容易なココナツ繊維やその殻炭、重金属吸着活性の高い地質材料、膨潤性粘土を活用した水質浄化技術・汚染防止の研究を行ってきた。

「日本による支援が終わった後も、ガイドラインがスリランカ政府自身の手で運営・管理されるためにはどうしたらよいのか。同じ島国である日本の管理方法は有用ですが、たとえば、浸出水(廃棄物処分場から出てくる汚水)が地下に染み込まないようにする遮水材ひとつとっても、日本で使用されるようなものは現地では高価で多用できません。そこで、スリランカ特有の膨潤性粘土を遮水材として活用することを考えました。低コスト・低メンテナンスでありながら、大型施設と同等の性能評価を得られる施設を作っていくこと。薬でいうジェネリックのような工事が有効だと思っています。九州より大きく、北海道より小さい国土のスリランカでは、この分野の仕事の従事者の数も限られており、目が行き届き管理しやすい規模の処理施設が適していると思います。地域の風土を熟知し、細やかに対応した施設作りが、持続的に施設を機能させるためには不可欠なのです」

スリランカ南部のカタラガマは人口2万2000人ほどの村で、現在、専門家チームによる協力が行われている自治体の一つだ。国立公園が隣接するこの村には、スリランカの人たちにとって神聖な寺院があることから、お祭りの時期には国内全土から100万人もの人が押し寄せる。処理施設では、訪れる人々が出す大量のごみ処理や、また近隣に生息する60頭もの野生のゾウがごみをあさるなどの問題を抱えていた。一方、「遮水をしていない施設の場合、浸出水は土壌に染み込んで地下水を汚染します」と佐藤さんは、カタラガマ村の処理施設予定地に立ち、ごみ処理が環境に与える負荷への対策の難しさを指摘する。

「村の一部地域の伏流水(地下を流れる水脈)は数値的にも汚染されており、定期的に水質を調査しています」

処分場の改善の現場では、現地の粘土を活用した遮水を行い、ゾウの侵入を防ぐ電流フェンスも設置された。また、山のふもとにある地形を生かし、動力ポンプなどを使わずに自然勾配で浸出水を収集できるように設計し、集めた浸出水はココナツ繊維材料を使って処理する予定という。

「これまで処分場へ未処理で投棄されていた『し尿』についても、処理施設を導入する予定です。コンポストを作るバクテリアの反応に必要な水に、し尿処理水を使用するのです。また、し尿処理の過程で発生する汚泥には、植物の育成に重要な窒素やリンが含まれているので、コンポストに混ぜて製品の価値を上げていく計画です」。ごみを有効活用し、暮らしに還元する工夫が行われていた。

持続可能な廃棄物管理は ごみの有効活用から始まる

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カタラガマ村にあるホテルのコンポスト・バケツ。右から、確実な分別のためにバケツにオリジナルのシールを付けたホテルオーナー、エックス都市研究所の佐藤さんと飯田知遥さん、週5日間カタラガマ村や村民と調整・活動を行っているラヤン・グナセカラさん

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回収に向かう作業員はGPSを携帯し、回収漏れのエリアをなくすなど効率的な管理を目指している

スリランカでは、生活ごみは生ごみと混合ごみの2種類に大きく分類される。そのうち生ごみは約6割を占め、生ごみの分別とコンポストへの転換は不可欠だ。農業が盛んなスリランカではコンポストの需要も高い。

CEAのインドララトゥナ副局長はその重要性を話す。「2016年に日本のメーカーである『カワシマ』(群馬県)のコンポスト製造機がキャンディ県に導入されました。現在、地方自治省はその機材をスリランカ全州に導入する計画を立てており、今後はコンポストの製造が広域的に行われる予定です」。これは、JICAの協力で導入された日本の中小企業の技術が現地で認められ、普及につながったという好事例でもある。

カタラガマにおいても、以前から生ごみの分別回収は行われていたものの、うまく機能していなかった。村の助役のジャヤティラカさんは、「現在進めている処分場の改修に合わせて、ごみの基礎データを取り、また、住民の意識を変えるために継続的な取り組みを進めています。ごみを減量し(リデュース)、再利用し(リユース)、再資源化する(リサイクル)3Rに対する住民の意識は、高まってきていると感じています。昨年には、学校や仏教施設を巻き込んで、3Rを推進するためのロゴ・スローガンのコンテストを行いました。関係者の間で、3Rの意識が相乗的に高まっています」と言う。

現在、村の二つのエリアで3R活動を推進している。佐藤さんは、「分別から処理まで多くの人が関わるごみ処理は、廃棄する人には出さない努力と分別の意識を持ってもらい、処理に携わる人にはいかにプライドを持って働いてもらうかが重要です。地道に話し合い、理解してもらうほかありません。廃棄物管理を継続していくためには人がすべてなんです」と、村内で分別されたごみが回収される様子を見ながらうれしそうに話す。効率的な分別方法、自宅でのコンポストの使い方、廃棄物処理場での総量計測などを指導しながら、自治体が今後独自に運営するための準備に余念がない。

大沼さんは2017年11月に、鹿児島県志布志市の廃棄物担当者をスリランカに招いた。志布志市の分別回収の実態をスリランカに伝え、身近に感じてもらうためだ。人口約3万人の志布志市は、ごみ焼却施設を持たず、市で出るごみは分別収集と資源化によって処理される。市民も一丸となって29もの分別回収をし、廃棄物管理を行っている。

土地も限られ、ごみ焼却施設も建設できないスリランカの中小規模の自治体においても、分別回収が大きなカギとなる。志布志市の取り組みに衝撃を受けたCEAやスリランカ自治体職員は、2018年2月、自ら希望して志布志市に視察に訪れた。実際の取り組みを目の当たりしたメンバーは、国レベルではなく自治体主体の施策であることや、同市の人口規模がスリランカの中小規模の自治体と近く、自分たちでも取り入れられそうな具体的な工夫があること、さらには資源循環システムを持ちごみの最小化を図っていることに感銘を受け、「同じ取り組みをスリランカ全国に広めたい」と意気込む。

島国の日本が培ってきた技術と考え方は、廃棄物管理の現場でも「持続可能な未来」のために重要な価値観となっていた。長い時間をかけてスリランカの廃棄物管理は前進を続けている。その取り組みに寄り添い、ともに歩む日本人技術者、専門家たちの志が生きている現場だった。

スリランカ民主社会主義共和国

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首都:スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ
通貨:ルピー
人口:約2,103万人(2016年)
公用語:シンハラ語、タミル語、連結語:英語

プロジェクト紹介

廃棄物管理における汚染防止・環境負荷低減(2017年2月~2019年2月)

JICA専門家・大沼洋子さんがエックス都市研究所の佐藤尚文さんや、国際航業のコンサルタントをはじめとしたチームと協力し、日本とスリランカの研究者によって開発された最終処分場の管理技術を示したガイドラインを用いながら、適切な廃棄物管理による環境改善に取り組んでいる。クルネガラ、ラトナプラ、カタラガマの三つの地方自治体において、それぞれの地域特性に合わせた協力が進行中である。

カラディアーナ最終処分場

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右からダヌカ・ウィジェラタンさん(カラディアーナ最終処分場マネジャー)、大沼洋子さん、運営会社リサイクルのナディーカ・エドリシンハさん、ラヌカ・フナワルダナさん、青年海外協力隊員の金地晃史さん(行政への助言や学校での環境授業を行っている)

西部州7自治体のごみを受け入れているオープンダンプの廃棄物処理施設。1日約500トンを処理する。ごみを持ち込む自治体ごとにデータをとり、ごみ量の管理を行っている。2018年2月、JICAの「都市ごみ再資源化施設に係る普及・実証事業」により、ごみの自動分別機が設置された。有価物と堆肥原料を高精度に選別できる技術で、処分場に搬入される混合ごみの資源回収と堆肥製造を行う。地域の悪臭や水質汚濁などの環境衛生を改善し、良質な有機堆肥製造と土壌劣化の緩和を図る取り組みだ。施設を運営する「リサイクル」(千葉県)のナディーカさんは「いずれは、野菜用、コメ用と作物別に最適なコンポストを製造したい」と目を輝かせる。

JICA専門家 大沼洋子さん

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大沼洋子さん

現在、ガイドラインを実践するための技術協力をスリランカの3か所で行っています。2015年から2016年にかけて全国の自治体から候補地を絞り、既存の処分場の現地視察を行って、土地環境や自治体の意欲をもとに今回の3か所を対象地域としました。処分場の維持管理や改修のための助言など、地方自治体が今後独自に活動できるようお手伝いをしています。今後は三つの自治体での活動の成果をもとにマニュアルを作り、CEAと協力して全国に普及拡大を図っていきたいと思っています。

中央環境庁(CEA)副局長 インドララトゥナさん

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インドララトゥナさん

JICAの協力で作られたガイドラインは、費用と環境負荷の低減のために非常に必要性の高い技術に基づいています。実際にいま、ガイドラインに従って国内の資材や技術ノウハウを生かした処分場改善を試みています。どのくらいの費用が低減されるのか、処分場の汚染改善状況はどうか、報告を待っているところです。結果を見ながら、ぜひ国内の20~25の処分場でも同じ技術を用いていきたいと思っています。

カタラガマ村助役 ジャヤティラカさん

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ジャヤティラカさん

カタラガマはスリランカ国内でも特殊な村です。仏教、ヒンズー教、イスラム教の宗教施設が1か所にあり、多くの人が訪れます。私たちはこれまで廃棄物管理業務を計画なしに行ってきたため、JICAの協力が始まる前はごみ量の増加に対応できていませんでした。JICAは今、体系的・効率的な廃棄物管理の実現に向けた挑戦をしてくれています。ごみの適正な処理に向けて、今度は私たちが、市民とともに挑戦していきます。

埼玉大学大学院理工学研究科教授 川本健さん

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川本健さん

日本の技術とその土地の事情を考慮し、持続可能な処理施設の運営を目指しています。ココナツ繊維を使った汚水処理施設を導入する際は、そこから出る処理水をコンポスト作りに無駄なく使用していくなどの工夫も大切です。また、3Rの活動推進によってもたらされる成果は、ごみの最終処分量がどのくらい減ったかだけでなく、有価物の売却やコンポスト販売で収益がどうだったかなどの具体的な金額を把握し、誰もがわかりやすい形で成果を共有することも、プロジェクトを継続させるのには必要だと思います。