紛争地特有のごみ問題に取り組む パレスチナ

紛争ばかりがメディアで報道されるパレスチナであるが、そこでも人の暮らしが営まれ、日々大量のごみが家庭や商業施設、建設現場などから排出されている。その処理には紛争地特有の困難があり、JICAは現地の熟練チームと手を携えてこの問題に取り組んできた。

文:光石達哉

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イスラエルがパレスチナ自治区との境や内部に建設した壁

飛び地の居住地域がごみ収集を困難に

廃棄物の収集運搬に大きな足かせ

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フェーズ1で支援したジェリコなど、廃棄物管理が軌道に乗っている先進JSCの専門家で構成されたLET。住民への啓発運動も行っている

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世界銀行の支援で作られたヘブロン衛生処分場。しかし埋め立て容量も限界に近づきつつあり、敷地の拡張や新たな処分場の建設も喫緊の課題だ

「パレスチナのヨルダン川西岸地区は千葉県ほどの地域です。しかし、普通なら自動車で10分ほどの距離の隣町でも、道路を迂回させられ検問所の通過に時間がかかったりして、実際は数時間かかることもあります」

こう話すのは、2016年11月から約3か月にわたり現地でプロジェクト調整員を務めたJICAの村田貴朗さんだ。1993年のオスロ合意に基づいてパレスチナ自治政府(PA)による暫定自治が始まったパレスチナだが、隣国のイスラエルはヨルダン川西岸地区等の約6割を占める地域の治安および行政権を保持し、イスラエルの入植地がパレスチナ人の居住エリア近郊に島のように点在している。パレスチナ人はここを行き来できず、イスラエル軍による検問所は各地に設置されていて、冒頭の言葉のような交通の不便を生じさせる一因となっている。

パレスチナでは、廃棄物の収集運搬が大きな課題になっている。紛争地域ではあるものの、多くのパレスチナ人が生活を営んでおり、当然生活ごみが出る。現在、パレスチナ西岸地区では毎年43万トン、住民一人当たり1日0.8キログラムの廃棄物が発生しているが、入植地と検問所があるため処分場へのごみの運搬に時間とコストがかかり、また新たな処分場の立地確保もイスラエルとの交渉を要する場合もあり困難だ。

その結果、オープンダンプサイトと呼ばれる野ざらしの不法投棄場が次々に生まれた。オープンダンプサイトは悪臭や病害虫の発生、地下水や土壌の汚染など生活環境の悪化といった問題を起こした。このような問題に対処し、適切なごみ処理を実施していくための国際的な協力が行われることとなった。

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飛び地の居住地域がごみ収集を困難に(出典:国際連合人道問題調整事務所UNOCHAをもとに作成)

前例のない現地専門家の活用で継続的な体制を築く

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ガザ地区はイスラエルによる経済制裁のため廃棄物収集車の燃料が十分に確保できない。ロバが引く荷車がごみ収集を担っている

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住民への啓発活動の一環として日本の「八千代エンジニヤリング」が、現地でテレビ番組を制作。廃棄物管理の意義や仕組みをわかりやすく伝え、再放送を含め73%もの住民が視聴している

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テレビ番組

JICAは、処分場の整備やごみ収集車両、コンテナなどの機材を供与する無償資金協力と並行して、フェーズ1(2005~2010)、フェーズ2(2015~現在)の技術協力を行っている。

フェーズ1では、西岸地区のジェリコ県でJSC(Joint Service Council:広域行政カウンシル)による廃棄物の収集運搬サービスを開始することができた。JSCとは、これまで小規模な自治体単位で行っていた廃棄物管理を、各自治体が連合体を作って広範囲で行う組織で、人員、車両、資金を効率よく活用することができる。このジェリコ県のJSCや他の先行事例をモデルに、西岸地区のほぼ各県に一つの割合で12のJSCが設立され、地方自治庁には、全JSCを管理する局が設けられた。設備面でも、世界銀行の資金援助を受けて北部のジェニン県と南部のヘブロン県の2カ所に埋め立て衛生処分場が建設された。しかし、一部のJSCでは、組織体制・能力が脆弱であるため廃棄物の収集運搬がうまくいっていないことが明らかとなり、その改善を目的に始まったのがJICAの技術協力プロジェクトのフェーズ2だ。

「JSCを統括する地方自治庁JSC局といっても、設立当初は局長と副局長の二人だけでした。これではプロジェクトが始められないと、まず地方自治庁がスタッフを3名増員しましたが、この3名はかならずしも廃棄物管理事業に精通しているわけではありませんでした。そこで取り組みの進んでいる他のJSCの現職のベテラン事務局長4名を技術顧問格のLET(Local Expert Team:現地専門家チーム)としてプロジェクトチームに加わってもらいました。

LETの役割は、局を補佐し、各JSCに対して技術的な助言を行うこと、プロジェクトで作成されたガイドラインなどを評価すること、支援終了後もパレスチナ内における技術的サポートの体制を作ることです。現地専門家の活用はJICA廃棄物管理プロジェクトではめずらしい試みでしたが、優秀な人材を育てて課題に継続的に取り組めることは大きな意義があると思います」

プロジェクトでは局の職員の増員や研修に取り組む一方で、ごみ収集の改善をテーマにしたテレビ番組を現地の会社に制作してもらうなど住民啓発にも力を入れた。

こうした努力が実を結び、西岸地区のJSCの組織体制が整って計画的に活動できるようになり、プロジェクトで支援した五つのJSCでは廃棄物収集サービスのカバー率が、2015年のプロジェクト開始時の44パーセントから2018年の時点で90パーセントまで向上した。さらに、JICAとLETの支援により「国家廃棄物管理戦略」(2017~2022)も完成した。

また、パレスチナには新しい動きがある。2017年10月、ヨルダン川西岸地区とガザ地区の二つに分断されていたパレスチナ自治区が、行政的な統一に向けて動き出しているのだ。当然、ガザ地区にも前述の国家戦略のような統一的な政策に基づいた廃棄物管理の改善を行うニーズがある。よりよい未来図を描くために、JICAは引き続き協力を行っていく。

パレスチナ自治区

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人口:約495万人(2017年)
公用語:アラビア語

プロジェクト紹介

廃棄物管理能力向上プロジェクトフェーズ2(2015年1月~)

ヨルダン川西岸地区に設置された12のJSC(広域行政カウンシル)が、廃棄物の収集運搬を軌道に乗せられるように支援。LET(現地専門家チーム)の採用や現地職員研修に加え、「パレスチナ国家廃棄物管理戦略」の策定にも携わる。

JICA地球環境部環境管理グループ 村田貴朗さん

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村田貴朗さん

2016年11月~2017年1月の期間パレスチナに赴任し、その後も日本と現地を往復。現地で人材を活用し、ごみ収集率を向上させている。