スポーツと開発 身体と心が拓く、未来

スポーツは国や民族・部族、文化が異なっていても、ともに参加し、ともに楽しめるボーダーレスなものである。
誰もが受け入れやすいソフトタッチなアプローチでありながら、心身の形成を促す教育的機能を有し、強い絆を生むものとして、近年、国際協力において大きな期待を集めている。

特別寄稿:齊藤一彦 広島大学大学院教育学研究科教授

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セネガル・ティエス市の公立小学校で開催された「UNDOKAI」(運動会)

世界には紛争、犯罪、貧困、人権侵害、ジェンダー、HIV/AIDS、障害者の社会包摂など地球規模で解決すべき課題が存在する。とくに開発途上国と分類される国々において、これらは深刻な問題となっている場合が少なくない。こうした課題を解決するために、多岐にわたる国際開発アプローチがなされている。

さてこの中で、「スポーツ」はどのような役割を果たし、何を解決できるだろうか。そのために、日本は何をしなければならないのだろうか。2020年の東京五輪大会開催決定を契機に、この議論が突如、盛んになってきている。

東京五輪開催決定以前、日本において、スポーツと国際開発の関係について十分な検討がされてきたとは言い難い。国際開発事業の中でもスポーツは優先度の高い分野ではなかった。このことは、「遊び」「楽しむもの」という認識を持つ人が多いスポーツが、政治的、社会的に切迫した状況に置かれている国や地域に対して、真剣に取り組むべき解決策ではないと考えられていたことも一因かもしれない。本稿では、開発におけるスポーツの役割やその可能性について概説してみたい。

国際開発におけるスポーツ

国際開発の趨勢(すうせい)も、かつての「経済開発」重視から「人間開発」へとシフトし、「人間中心」の社会開発が重視されるようになってから久しい。このパラダイムの中で、「スポーツ」が果たす意義と役割は多方向から回答できるが、ここでは以下2点の提示にとどめたい。

まず一つ目には、スポーツが有する教育的機能である。青少年の体の発達や国民の体力の向上という身体面での効果に加え、積極性、責任感、忍耐力、達成意欲、向上心、克己心などの人間の内面の刺激にスポーツが効果的であることはもはや言うまでもない。

二つ目に、スポーツ活動によって形成される地域コミュニティ機能の向上といった効果があげられる。スポーツ活動が普及・充実し、大会・競技会を運営しようとすれば、地域の行政・組織機能の強化が求められ、人々の「自発性」「活力」を刺激し促すことにつながる。これらの点から、スポーツは国際開発において重視されている「人間開発・社会開発」に資するものであると言えよう。

スポーツを通じた開発

かつては「競技の普及、体力や健康の増進、レクリエーション」の領域内で取り扱われることが多かったスポーツであるが、2000年代に入りその様相は急激な変化をみせる。「開発と平和のためのスポーツ(Sport for Development and Peace:SDP)」という用語が広く使われるようになり、国連においても「教育、健康、開発、平和を創造する手段としてのスポーツ」が決議されるに至る。それに応じて、国際機関や各国政府・スポーツ関連機関において「スポーツと開発」に対する取り組みの勢いが急速に高まった。

さらには、この流れに伴い、国際開発の中で一見スポーツと関係が薄いようにみえる社会課題、たとえば冒頭に述べたような地球規模の課題に対し、スポーツのもつ力を活用しようという発想が議論されるようになった。開発の「ツール」としてのスポーツという考え方が、今、市民権を得ようとしている。

日本のスポーツと開発および今後の展望

日本ではJICAの青年海外協力隊事業など、1960年代から草の根レベルのスポーツの国際貢献活動が展開されている。その存在感はけっして小さくない。国際オリンピック委員会での東京五輪招致のための安倍首相のプレゼンテーションにおいても、「3000人にもおよぶ日本の若者がスポーツのインストラクターとして働きます。赴任した先の国は80を超える数に上ります。働きを通じ、100万を超す人々の心の琴線に触れたのです」と青年海外協力隊事業の実績を全世界に宣伝した。これが東京五輪実現への原動力にもなり得ている。

日本のこれまでの「スポーツと開発」は、国際開発における戦略的事業として位置づけられてきたわけではない。しかしながら、現地からの要望に基づくボランティアベースでの人材派遣から始まった協力は、ボランティア自らがスポーツの楽しみを積極的に広めたいという姿勢へと変化していった。この流れは「TOKYO 2020」を契機に加速することとなる。安倍首相は先のプレゼンテーションにおいて「2020年までに100か国1000万人の人々へスポーツの喜びを届ける」ことを国際的に約束したのである。これが、日本としての戦略的スポーツ国際貢献事業「SPORT FOR TOMORROW(SFT)」の開始となった。現在、SFTプログラムには官民あわせたあらゆる関連団体が連携しており、オールジャパン体制で取り組まれている。このSFTを通して「スポーツを通じた開発」の重要性が広く浸透することこそ、オリンピック・レガシーとしての「社会資産」となるのではないだろうか。「TOKYO 2020」を機にスポーツが秘める豊かな可能性についてさらなる議論が進み、新たな創造や展開が大きく進むことに期待したい。